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えびフライ  作者: 魔桜
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※08※遅れてきたエース

 試合に遅れてしまった。

 今日は部活が休みだから、朝からランニングと素振り。

 それから、タオルを使って投球練習。

 自分の身体を徹底的にいじめるための自主練をしていたら、いつの間にか試合の時間を過ぎていた。

 別に来ても、来なくてもいいとは草野球の監督からは言われているが、やはり一日も空けずに『野球』がしたい。

 身体がうずうずしている。

 走りながら、今でも飛び跳ねたいぐらいに野球が好きだ。

 一人で淡々と打ち込むのも好きだが、やっぱり野球は試合が一番楽しい。

 中学時代は試合にほとんど出させてもらえなかった。

 公式試合はおろか、非公式試合でさえも。

 もう一人のはぶられている奴と、毎日キャッチボールばかりしていたような気がする。

 自分の無愛想な対応が悪かったのは自覚している。

 野球はかなり上下関係が厳しく、例え無能な先輩であろうと本音で喋ってはいけない。

 下手だと思っていても、それを口にしてはいけない。

 中学の頃。嫌というほど、そのことを身を持って思い知った。

 だから、これでも高校では大人しくしているつもりだ。

 一年生は球拾いが基本だからと調子に乗ってブルペンを譲ってくれない先輩の横で、先輩の数倍速い球を放ってどかせた。

 直截的な物言いではなく、実力でどかせることも覚えたのだ。

 その先輩がチクショウ、なんなんだよあいつはっ!! と人目のつかない自動販売機を蹴って八つ当たりしていても、そんなんだから三年になってもレギュラーとれないんですよ、と心の底を晒さずに見て見ぬふりをした。

 こんなにも大人になった俺に、死角はない。

「よし、ついた」

 記憶が正しければ、確か、今日の草野球の場所はここであっているはずだ。

 身体は十分温まった。

 頬から流れている汗を拭こうとすると――

 カーン、とまるで鐘を響かせるような金属音が聴こえたと思うと、頭上から野球ボールが振ってきた。

「なっ――」

 驚きながらも、咄嗟に素手でキャッチする。

 痺れた手のひらを軽く振ると――

 ワッッ!! と、フェンス内から歓声が聴こえる。

 狭いとはいえ、フェンスを越え、そして、フェンスのすぐ傍にある背の高い木さえもかすらせない、場外ホームラン。

 そんなことができる奴が、今日のチームにいるとは聴いていない。

「…………誰だ?」

 フェンス越しに、ダイヤモンドを回る奴を視認するが、見覚えがない。

 少なくとも野球選手としての認知はない。

 しかし、会ったことがあるかどうか、顔や名前を覚えるのが苦手なので自信がない。

 野球がうまい奴なら一発で憶えるが、弱い奴はあまり憶えない。

「――知らないな」

 箸って外周を回って、ようやくグラウンドに入ると、面倒な奴に見つかってしまった。

「あっ、えっ、小梶!? どうして、ここにっ!?」

「ちっ」

 何でこんなところに、風祭監督がいるんだろうか。

 彼女がいるのなら、ここには来なかった。

 野球のやの字も知らないくせに、色々と口うるさい彼女のことは苦手だった。

 中学の時にバッテリーを組んでいたあいつのように、俺は口だけの奴が大嫌いなのだ。

「こら、舌打ちするなっ!! なんで、こんなところにいるんだよっ、お前は!! 明日は紅白戦やるから身体休めておけって言っただろ? 言わなかったか?」

「うるさいな。お飾りの監督の癖に……」

「お前、全然反省してないだろっ!? この前も三年の先輩とひと悶着あって、反省していますと言ったあの言葉はどこに投げ捨てたっ!? いい加減、言葉遣いというものを――」

 ガンッ、と鈍い音がする。

「あんたも、生徒にその口答えはないでしょ」

「痛ッ!! また、スピードガンで殴ったっ!!」

 風祭監督のお守り役である井川先生まで、シングルマンズのベンチにいる。

 独身のチームが草野球を創設したから、シングルマンズとかいうふざけたチーム名になったらしいが、まさかこの二人も独身なのか?

 何が目的で二人がここにいるかは分からないが、今は試合中。

 あまり事情を訊いている暇はない。

「お疲れ様です、井川先生、監督」

「こら、しれっと私をスルーするなっ!!」

 風祭監督を無視して、シングルマンズの監督に挨拶する。

「おお、ありがとう! 小梶。来てくれたのかっ!!」

「はい。スコアは?」

「今、ホームランを打たれて、うちは1点で、あっちが3点だ」

「そうですか……。監督させよければ、今すぐにでも投げさせてもらいますが」

「今すぐって、まだ投球練習もなにも――」

「大丈夫です。さっきまで自主練で投げ込んでいましたし、それに、草野球だろうと公式試合だろうと、負けたくないので」

 仮に、ここで小学生が三打席勝負を挑んできたとする。

 そうしたら俺は、ボールをバットにかすらせるつもりすらない。

 負けず嫌いなのだ。

 他のことはともかく、野球だけは誰にも負けたくない。

 勝負は負けてもいい。負けて得ることもあるのだから。

 そんな綺麗な言葉がある。

 それは、正しいと思う。

 自分のせいで負けた試合があれば、どこでミスしたかを反芻し、練習して、欠点をなくすのに役立つ。

 だが、負けた後ではなく、試合が始まる前から、負けてもいいなんて心がけのいる奴はクズだ。

 負け癖がつけば、負けてもいいやと思い、そして、実際に負け続ける。

 最初から負けるつもりで野球をやる奴は、きっと才能の欠片もない。

 野球をやる資格すらない。

 特に、投手をやる以上、勝つつもりでいなければならない。

 打者を全打席ねじふせる覚悟を常に持たなければならない。

 それが、俺にとっての野球へ対する心がけだ。

「……分かった。お前に任せる」

「ありがとうございます」

 監督は俺のまなざしを受け止めてくれた。

 中学時代。

 野球部ではほとんど練習に参加させてもらえなかった。

 部活動で野球ができなければ、草野球でやればいい。

 だが、毎回参加できるわけじゃない。

 高校になってからさらに忙しくなったのに、自分が好きな時に参加する。

 そんな我が儘につきあってくれた監督には本当に感謝している。

 言葉では常にありがとうございますと、伝えている。

 だが、本当に監督に感謝したいのなら、やはり、プレイで伝える。

 それが、野球をやる人間としての最低限の礼儀だ。

「審判っ!! タイムっ!! 選手を交代するっ!!」

 そして。

 小梶大樹はシングルマンズのピッチャーとしてマウンドに立つ。



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