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不死者(ノスフェラトウ)に愛の手を!  作者: 赤丸そふと
第壱章   青年は荒野に逝く
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第十五話  迷男と迷子



「うしっ! これならどうだっ!」


 少女に蹴られ、やっと自分が全裸まっぱだと気付いた九郎は、とりあえず、小屋の隅に置いてあった毛布を腰に巻くことで尊厳を回復させた。

 適当に腰に巻いた毛布だったが、なにやら細かな刺繍が全体に施されており思った以上にカッコいい。

 身長の高い九郎には長さも丁度良く、何かインディアンかアラブの王族のコスプレのような気分になる。


 最初話しかけた時から、耳が痛くなるほど喚いていた少女は九郎が毛布を腰に巻くとやっとおとなしくなった。


「安心させて襲うつもりじゃ無いでしょうね?」

「ばかやろうっ! 俺は微乳ナイチチもイケるがロリじゃねえっ! ガキんちょに欲情したりなんかしねえよっ!!」


 半眼で睨む少女に荒目の口調で九郎は答える。

 カッコ良く決めたつもりが全裸だった事に、いまいち決まりが悪い。


(朝からずっと見えてた筈なんだけどなあ……。なーんで気付かなかったんだろ?)


 荒野を彷徨っている間、植物を見つける度に全裸になっていた九郎には気付くことができなかったのだろうか。

 ふとした疑問に考えを巡らせるが、答えに至った所でどうなる物でも無い。

 それよりはと、やっと大人しくなった少女の縄を解きながら九郎は再び少女に尋ねる。


「俺の名前は富士 九郎。ああ、こっちだとクロウ・フジになんのかな? 君の名前は? 自分ちの住所は解るか?」


 迷子の子に語るように、勤めて優しく、警戒されないように……。

 昨今の日本なら子供に話しかけただけでも事案に成る事も有る。幸い九郎は警察や親を呼ばれたことは無い。

 九郎自身、子供が嫌いな訳ではないし、チャラけて見られる事もあるが、概ね子供にも、子供の親にも受けは良い。

 九郎は、改めて少女の傍に屈むと手を差し出しながら尋ねる。

 綺麗な赤毛を肩まで伸ばした、なかなか将来が楽しみな美少女だ。髪の色と同じ、赤い何やら高そうなドレスを着ている。長いまつ毛に大きな緑色の眼。―――フランス人形みたいだなと、九郎はありきたりな感想を浮かべる。


「私の名前は ベルフラム・ディオーム・レミウス・アプサルティオーネよ」


 差し出された九郎の手を払いながら立ち上がった少女は、短くそう名乗る。

 差し出した手を払われて、九郎は少し面食らったが、こんな事で腹をたてる程でもない。

 それよりも、少女が名乗った名前が長すぎて少し戸惑う。


「えらく長い名前なんだな……。ベルでいいか?」

「勝手に省略しないでよ! その略称は私の極親しい人にしか許してないわ!」


 つんと澄ました表情で九郎の提案を却下する少女。


(まあそっか。初対面の相手にあだ名呼びされんのは、変な気分に成るしな……)


 少女の言い分に納得する九郎。


「分かった。じゃあ、ベルフラム。自分の家の場所は解るか?」


 続けて聞く九郎にベルフラムは驚いた顔を九郎に向ける。


「はあ? だから言ったじゃない? ベルフラム・ディオーム・レミウス・アプサルティオーネって」


「それは名前だろうがっ!」


 九郎が言い返すとベルフラムは大きな目をさらに大きく開いて驚きの表情をする。

 そして九郎を見ながら、なにやら納得した顔になる。


「ああ、あなた平民なのね。てっきりお父様が雇った冒険者かと思ってたけど……。そうよね、平民なら私の名前を知らないのもしょうがないわね。

 なら、わかり易いように言ってあげるわ。

 私の父はアルフラム・ダリオ・レミウス・アプサルティオーネよ」


(実は言葉が通じてねえのか? ――それにしても、えらく生意気なガキんちょだなぁ……。この世界は動植物だけでは無く、人間も攻撃的なんかねえ……。昨夜のオッサン達もそうだったもんなー)


