第十二話 第一異世界人 発見!
「こんばんわっ!! ぐっいぶにんっ!! おじゃましますっっ!! すいませんっっ!! 誰かいますかっ!!」
アクゼリートの世界に来て43日目。
九郎は初めて見つけた小屋から漏れ出る灯りに、興奮しながら勢いよく扉を開いた。
「ああん?!?」
「誰だてめぇ!」
「突然すいませんっ!! 自分、富士 九郎って言います! 道に迷ってしまって困ってたんですっ! 町までの道を教えてもらえま……せ………ん………」
言葉は問題なく伝わったようだ。
九郎は一瞬不安になったが、返ってきた言葉が理解できた事に安心して、素直に助けを請おうと小屋の中を見渡しながら言葉を綴る。
「こんな『風の魔境』で迷子たぁ面しれえ事いうじゃねぇか?」
つるりと剥げた頭。顎全体を覆うような髭。がっしりとした体躯。腰に大きな山刀を下げて、顔には何本もの刀傷を刻んだ強面の男。
「んだぁ~?てめぇ?」
扉の傍にいた長身の、弓を持った片目の男が訝しげな目で九郎に詰め寄る。
「エイガスの野郎!また見張りをサボりやがったな!」
小屋の奥に座っている目の細い、抜身のナイフを持った小柄な男が九郎を睨みつける。
「んーーーーー!!! んーーー!!」
部屋の真ん中の床には、高そうなドレスを着た、縛られて猿轡を噛まされた赤毛の少女。
「~はははは……。間違えました~」
九郎は、静かに扉を閉めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おいっ! 早く追いやがれっ!」
「衛兵の斥候だったら不味いだろうがっ!」
「あ、ちくしょうっ! あの野郎、扉を抑えてやがりますっ!」
(なんでだ?!? なんでこんなんなんだっ!?!
運が悪いってもんじゃねぇだろっ!! なんであんな悪そうな野郎しかいねぇんだよ!!!
ここは美人4姉妹でもいて、疲れ果ててボロボロになった俺を介抱してくれる展開があってもいーじゃねえかよっ!!
いや! そんな贅沢な展開じゃなくても、普通に、もっと普通な展開だったら……)
九郎は扉を背にして、自分の胸をぐっと抑える。
早鐘の様に脈打つ自分の心臓の音がうるさく感じる。
「おらっ !開けやがれてめぇ!!!」
「ぶち殺してやらぁ!!!」
背中の扉越しに男たちの怒号が聞こえる。
ドンドンと荒っぽく叩かれる扉を必死で抑えながら九郎は考える。
(43日だぞっ! 一か月以上、荒野を彷徨ってやっと見つけた家がヤクザの事務所って何の冗談だ!!
しかも犯罪現場の真っ最中って! いきなりすぎんだろっ!!
ゲームでもこう行ったイベントは仲間を集めてある程度強くなってからだろうがっっ!!
弱ーんだよ俺は!柴犬程度の犬っころに負けちまうくらいにっっ!!)
扉はガンガン蹴られているようで、その荒っぽい行動に、九郎はさらに恐怖感を募らせる。
幸い、九郎の限界を超える力に、何とか扉を抑えることはできている。
(今の俺は『不死』だ……。殺される事はねえ……。
だけど負けない事とは別問題だ。最悪捕まっちまったら、俺には打つ術がねえ……)
先程、一瞬見えた床に転がされた少女。――――出来る事なら助けてやりたい……。
(確かに、ここで女の子を助け出せたらカッケーと思うよ? 英雄っぽいと俺も思うよ? あの子はどう見ても幼過ぎだけど、お姉さんとかいたら、そりゃぁ立派なフラグだろうよっ!)
だが、どう考えても勝てるビジョンが思い浮かばない……。
(スマン少女……。きっと!きっと助けを呼んで来てやるから……)
「おんやぁ~。何やら五月蠅くしているかと思えば」
「逃げよう」と前を向いた九郎の前方から予想外の声。
同時、扉越しにガスッと鈍い音が聞こえた。頬に走る鋭い痛み。
「がっ!!」
九郎が頬を抑えて転げる。扉には大きな刃が生えていた。
「エイガスっっ!! て前え、どこで油うってやがった!!」
「やだなぁ~頭。便所ですよ、便所」
小屋から、扉に刺さった大きな山刀を引き抜きながら、禿頭が怒鳴る。
九郎の前方の暗闇から、土色のローブを着たやせぎすの男が姿を現した。
(状況が一向に好転しねぇぇっ!!!)
