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不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を!  作者: 赤丸そふと
第壱章   青年は荒野に逝く
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第十九話  油虫と指チュパ



「違ったのかしら……?」


 薄暗い馬車の中でベルフラムが独り呟く。

 一日目の旅を終え、野営することと成った冒険者達は、現在食事も済ませ、夜間の哨戒の順番でも決めている事だろう。

 もちろん護衛対象であるベルフラムは除かれている。

 馬車の中には、連れてきた召使が用意した即席のベッドが中の大半を占めるように置かれている。

 貴族の令嬢であるベルフラムが、平民と同じ様に地面を寝床に夜を過ごすことなどありえない。

 いくらこの国での移動に冒険者を使うことが主流だったとしても、貴族と平民が同じなどと思っている者はいない。そこには明確な隔たりがあって然るべきだ。それが支配する者と支配される者の違いだとベルフラムは思っていた。


「『来訪者』だと思ったんだけど……」


 ベルフラムは馬車の窓から大地に寝っ転がる一人の青年を見る。

 青年は大地を寝床にすることに何の痛痒も感じていない素振りで早々と眠りについている。


  ―――『来訪者』―――


 この世界に時たま現れる未知の世界からやってきた者達……。

 黒い髪、黒い瞳を持ち掘りの薄い顔立ち。皆一様に常識や通説を知らず、身分や地位を理解していない。

 だが彼らはすべからく、とんでもない価値の異世界の魔法具を持ち、農業、工業、天文学に関する進んだ知識を持ち、そして神と見まごうばかりの力を持っていた。

 魔術師なら宮廷魔術師を遥かに凌駕する魔力を持ち、戦士なら10人を相手にもなんなく制圧できるだけの技量を持ち、商人なら王すらも得難い財宝を手にしていた。

 『来訪者』を手なずけた国家、貴族、商人は繁栄し、敵対した者たちは完部無きまで叩き潰された。


「……私がどうかしていたのかもね……」


 ベルフラムは青年を一瞥すると、窓から離れて、ベッドに腰掛ける。

 野盗にさらわれ、奴隷に売られようとしていた時にさっそうと現れた青年――クロウ……。

 公爵である父が雇った、凄腕の冒険者を鎧袖一触で倒してしまった野党共。奴らを倒して助けに来たと言っていたが……。

 ―――嘘だったのだろう……。ベルフラムは寝床に入りながら考える。


(あの時は少し気が動転していたに違いないわ……。野盗に脅されて少しだけ弱気になっていたのよ。

 良く見ればクロウは黒髪に黒い瞳だけども、掘りが薄いって言うほど薄くも無いし、未知の魔法具どころか服さえ着ていなかったわ……。

 身分に無頓着かと思われたけど、ルッセンに対しては、それなりに敬語だった所を見ると、本当に私の事をどこか商家の娘とでも思っていたのかも知れない)


 ベルフラムは毛布を被りながら目を瞑る。


(常識知らずではあるけれど、それも、あのような場所に居た事を考えると何処か、辺境の蛮族出身なんでしょう。

 決定的だったのは今日の戦闘だわ。あの程度の魔物にあんなにてこずるなんて……。

 私の魔法でも、もう少しマシに戦えるわよ。

 おおかた、野党共の件も嘘でしょうね…。逃げ回っている内に戻って来て運よく野盗共を撒いたに違いないわ……)


 そう言えば、伝え聞くところによると『来訪者』は常識知らずではあるが、皆それなりに文明的な振る舞いをすると云う。

 九郎の様に大地に直に寝っ転がる事も、川の水を煮沸せずに飲むことも無いだろう。


「あせっていたのかなぁ……」


 城に戻ればベルフラムは11歳の誕生日と共に社交界デビューとなる。

 そうなれば、自分の様な女の身なら早々と婚約者を決められてしまい、政治の道具として知らない貴族の下へと嫁がされてしまう。

 ベルフラムはまだ結婚なんて考えられない。

 知らない貴族の下に嫁いで、残りの人生を後宮で過ごすなど、まっぴら御免だ。

 そうならない為には、社交界の中で一際ひときわ存在感を出さなければならない。

 父親であるアルフラムに「単なる政治の道具として使うには惜しい」と思われなければならない。

 権謀渦巻く貴族たちの中で輝くために、『来訪者』を取り込めれば……。


「まあ、他の手を考えるしか無いわね……」


 ベルフラムはポツリと呟くと、毛布の中に潜り込んだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「おいしくない!」


 ベルフラムの声が早朝の大地に響き渡る。

 朝食を取っていた九郎はまたかとベルフラムの方を見やる。



 旅は順調に進んでいた。

 もうピシャータの町を出てから5日。

 後5日もすればベルフラムの家があるルミナスの街に着く予定だ。


 初日の夜は、文句を言うでもなく食事を摂っていたのだが、2日目以降、ベルフラムは様々な事に我儘を言うようになっていた。


(やれ味が薄いだの、此れは嫌いだの……やっぱり我儘なガキんちょじゃねえか……)


