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不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を!  作者: 赤丸そふと
第壱章   青年は荒野に逝く
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第十七話  傅かれる者



 昼を大分過ぎた頃、九郎とベルフラムは街に着いた。


 町の門前で、裸に毛布一枚のくろうと、いかにも幼い少女ベルフラムの組み合わせに衛視が訝しんで一悶着あったが、ベルフラムが自分の名前と、父であるアルフラムの名前を衛視に告げると、衛視は青い顔をして、門の奥に引っ込んで行った。

 暫く待つと、40代くらいの、身なりの良い服を着た男が馬車と共にやって来て、九郎とベルフラムを馬車に乗せ街の中心部へと連れて行く。



「――はぁ………すっげー……」


 街の中心部の一際立派な建物の前で馬車は止まった。

 九郎はその荘厳な造りの建物に目を奪われ感動していた。

 アクゼリートの世界に来てから今まで、殺風景な荒野しか目にしてこなかった九郎は、目の前に燦然と佇む大きな館に目を丸くする。

 海外旅行などまだ一度もしたことの無い九郎にとって、その町並みは大いに感動するに値するものであった。


(はー、俺やっぱ違う世界に来たんだなー。こんなすげー建物見たことねえや……。てかこの建物に入ってくのかよ?! ドレスコードとかあんじゃねえの?!?)


「何しているのよクロウ。さっさと付い来なさいよ!」


 口をあけたままポカンと建物を見上げている九郎にベルフラムは呆れた様子で促す。

 ベルフラムが館に消えていくのを見た九郎は、一瞬自分の格好を見渡したが慌てて後を追った。



「これはこれは、姫様。御無事で何よりです」


 大きな重々しい扉をくぐると、さらに立派な内装が広がっていた。

 高そうな調度品。広い玄関ホール。毛足の長い赤い絨毯。灯りは頭上に取り付けられたシャンデリアから淡い光がホールを照らしている。

 ホールの中ほどに立っていた男が恭しくベルフラムに頭を下げた。

 男は、頭を上げた時九郎の方をチラリと目にやるが、ベルフラムが早々に男に答える。


「話は先程衛視に言ったとおりよ。ここから北に1、2日いった所に私の馬車があると思うわ。護衛と御者を弔ってあげて。

 あと、さっそくで悪いけど、代わりの馬車の用意と護衛の手配を頼むわ。明日には出発できるようにしてちょうだい。

 それと、湯あみの用意と食事ね」


 男のかしずく態度を当然の様に受けながら、次々と指示を出すベルフラム。


「畏まりました。ところでそちらの方は?」


 男は近くに控えていた者たちにあれこれと指示を出すと再び九郎に目をやる。

 顔は笑っているが目が笑っていない。訝しげな眼で九郎の顔を見てきた。


(やっぱりドレスコードとかあんじゃねーかよ! 場違い感がはんぱねー……)


 九郎は引きつった笑みを浮かべながら、男に向いて会釈する。

 なんとも居住まいの悪い視線に九郎が冷や汗をかいていると、ベルフラムが男に九郎を紹介する。


「――ああ、こっちはクロウ。一応私の命の恩人? になるのかしら?」

「そこは嘘でもしっかり断言してくれよ! 俺の立つ瀬がねえじゃねえかっ!!」


 ――そうよね? とでも尋ねそうなベルフラムの言い方にさらに居心地を悪くした九郎はベルフラムに抗議する。別に命の恩人とは九郎自身思ってはいないが、知り合いの全くいないこの状況で「あなたは誰だったかしら?」とでも言うような紹介のしかたは九郎自身がいたたまれない。


「それは失礼いたしました。私はアルフラム公爵閣下よりこのピシャータの町を任されております、執政官のルッセン・フォニムと申します。姫様を助けて頂いた事、家臣団一同より心よりお礼申し上げます」

「あ、いや、当然の事をしたまでっスよー」


 打って変わって恭しく礼をするルッセンに九郎は慌てて謙遜する。

 自分より倍は年上であろうルッセンから礼を受けて、九郎は別の意味で居心地が悪くなる気がした。


「ルッセン! この者にも湯あみの用意と食事を。食事は私と一緒で結構よ。それと適当に服を見繕ってあげて」


 そんな九郎の気持ちなど気にも留めず、ベルフラムはさっさと奥に進んで行ってしまう。


「かしこまりました。それではクロウ様、こちらへどうぞ」


 如何したものかとおろつく九郎に、ルッセンは恭しく館の奥へと案内した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「はー食った食ったー! ごっそさん!!」


 九郎は腹を撫でながら、満足そうにナイフとフォークを皿に置く。

 今の九郎の格好は全裸に毛布一枚とは違い、厚めのスラックスのようなベージュ色のズボンと白いボタン 付きの長袖のシャツ、革靴といった格好である。

 身体も用意されたお湯で拭いてあり、さっぱりとした気持ちだ。


 当初、部屋に案内された九郎だったが部屋の真ん中に桶がひとつ湯気をたてて置いてある状況に戸惑った。

 どうするものかとルッセンに尋ねると、どうやらこれで体を洗うらしい。

 風呂が無い事に落胆しつつも、言われたとおりに体を拭いて行く。

 一か月半近く風呂に入るどころか雨にも打たれていない九郎は、さぞかし汚れているだろうと覚悟を決めながら体を拭いた。だが、意外なことに汚れは少なかった。

 垢まみれだと思っていたが左程汚れていないらしい。


(―――体を再生しぱなしだったからか? それとも『不老』の神の力ギフトのおかげか――?)


