第十一話 異界不思議発見!
「でっさー大変だったんだぜ? 水もねえ、木々もねえ! ナイナイづくしで超ー苦労したんだって!」
「うふふふふ。何それー。信じらんなーい」
「いやマジだって! 動物も超ー強えーしさー。黒いライオンみたいにデカい犬とかさー。本当にヤバいって!」
「でもそんな所を冒険してたんでしょう? あなたって強いのね……」
「いやぁー。そんなこと、そんなこと、そんなことあるかもね~」
「まあ! 面白い人ね。私強くて面白い人が大好きなの。――あなたの事もっと知りたくなってきたわぁ」
「いやぁー。困っちゃったなぁー。アハハハハハ……」
荒野に青年が独り孤独に歩いていた……。
左手に赤紫色のスイカのような物を抱え、腰には足の8本ある群青色の、子犬ほどの大きさのトカゲを3匹ぶら下げて、二人でしゃべっている体で、小芝居を打っている。
「アハハハハハハハハハ………はぁ………寂しい……」
異世界に来て43日。
――――――九郎は未だ荒野を彷徨っていた……。
「あ~! もう行けども行けども岩! 岩! イワ! いわ! 俺はこの状態でどーやって愛を求めりゃいいんだ?!」
虚空に叫びながら赤紫の瓜の様なものの中身を手ですくい上げ口に運ぶ。
甘酸っぱい果実が喉を潤す。
一か月以上荒野を彷徨っていた九郎だが、当初に比べ食糧事情は大分改善されていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―――荒野を彷徨い始めて15日位経った頃だっただろうか――――。
遠目に見つけたこの植物を九郎は最初、人影と思い半狂乱で駆け寄った。
「なんだよぅ……人じゃねえじゃん……」
それはスイカほどの大きさの玉が積みあがったような、節くれだった一本の植物だった。
落胆した九郎だったが、この荒野で新たに見つけた植物だ。
慎重に植物の周囲を観察する。植物の周囲には白く風化しかけの動物の骨が散乱している。
(見るからにヤバそうなんだよなぁ……。てかこの辺の動植物、危険すぎんだよ!)
そう思いながらも、この世界に来て初めて見る多肉性の植物だ。見るからに内に水分を貯め込んでそうで喉が鳴る。
(サボテンも水分多いって聞くしな……。しゃあねえ!)
意を決して植物に近づくと赤紫色のスイカの一節に手を掛ける。
力を込めて植物を折ろうとした瞬間だった。
つるつると滑らかだった表皮が、突如栗の様に棘を生やす。
「っつ! 何だ!?!」
九郎は驚き距離を取ろうとする。
ババババババババッッッッ!!!
マシンガンのような音をさせ、なんと棘を周囲に発射したのだ。
「あだだだだだだだだだ!」
音が止んだ頃、九郎は穴だらけで「剥ぎコラ」みたいに体の半分を失っていた。赤い粒子を身に纏いながら九郎は改めてこの地の植物の危険さに辟易する。Tシャツがぼろぼろになっていた。幸い身を屈めたおかげか、ハーフパンツはまだ形を残している。
「次から新しい植物に近づくときは全裸がよさそうだな……」
ぼろぼろの布きれになったTシャツを破り捨てながらつぶやく。そして体中を駆け巡る激しい痛みに悶絶する。――――当然のごとく毒棘であったから……。
しかし苦労して手に入れるだけの価値がこの植物にあった。とても美味かったのだ。
何度か穴だらけに成りながらも、なんとか折り取ったこの赤紫のサボテンの中身を齧った九郎はあまりの美味さに天に向かって叫んだほどだ。
マスカットの様な仄かな酸味と桃の様な芳醇な甘み。食感もマスカットの様にシャクシャクと小気味良い歯ごたえ。そして何より大量の水分。
この後、九郎はこの赤紫色のサボテンを見かける度に、全裸で抱きつくと言う奇行を欠かさず行っている。
『変質者』の神の力で毒への耐性はあったが、棘の弾丸に対してはいくら集中していても予想外の場所に打ち込まれると穴が開いてしまうのだ。それに服は復活しないのだ。
そんな訳で九郎はハーフパンツを守る為に全裸でサボテンに抱きつくのだ。
―――――関せず先に進む選択肢は………九郎には無い。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夕日が沈む頃になると、九郎は夕食の準備をし始める。
闇雲に荒野を彷徨っていた九郎だったが、2週間を過ぎる頃には周囲の景色が日毎に違う事に気づいていた。
そこで九郎は朝日が昇ると同時に朝日を背にして進み、夕日が沈む頃には動かないように心掛けていた。
これで大まかには直進している筈だった。
「おにく~おにく~久しぶり~のトカゲにく~」
腰につるしていた、群青色のトカゲを調理し始める。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
神の力についても新たに解ったことが何点かあった。
――――一つは、『再生』と『修復』の違い――――
ある日九郎は荒野の中に少し窪んだ穴を見つけた。
穴は直径3メートルほどで、深さは1メートルほど。
九郎はすぐさま全裸になると穴の方に近づく。
中心には奇妙な植物が生えていた。
「毛糸の毛玉?」
穴の中心に生えていたのは、まさに緑色の毛糸の玉しか表現できないような1メートルほどの植物。
九郎は恐る恐る穴に入ってその植物に近寄る。
ピシリと卵の殻が割れるような音。
シュパパパパパパパッ
「あれ?」
知覚する間もなくバラバラに切り刻まれる九郎。
(んじゃこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!)
