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えびフライ  作者: 魔桜
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※09※賞賛すべき天才様

 小梶大樹。

 ニワトリの知り合いらしい。

 同じ学校で野球部らしいが、あまり知らないし、知りたくもない。高校で野球部に入部するような奴は、真面目に野球をやろうとする人間ばかり。

 俺とは違う。

 適当におっさんたちと野球をしようとしている人間とは人種が違う。それが、なんだか気に入らなかった。どうせ野球に真剣に打ちこむような奴には、野球を楽しもうとする余裕がない。

 それなのに、やる気満々で投手で登板。

 そして、

「な、んだ、ありゃ?」

 ベンチの隣に座っているおっさんがそう呟く。

 それは何故か。

 答えは簡単だ。

 小梶大樹は全く空気を読んでいなかった。

 全身全霊での投球。

 あまりにも速いボールをバンバン投げ込んでくる。遊び球はなし。とにかく本気で投げてきていた。

 いや、速いなんてもんじゃない。

 恐らく、甲子園にすら行けそうなボール。そんなものを投げられて、草野球に興じるおっさん達が打てるはずがない。バントすらできそうにない。バントしたらバットに当たりそこなって顔面にぶつかってしまいそうなぐらい速い。

 だからこそ。

 だからこそ、なんでそんな実力をいかんなく発揮してしまうのか。

 小梶大樹はかっこいい。

 かっこいいけれど、どうしてこんなところで本気を出してしまうのか。子ども相手に大人が腕相撲して勝って、それで何が楽しい。大人げないとしか思えない。

 それとも、本気を出さなきゃスポーツマンじゃない。いつだって、どんなところだって常在戦場。昔の侍みたいにいつだって本気モードじゃないといけないとでも思い込んでいるのだろうか。

 俺は、そうは思えない。

 時には手を抜いていいのだ。

 たまには頑張らなくていいのだ。

 こんなところで本気を出して、周りからなんて思われてもいいようなその自信満々な面に業腹。

 だから、野球をやっている奴は嫌いなんだ。

 野球をやっている連中はだいたいああいう奴が多い。自分に自身を持っていて、それでいて周りの迷惑を考えない。

 さながら、野球の団体様が、電車でスポーツバックを周りの乗客の眼を気にせずに足元にドカドカと並べているようなもの。そのまま電車の中でおかしを食いながら、大声でしゃべりだすような連中を、何度も見てきた。

 そんな連中と小梶大樹は同じだ。

 おもてなし精神が足りない。

 年上の方々を敬う心がないのだ。

 勝ちたいのなら、うまく勝てばいい。

 こんな圧倒的ではなく、ギリギリの僅差で勝ったという演出をすればいい。そうすれば、こんなにも悪く思われないはずなのに。

 それなのに、あいつはただただ真っ直ぐだった。

 だからなのだろうか。

「――すげぇ」

 思わず、口からついてでてしまった言葉。

 それは、他の誰でもない自分の口から発せられてしまったもの。完全に、それは無意識の独り言だった。

 嫌いなはずだ。

 ああいう独善的なことしかしない奴なんて。

 野球に情熱をささげている奴なんて。

 それなのに、とんでもないピッチングを見せられて、とんでもなく魅せられていた。

 確かに、メジャーリーガーに比べたらそうでもない。プロの野球選手に比べたらどうってことのないボールかも知れない。

 だけど、テレビで見るボールとは違って、こんな間近で見る投球はとんでもなかった。自分がいかに小手先だけでピッチングをやっているのかを指摘されているような気分になった。

 人間が、あんなに速いボールを投げられるなんて思わなかった。

 なんて、そんな素人感丸出しの感想がでてくるぐらいには、衝撃を受けてしまった。

 野球が上手い。

 ただそれだけのことで、世界がこんなにも野球選手に熱中するだろうか。いや、違う。そんなことはない。ただ上手いだけではこんな気持ちにはならない。

 ほんとうに凄い野球選手は、見た者の心を震わせることができる奴なのだ。

 うまいだけじゃない。

 全てが圧倒的。

 野球選手が到達する究極の終点。

 人間という生き物がみせる美しさ。

 その一片を垣間見たような気さえした。

 こんな気持ちになったのは、俺の兄以外いなかった。

 もしも兄が生きていれば、恐らく、最大のライバルとして立ちはだかっていたのかもしれない。

「ストライクッ!! バッターアウッ!!」

 ピシャリと最低限の人数でおさえると、悠然とした足取りでマウンドから降りる。帽子の位置を変えながら歩いている小梶大樹の周りには、

「すげぇええええええええええ!!」

「やるじゃねぇか、おい!!」

 たくさんの味方が集まっていた。

 小梶大樹自体は、お世辞にも愛想がいいとはいえない。それどころか、今のピッチングに納得いっていないように見えた。あんなにも完璧だったのに。決して満足していなかった。

 きっと、ああいう人間が、上へ行くのだろう。

 才能があって、努力していて、そしていつでも上を目指す向上心があるような人間が。

 自分とは全く逆のタイプだ。

 孤高であるからこそ、きっと小梶大樹は強い。

 それに比べて孤独な俺ができることといえば、自分より上の人間を見てまじかっけーすとか言って、茶化すことぐらい。

 本気出すとかまじないですわーとか、自分は本気を出していないアピールをすることぐらい。自分に言い訳することぐらい。

 本当は、本気なんて出しても大したことないくせに。

 実力なんていないくせに。

 プライドだけは一人前だから、自分を否定する前に他人を否定してしまっていた。

 そうすれば、相対的に自分が肯定されたような気がするから。

 そんな、卑怯で卑屈なことしかできなかった。

 みっともなくて、でも、みっともない奴にはみっともないことをすることぐらいしかできない。

 だから、天才様の足を思いっきり引っ張ってやろうと思った。


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