 九郎は呆れた顔でベルフラムを眺める。

 今も召使いに子犬の如くキャンキャンと吠えている。


(後ろの馬車に何が乗っているのかと思えばベッドと召使いだもんなあ……。貴族ってのは基本的に我儘なんかねえ……)


 九郎は朝飯をかっ込むと立ち上がる。

 今日の朝飯はジャガイモのスープと黒パン。そこまで旨いとは言わないが、食べると痺れが走る犬肉や、辛さと苦みがある雑草よりも何倍もマシである。

 第一食べられる・・・・・事自体が稀であった九郎にしてみれば、贅沢の極みとも思える。


「おう糞餓鬼! 我儘ばっか言ってんじゃねーぞ」


 呆れた様子で九郎が、ベルフラムに話しかける。


「五月蠅いわね!! 私はこんな物を食べ物とは呼ばないのよ!!」


 ベルフラムが九郎を睨む。


「なんだ、全然食ってねえじゃねえか。肉もこんなに残ってるし……。好き嫌いしてっと大きくなれねえぞ?」


 九郎はまだ殆んど手を付けられていないベルフラムの皿を見る。

 先程自分が食べていたスープより、よっぽど豪華な朝飯だ。


「子供扱いしないでよ! 私は肉はあまり好きじゃないのよ! しかもこんな硬いお肉は大っ嫌い!!! 私は甘いものが食べたいのよ!!!」


 そう言って皿を手で払いのけると、ベルフラムは立ち上がって早々に馬車へと入っていく。

 地面にこぼされた料理に、九郎は顔をしかめてため息を吐く。


「そう云う態度が子供だってのに……。もったいねえ。」


 ――3秒ルール――と呟きながら九郎は地面に落ちた皿を拾い上げ、ついでに肉を一かけら口に放りこむ。


(しっかし甘い物ねえ……。こんな旅の途中にあんのかねえ? そう言えば、あのピシャータの街でも砂糖とか見かけなかったな……。貴重なんかね?)


 皿を片付けながら取り留めも無く考える。


(赤紫のサボテンでもありゃあ取って来てやっても良いけど、大分南下したみたいで、全然見かけねえんだよなあ……。あれは旨かったのによう)


 ピシャータの街を出てからと言うよりも、街道に出てからあの攻撃的な植物は、とんと見かけない。

 皿の片付け終わらせて、たき火の残り火を消しながら九郎が思っていると、ジワリと手のひらが緩く汗ばむ。


(ん???)


 不思議に思い指先を見ると、今にも零れ落ちそうな水分が指先から漏れ出していた。

 九郎は興味を覚え、少し舐めてみる。


(おっ!!!)


 まごう事なき、あの赤紫色のサボテンの果肉の味がした。

 九郎は滴り落ちる水分を舐め取りながら考える。


(どういうこった? 俺の腹の中に入ったものが出せるんだったら、この先飢えたらコレ食えばよくね?)


 九郎は考えながら、街で食べた料理を思い出す。

 しかし、手のひらにも指先にも何の変化も現れない。


(違うのか? 良く考えてみると此れまでこの現象って、俺が食べた者ってより俺の『修復』の時にでる赤い粒子が削り取った・・・・・モノが出てくる感覚だな……。でもそうなると雑草どくが出てきた時の説明がつかねえ……)


 九郎は荒野で食べていた毒草を思い出しながら手のひらに集中する。

 緑色の滴が指先に小さな玉を作る。

 舐めてみると舌に広がる苦みと辛み。最初に食べたあの根の無い草フェアリーウィードの味だ。

 これは九郎がこの世界に来てから初めて『変質者』の力として発現したと考えていた。

 毒そのものは荒野で何の役にも立たなかったので、最初以降使った事は無かったのだが。


(俺はこの雑草どくを削り取った覚えはねえ……。だけど、こう考えられるか? 俺の食った雑草の毒の部分が削り取られたって考えれば辻褄が合うのか?)


 けれども、この染み出した毒は九郎の体から減る感覚が無い。

 先程の甘い滴は減る感覚があったのだが……。


(この体から減っていく感覚を考えるに、やっぱ口から入って消化したもの自体には変質できねえか……。毒自体は体が慣れた・・・事によって『変質者』の神の力ギフトで『変質』できるようになった…てところか。

 ってことは、この甘いしずくも、サボテンの採取の際に削り取った分しかだせねえって事か……)


 そう考えると、この甘いしずくは、それ程残量があるとは考え難い。

 あのサボテンの攻撃は、基本的に外へ対しての攻撃だったから、『修復』の赤い粒子もそれほど削り取ってはいないだろう。

 大事に楽しもう…。そんな風に考えて九郎は馬車に乗り込んだ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「もー!! 退屈! おなか減った! お菓子が食べたい!」


 馬車の中でベルフラムが騒ぐ。

 初日以降ベッドが入ったままで、ベッドの上で駄々を捏ねているベルフラムを九郎はちらりと目を向け、また外を眺める。


「ルッセンも信じらんない! 少しは気を使って甘い物を用意しておくのが家来ってもんでしょうが!」


 馬車の中の大半を占拠しているベッドのせいで、九郎のスペースはかなり狭い。


(初日は大人しかったのに、急に変わりやがったなあ……。あれでも猫を被ってたってんのかね?)