植物は力ずくで束ねていた竹ひごの如く、弦を周囲に弾けさせたのだ。
慌てて体を修復する。赤い粒子が穴の中に散らばった九郎の肉片を繋げる。
そして元の姿に戻った九郎だったが、ここで重大な事に気付く。
左手が無い………。慌てて穴の中を隈なく探す。
植物は伸びきった弦を徐々に元の毛玉に戻ろうとゆっくりと動いている。
(どこ行った俺の左手っっ!)
必死に探したが見当たらない。途方に暮れかけた九郎であったが、左手に赤い粒子が発生しているのを見て少し安心する。赤い粒子は九郎の左手の手首から徐々に手首を再生させる。
身体から体力を持って行かれるような感覚はあるものの、この『不老不死』の能力のとんでもなさに改めて感心した。
そうこうしている間に緑色の毛玉は元の姿に戻っている。
毛玉が弾けた時にかすかに見えた中心部分には、赤い実がたわわに実っていた。あれを逃すのは惜しい……。
そう考えた九郎であったが再度、特攻しても、復活している間に戻られて同じことのように感じられる。
外側に弾き飛ばすこの攻撃には、全てを貫通させるであろう、修復の際の赤い粒子の攻撃も意味がない。
仕切り直そうと穴の外に出た九郎は驚く物を見つけた。
―――――左手が落ちていた。
「なにこれ。増えんの? 俺……」
自分の左手を拾い上げて嫌な想像をする。
(プラナリアかっての!!)
怖い想像を頭を振って打ち消す。
拾い上げた左手は、今の左手と見比べてもなんら変わりが無い。しかしその切り口から赤い粒子があふれ出る気配が無い。
(基本俺の『不死』の能力は『修復』の能力だ……。欠損した部位と部位を繋ぎ合わせて無かった事にしちまう……。毒に対してだって、無かった事にしちまっているだけだ。
毒に慣れるのは『変質者』の能力であって『不死』の能力じゃねえ……。
だが俺はこの生えてくる感覚に覚えがある…。白い部屋でグレアモルに直接回復してもらった時だ。
あの時あの場所に俺の失った部位は無かった…。俺は失った部位を、失ったと思っていたから)
そう、仮説を立てると九郎は再び毛玉の生えている穴に入る。
毛玉に近づくと再び放たれる弦の鞭のような攻撃。
同じようにバラバラに飛び散る九郎。だが修復する際九郎は右腕をあえて無くなったと思い込む。赤い粒子が再び九郎を包み込み―――――右腕は繋がらなかった…。
(ここまでは予想通りだ)
そう考えながら九郎は右腕が無くなったと思いながら、切れたままの肩口を見る。
赤い粒子が肩口から溢れ九郎の右腕を再生させた。体力をごっそりと持って行かれた感覚を覚えながら九郎は目の前に転がる自分の右腕を拾う。
九郎は穴から出るとその九郎の右腕だったモノを植物めがけて放り投げる。
三度弾ける毛玉に細切れにされる九郎の右腕。しかし赤い粒子は発生せず、ばらばらのまま穴の中に散らばったままだった。
(俺の意識下に無い状態だと『不死』の力は発現しない。ってところか……)
そう考えながら九郎は穴に飛び込むと伸びきった弦の中心から実をかき集め、そそくさと穴を後にした。
――――――毛玉の実は懐かしい柿の味がした……。
――――後、やっぱり毒が有った………………。
――――二つ目の発見は『痛み』に対することだ。
荒野を彷徨いだして一か月も経った頃の夜、九郎は再び黒犬に襲われた。
すでに目いっぱい力を出しても腱が切れない程度には体は『変質』している。
九郎は拳を炎に変質させながら構えを取る。
黒犬の腹に力いっぱい拳を叩きこむ。黒犬は遠くまで吹っ飛ぶがそれでも果敢に挑んでくる。
どうやらこの炎の拳には左程の威力は無いのか、それとも黒犬がタフなのか……。
「はっ! 持久戦ってやつかっ! だが『不死』の俺は持久力には自信があんぜっ!! 前の様に行くと思ってんじゃねぇぞっ!! 今度こそ実力のさうぉうぉっっっ!!!」
吠えた九郎だが左足に鋭い痛みを感じ、再び引き倒される。
がぶりがぶりがぶり
齧られる九郎。発生する赤い粒子。
九郎は無言で立ち上がる。顔や腹にめり込んだ状態の黒犬達がどさりと音を立てて崩れ落ちた。
「はぁ~………。俺こんなに弱っちかったんだなぁ………」
薪に火を点けながら、九郎は大きくため息をついて独りごちる。
『不老不死』と言う考えうる最高峰の防御の力。なのに、もう一つの神の力も防御寄りと思われる『変質者』。
「こんなに弱くちゃ英雄なんかにゃなれそうもねぇなぁ……」
毎回齧られる英雄なんて聞いたことも無い。九郎はもう一つため息をつきながら両手を見る。
「やっぱり必殺技みたいなのが必要だな」
そう頷くと九郎は左手の人差し指を掴んで大きく息を吐き力を込める。
「しゃあねぇ。考え付いても怖くて出来なかった俺の必殺技だがっ!」
そう自分に発破を掛けると、
「うらぁぁぁっっっ!」
掛け声と共に人差し指を引き千切る。
九郎の考えた必殺技――――。現行、九郎の中で最強の攻撃力を持つ、『修復の際の赤い粒子』…。これを自ら発生させて敵を倒そうと考えたのだ。
(指や肉を千切って敵に投げて、発生した赤い粒子で敵を削り取る。
名付けて『運命の赤い糸』!!)