 そう考えれば、九郎はこちらの世界に来てから髪も伸びていなければ、髭も伸びてこない。自分に授かった力に新たな疑問が浮かんできたが、困る物でもないので放置しておくことにした。




「しっかしベルフラム。お前本当にお姫さんだったんだなー」


 満腹感に浸りながら九郎は、食後のお茶を飲んでいるベルフラムに語りかける。


「なによ? 最初に言ったじゃない! 何だと思ってたのよ?!」

「唯のこまっしゃっくれたガキんちょかと思ってたわ」


 どうも先程から偉そうに給仕や召使に命令しているようだが、身分の差の無い日本で育った九郎にとって、ベルフラムは唯の我儘な子供にしか見えていない。

 九郎の忌憚のない意見に眉を吊り上げるベルフラム。


「!! なんですって?」


 顔を赤くして怒るベルフラムに笑いながら九郎は椅子を引く。


「いや、わりわりい。ま、でもこれでしっかりお礼もしてもらったし、お暇しようかね……」

「ちょ! ちょっと待ちなさいよ! あなた何処に行くつもり?」


 席を立とうとした九郎に、ベルフラムが慌てた様子で引き止めてくる。


「いや別にあてがある訳じゃねえけど……」


 ――そう、別にあてがある訳では無いのだ。

 しかし目的は有る。九郎はこの世界で10人から『真実の愛』とやらを受け取らなければならない。転移して来た時は荒野にほっぽり出されて悲観に暮れたりもしたが、やっと人のいる町まで来たのだ。


(――言葉は通じるみたいだし、先々の不安は尽きねえけど……ま、死ぬこともねえしな!)


 金も伝手も無い状態だが、野宿でも別に構うものでもない。

 一か月半の間ひたすら大地を寝床にしていたのだ。いまさらと考えていた九郎にベルフラムが立ち上がってさらに憤慨する。

 椅子から立ち上がったベルフラムは身長が低いせいか、頭だけがぴょこぴょこと見え隠れしていて、九郎は何やらほんわかとする。

 自分の目線がテーブルに遮られたベルフラムは、椅子の上に登り立ち上がると腰に手を当て、九郎を睨む。


「まだ礼の一つもしていないのにふざけないでちょうだい!」

「え? いや、してもらっただろう? こうして飯も食わせてもらったし、この服だって」


 心外とでも言いたげなベルフラムに、自分の着ているシャツを摘まみながら九郎は答える。


「そんな物で私の命と釣り合うとでも思っているの? ちゃんとお城に帰ってから相応の礼をするわ!」

「いや十分だよ。それに別に礼が欲しくて助けたわけじゃねーしな」

「ダメよ!それじゃあ私の気が済まないもの……。それにクロウ、あなた言ったわよね? 『ちゃんと家まで送り届けてやる』って」


 遠慮する九郎に怒ったように伝えるベルフラムはそう言って九郎を指さした。

 どう言っても諦めてくれなさそうなベルフラムに、九郎は観念して両手を挙げる。


「わーったよ! ちゃんと送ってやんよ! でも本当に礼はもういいぜ?」


 もう一度念押ししながら腰を下ろす九郎を見て、ベルフラムは満足そうに椅子に座りなおした。


(――まったく……何をムキになっているのかしら……私ったら……)


 別に普段であればここまで固執したりはしないのに――――。

 ベルフラムは、再び椅子に座って、お茶のお代わりを給仕に頼んでいる九郎を見た。


(それもこれも、こいつがあんな助け方をしたから――――。)


朝日と共に全裸での登場はインパクトが有り過ぎて、助けられたというのに未だ素直に礼も言えないベルフラムはなんだかモヤモヤした気持ちを抱えている。


(それに――あんなに傅かれている私を見てもちっとも態度を改めないってのはどう言う心づもりなのかしら……?)


 ベルフラムは単純に悔しかったのだ。

 助けられた時、ベルフラムはあれ程取り乱した自分がが許せなかったのだ。

 そして、その取り乱された原因である九郎がその後そのことを気にも留めていないい素振りで自分に接して来ることも。

 それまで平民にとって、恐れ敬われる存在であったベルフラムには、身分を明かし、かしずかれている姿を見せつけて尚、自分を「ただの小さな子ども』扱いする九郎に悔しさと、怒りにも似た感情を覚えていた。


(――でも、流石にお城を見せれば平伏せざるを得ないでしょう……子供扱いしたことを後悔させてあげるわ!)


 決意を新たにするベルフラムに、九郎は気付かずに3杯目お代わりを頼んでいた。




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