ぞろぞろと小屋から出てくる強面の男たちを睨みながら九郎は焦る。
男たちは九郎を取り囲みながら距離を詰める。
「てめぇどこのモンだ!」
「ふふふ富士 九郎です! 学生です! どどどど、どこの組にも属してませんっっ!!」
リーダー格であろう、禿頭に威圧され、震える唇で答える九郎。
「おおかた公爵家が雇った盗賊じゃねぇか~?」
「ちちち違いますっ! スカウトなんてやった事無いっす!! お姉さんの引き抜きなんてしてないっすっ!!」
小男の発言にこの世界に来て間もない九郎は見当違いの言葉をかぶせる。
「頭! どうしやす?」
弓に矢をつがえながら、長身の男が禿頭に質問する。
――――切り抜けるにはココしかない!と九郎は禿頭が答える前に必死で答える。
「お、俺、何も見てないっすっ!! 何もしらないっす! 偶然ですっ! 偶然迷子になって!」
そう言って両手を上げて害意の無いことを示す。
フッと禿頭の怒気が緩む。「やった!」と内心ガッツポーズを取る九郎にしっしと手で合図する。
「迷子ならしゃあねえなぁ……。ほら、行けよっ!」
「ありがとうございますっっ! そんじゃ、失礼します!」
そう言って小屋に背を向け駆け出す九郎。
(とりあえず何とか切り抜けられた! 後は助けを呼んでやれれば……)
町はまだ見つかっていないが、「人さらいがそうそう町から離れた場所にアジトを構える筈がない」と、そう考えた九郎の左肩に鋭い痛みが走り、何かに引っ張られる様に九郎は地面に倒れ込んだ。
(なんだ? 何が起こった?!?)
九郎は慌てて自分の肩を見る。
九郎の左肩には、一本の矢が突き刺さっている。
(なんでだっ?!? 見逃してくれんじゃねぇのかよ?)
痛みは直ぐに治まり、傷も再生されたが九郎は恐怖に足が震えて立つことが出来ないでいた。
―――死ぬことは無い。死ぬことに対する恐怖では無い。
―――殺されることは無い。殺されることに対する恐怖でも無い。
―――自分を殺そうとしている人間の殺意。男たちが、九郎を殺そうとしている事に九郎は恐怖していた。
「ブッハッハッ、本気で見逃してもらえると思ってた顔してやがんぜ?」
「頭も人が悪いねぇ……」
「おいおい人聞きの悪い事いってんじゃねえぞ? 俺ぁ~言ったぜ? 行けってな!
但し『あの世』だけどなぁ?」
「アジトの場所が知られたのに見逃すわきゃーねえしな」
ゲラゲラと下品に笑いながら男たちが近づいて来る。
どうやら見逃すつもりは無いらしい。
「ビッタス! 当たってねえじゃねえか! 腕が鈍ったんじゃねぇかぁ?」
「確かに当たったと思ったんだがなぁ」
「当たったんなら動ける筈がねえじゃねえか! フェアリーウィードの毒だぜ? くらえば熊でも痺れて動けねえよっ!」
震える足で何とか立とうとする九郎に、小男が長身の男にがなる。
「おらっ!! 言い争ってねえでとっとと始末しちまえ! ブラックバイトにでも嗅ぎつけられたら面倒だ」
禿頭に言われた小男は、面倒そうに九郎に向き直ると一息に距離を詰める。
(ひっ!!)
咄嗟に顔をかばった九郎に白い線が数度煌めく。
「あ゛…………」
ゴボリと九郎の口に血が溢れる。
顔をかばった九郎の両の手が、手首から落ちて血が噴き出す。
むき出しの九郎の腹に、一本の赤い筋が入るとゾロリと内臓が零れ落ち九郎の足元を汚していく。
「痛え………」
呻く九郎の額に強烈な衝撃。
いつの間にか長身の男が放ったであろう矢が額から生えていた。
(痛え……痛え……痛え!!!
なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけねえんだ!! 俺が何かしたってのか?!? 殺されるような悪い事をしたってのかよ!?!)
そう憤る九郎の傷口から赤い粒子が漏れだす。
「……そうまでして………そうまでして俺を殺したいのかよっ!! ちくしょうっ! やってやる! やってやんぞコラァ!!!」
赤い粒子が治まると九郎は拳を炎に変質させ叫ぶ。
九郎の復活の様子を見ていた男たちが表情を変える。
「こんな辺境で迷子だなんておかしいと思ったがよぉ……」
「どうやら『不死生物』でしたか……。『動く死体』には見えませんが……『走る死体』辺りで勘弁してほしいところですねぇ」
そう言うと、禿頭は腰の山刀を構えて部下に指示を出す。
「ビッタス! 『不死生物』だ! 毒は効かねえ! 火矢にしろっ! ペグは牽制に専念してろ! お前えの獲物じゃ部が悪い!エイガスの魔法の時間を稼げっ!!」
適切に指示を出し、自身の山刀を一振りする。
(…………さてと………。『魔死霊』じゃねえ事を祈らねえとなあ!!)
禿頭、この辺を荒らしまわっている野盗『狼の牙』の頭領、ガインツはゾリッと自分の顎鬚を撫でた。