 求めている返答と食い違っていることに九郎は若干の不安を覚える。


「うんうん、お父さんの名前言えて偉いねー。でもそうじゃなくて! 住所! お家! 住んでる所!」


「はあ? あなた何処の田舎者なの?」


 ―――住所を聞いて田舎者と言われる脈絡の無さに九郎は多少憤る。


「なにおうっ!?! 俺ん所は田舎じゃねえっ! 確かにスタバはねえけど、コンビニは3つもあんだぞ?」


 上京したての頃は、自分が如何に田舎に住んでいたかを思い知らされたりもしたが、最近は少しずつ発展して来ているはずだ―――九郎は山に囲まれた地元を思い出す。

 ベルフラムは、九郎の剣幕少しに戸惑いながらも言葉を続ける。


「訳の分からない事言って……じゃあなんで知らないのよっ!? この辺一帯の領主の名前よ? レミウス領にいながら知らないなんてありえるの?」


 領主――と言う言葉に馴染みの無い九郎には、とんとベルフラムの言いたいことが分からない。

 異世界アクゼリートに転移してから今まで、独り荒野を彷徨っていた九郎に『常識よ?』と言われても解る訳が無いのも当然だ。


「こっちには最近来たんだよっっ! だからこの辺の地理にはさっぱり分からんねーんだよ!」

「………ああ、そう言えばあなた迷子って言ってたわね……」


 昨夜扉を開けると同時に叫んでいたセリフを思い出した九郎は少したじろぐ。


(そう言や、あん時こいつもその場に居たわー。カッコわり-! 迷子のくせして送ってやるとか、『何言ってんのこいつ?』てなるわー……。ないわー……。―――しかし、小屋の外でのやり取りは聞かれちゃいねぇだろうな?!? あのやり取りを聞かれてたら、さらにかっこ悪くなっちまう……)


 九郎は、昨夜の小屋の外での自分のビビり具合に凹みながらもベルフラムに尋ねる。


「……そんで領主の娘さんはどの辺なんだよ……。こっから遠いのか?」


 九郎の問いにベルフラムはうつむいて自分のドレスをキュッと掴む。


「………まだ、私が何処に連れてこられたかが分からないから……何とも言えないわ……」


 少し不安そうな声に九郎は慌てる。


(そうだよ! 誘拐されたのに大人の俺が迷子だと知ったら不安になっちまうもんな! いかんいかん! いかんぞー九郎! 大人は何時でも冷静に! なんとかなるって思わせないと!)


 九郎はベルフラムを元気付けようと、昨日、禿頭から聞き出した情報を口にする。


「あーそりゃそうか……。ま、こっから一番近い村まで半日くらいだって言ってたし、そこまで行ってから考えりゃいいか」

「……………あなた…………迷子だったんじゃなかったかしら……?」


 さらに訝しんだベルフラムの表情に九郎は慌てて続ける。


「そうだよ! だから聞き出したんだよ! お前をさらった奴らをボコして!」


 九郎じぶんも散々ボコられたことは黙っている。――ベルフラムに不安を与えないためだ。断じて見栄を張っている訳では無い―――。


「…本当なの? お父様が雇ってくださった、腕利きの護衛が一瞬でやられたのよ? 言っちゃなんだけど、あなたそんなに強そうには見えないわよ?」


 暗に「弱そう」と言われて、九郎は面白くなさそうに言い返す。


「うっせ! 俺は不死身の英雄ヒーローなんだよっ!」

「『俺、何も見てないっすっ!! 何もしらないっす! 偶然ですっ! 偶然迷子になって!』だったかしら?」


(やっぱ聞かれてたーーー!!)


 これまでで一番バツの悪い状況に九郎は必死で取り繕う。


「そ、そ、それは――あ、あれだ! 相手を油断させる為の演技ってやつだ! さ、作戦ってやつだ! うん!」


 九郎の必死の言い訳に疑いの眼差しを向けるベルフラムだったが、やがてフッと小さくため息を吐き、九郎を正面から見据える。


「でも、私を助けてくれた事に変わりは無いわ。アプサルティオーネ家の名前に誓って、必ず礼はするわ」


 子供とは思えない礼の言い方に、九郎は面食らって照れくさそうにベルフラムの頭をポンと叩く。


「子供が、んな大人ぶった言い方すんなよ……。こういった時にはありがとうの一言で十分なんだよっ!」


 ベルフラムの頭に乗せていた手でワシャワシャと撫でて笑う。

 一瞬呆けた顔になったベルフラムは、憮然とした表情になり九郎の手を払いのける。


「子供扱いはしなくて結構よ! 私はもう10歳よ! ちゃんと淑女レディーとして扱ってちょうだい!」


(10歳は十二分に子供だろうがっ! 背伸びしたいお年頃ってやつかねぇ?)


 小さな子供が大人ぶる可愛らしさに、九郎は笑いながらベルフラムの背丈まで屈んでやると、ベルフラムの両手を取り、あやすように軽く揺らす。


「はいはい……。ちゃんと家までエスコートしてやんよ。お嬢さん」

「だから! それが子供扱いって言うのよ!!!」


 やっと見せた子供っぽいベルフラムの顔に九郎は笑って聞こえないふりをした。




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