しかし自分で自分の指を引き千切るのはとても痛そうで躊躇していたのだ。
当然襲ってくる激し痛み。
「がっ?!?! なっ?!? がっっっっっ!!!!!!!!!!」
―――いや、予想外の痛みだった―――。
此れまで九郎が感じてきた痛み。四肢断裂、毒、内臓を食われる時よりも激しい痛み。
九郎はこの世界に来てから痛みに鈍感になってきていたと感じていた。生きたまま食われる痛みや、棘で穴だらけにされた時にすら、九郎はそれほどの痛みは感じていなかったのだ。痛みに慣れたと思っていた。
だがこの指先から伝わる激しい痛みに九郎は悶絶して転がる。
「なっっっ!? なんでだよっっ!! どう考えても足がもげた時より痛えじゃねえかあああ!!」
九郎は転げまわりながら泣き叫ぶ。やがて引き千切られた指が赤い粒子を纏い繋がって行き……急速に縮むとそこには元の左手があった。
(自傷行為はNGって事か……。『不死』の能力と矛盾しているからか……)
今だ痛みの残る左手を見ながら涙目で九郎はそう結論付けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おにく~おにく~とてもおいし~トカゲにく~。」
鼻歌を歌いながら薪に火を点けた九郎は一つ深呼吸する。
そして右手の人差し指を薄く齧る。
鋭い痛みと共に血が滲む。
その血でトカゲの首と腹、腕などに線を描いていく。
描き終わったらトカゲを裏返して赤い粒子を発生させる。
粒子が収縮するとバラリとトカゲが切断された。
初めてこのトカゲを捕まえた時、九郎はこのトカゲの鱗に、文字通り歯が立たなかった。
焼いても石の様な鱗に何の変化も見られない。
しかし、どうしても肉が食いたかった九郎は、「2度とするか!」と思っていた自傷に踏み切った。
但し、またあんな激しい痛みにのた打ち回るのは御免だ。
そこで九郎は、「今までだったら、左程痛く無かった自傷」をしてみたのだ。
試しに浅く指の皮膚を齧る。
鋭い痛みが走る。今までこの程度で、こんな痛みを感じたことは無い。
―――しかし、元からの痛みが蚊ほどだったからか、耐えられない痛みでもない…。
今では多少の攻撃手段としても使用している。――もっとも血の飛び散る範囲なので結局は接近しないと如何しようも無いのだが…。
そうして九郎はトカゲの肉にありつくことができたのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
食事を終えた九郎は早めに寝ようとたき火の近くで横になる。
「ふう~。食った食った~。トカゲもまだ2匹もあるし、サボテンもある。暫くは安泰だなっ!」
満足そうに腹をさするとたき火に砂を掛けて火を消す。朝日と共に起き出す九郎の夜は早い。
しかし今日はいつもと違った。
暗闇に包まれる荒野の向こうに見える仄かな「明かり」。
九郎は食料も持たずに駆け出す。
「あぁっ!!!」
足元の覚束ない暗闇の中、転ぶことも、傷つくことも厭わず走る。
「ああぁぁっっ!!!」
口からは悲鳴とも嗚咽ともとれる声が漏れる。
「やったっっっ! やったっっっ!! ついに………! ついにっっ……!!!」
何度も転げながらも、九郎は必死で走る。
光に近づいて来るにつれ、光の正体が判明する。
「やった!! やった!!! やった!!!!」
光の正体は小さな木造の小屋から漏れる灯りだ。
(小屋! 人がいる世界の証明! 光! 人がそこに居ると言う証明!)
「こんばんわっ!! ぐっいぶにんっ!! おじゃましますっっ!! すいませんっっ!! 誰かいますかっ!!」
九郎はノックも忘れ興奮して大声で叫びながら、勢い良く小屋の扉を開けた。