 九郎は取り合わず、外を眺めて親指からサボテンのしずくを一滴出して舐める。


(はー旨え……。やっぱ甘みは人に余裕を与えるね。ガキんちょの我儘なんて聞き流すのが一番! ――しかし、自分の汗を舐めてるようで、気分的には飲尿健康法みたいだな……)


 少し嫌な予想をしてしまい、九郎は親指を口から放す。

 それを見ていたベルフラムが、ニヤリと笑って九郎に詰め寄る。


「ふふーん。クロウってば、私の事さんざん子供扱いするのに親指しゃぶってるなんて、どっちが子供なんだか」

「ああ、これは偶々たまたまだ。癖ってわけじゃねえぞ?」


 そう言う風に見えたのだろうか――?そんなに深く咥えていた訳でも無いが――と九郎が軽く返答する。

 しかし、腹が減って気が立っていたのか、ベルフラムはさらに詰め寄って九郎を馬鹿にする。


「本当~? ママのおっぱいが恋しくなったんじゃないの~?」

「あ? んなわけねえじゃん」


 ニマニマと笑って九郎の顔を覗き込み、さらに追撃してくるベルフラム。

 流石に少なからずイラッとした九郎が語気を荒げる。


「ママー僕まだ子供なの~。なーんてクロウの方がよっぽど子供じゃないのよ」


 さらに追い打ちしてくるベルフラムに、九郎が耐えかねてベルフラムの両頬をむんずと掴む。


「なろっ! そんなこと言うのはこの口かっ!」

「ちょっと! なにすんのよっ?!?」


そ のまま両の親指をベルフラムの口角に突っ込むとこねくり回すように動かし引っ張る。


「大人に対してんな事言うガキんちょはこうしてやる!」

「ひょっと! ひゃにひゅんのひょ!」

「うりうり! 思い知ったかっ!」

「ひょっと! みゃってって! ひゃめ……」


 1分程ベルフラムの両頬で遊んでから、九郎は両手を離し、叱るようにベルフラムに忠告する。


「まあ、あんまり大人をからかうもんじゃねえぞ?」


 頬を抑え、涙目で蹲っていたベルフラムは怒ったような、驚いた様な、それが合わさったような、微妙な表情で九郎を睨むと再び九郎に詰め寄る。


「ちょっと!」

「まだ何か言うのかよ?」


(なんとも負けず嫌いなガキんちょだな……。まだこりねえのかよ……)


 九郎がそんなことを考え、ため息交じりに自分の頬を抑えているベルフラムを見る。

 しかしベルフラムからは、九郎の予想外のセリフが飛び出す。


「ちょっと手を出しなさいよ……」

「は?」

「いいから出しなさい!!」


 ベルフラムは――何言っているんだ?と言いたげな表情の九郎の右手をひしっ!掴むとやおら九郎の親指に舌を這わせる。


「な?!?」


 余りに予想外なベルフラムの行動に、九郎は思考停止し固まってしまう。

 固まった九郎を気にも留めず、ベルフラムは九郎の親指を舐めると、一瞬顔を輝かせ、九郎の指に吸い付く。

 ベルフラムは我を忘れたように、九郎の指を舐め、しゃぶり付く。


「んっ……」

(おいおい!! この絵面えづらは不味い!! 俺にその気が全く無くても不味い!! 事案だ!即、事案案件になる!)


 一心不乱に九郎の指を舐めるベルフラム。途中ベルフラムの、息継ぎの為の短い呼吸と、チュパチュパと九郎の指に吸い付く音だけが、馬車の中に響く。


「あむ………。ん……」


(おいこら! この音も不味まじい! 全然やましい事じゃなくても、即アウトだ!BPO案件だ!)


 暫くの間、九郎の指を舐めていたベルフラムは味がしなくなったのか上目使いで九郎を見る。一心不乱に舐めていたせいか、顔が紅潮していて息も荒い。


「もう出せないの?」

(そんな表情で変な事言うんじゃねえ!!)


 九郎は慌てて、硬直していた手をベルフラムから引き抜くと荒い口調で答える。


「残り少ねえんだよっ!」


 その言葉に名残惜しそうな表情で無意識に自分の指を咥えたベルフラムだったが、はっと気付いた顔で九郎に詰め寄る。


「って言うか、なんでそんな甘い汁が出るのよっ?!?」

「今更言うなっ! てか、汁とか言うもんじゃありませんっ!! なんつーか、あれだ!蜜蟻みたいな体質なんだよ」


 どう説明したものか考えあぐねて、九郎はとっさに答える。

 ―――最初九郎の頭に浮かんだのは、蟻が油虫アブラムシから甘い分泌液を貰う光景だったが、さすがにそう答えるのは憚られた。――たしか、甘い分泌液アレは尻から出してた……。これ以上その想像はだめだ。後ろに手が回る。


「ふーん……。あなたの部族って変わってるのね……」


「お、おう……。まあな……」


 何でそこで部族とかの話になるか、さっぱり意味不明だったが、この馬車内の空気に耐えられなかった九郎は、これ以上この話を続けない為に適当な返事を返した。




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