※07※右投げ左打ちでの打席
ビーフチキンズVSシングルマンズ。
その得点は三回までで、2―1の得点。
と、一進一退の試合が続いている。
だが、俺の球はまともに打たれてはいない。
大体が、味方側のエラーか、フォアボールによって一点奪われてしまったという展開。
だから、心情的にはだいぶ楽だ。
今回の回も最後はボール球を敵が振って、空振り。
やはり、絶好調だ。
そして、四回裏。
最初のバッターは俺だ。
「得点はリードしているんだ。積極的に振っていこう!」
「……わかってるよ、おじさん」
あずさの父親にそういうと、バッターボックスに立つ。
右投げ左打ちなので、左打席に立つ。
本来ならば、右打ちの方がしっくりくるのだが、俺は左打ちでなければならない。
あいつに、そう教えられた。
野球という競技は、左打ちが有利だと。
左打席の方が、右打席よりも一塁ベースに近い。
もしも、凡打だったとしても。
もしも、相手ピッチャーが強力で、バントすることが精一杯だったとしても。
左打席ならば、セーフになる可能性が高い。
だったら、左打席を極めろ。
そんな風に教えられた。
野球とは、8割が投手によって決まると言われている。
バッターボックスに立つ以上、考えることは、眼前の投手を打ち崩すことを念頭に置かなければならない。
投手をやっていると分かる。
一番大切なのは、精神力だと。
もちろん、ストレートの球威や変化球を憶えることも大切だ。
体幹、柔軟性、筋力。
その他多くの重要な要素はあるだろう。
だが、それを発揮するのには、精神力が重要なのだ。
ボールから指を話す時。
あっ、やってしまった。
と、投げた瞬間分かってしまう。
それぐらい、繊細な動きを要求される。
少し、爪が掠っただけで、ボールは棒球になってしまう時がある。
だから、必要以上に、爪のケアを怠らない。
そんなかすかな要素に過敏になる投手は精神が削られる。
狭いストライクゾーンに、ボールを何十球、何百球と投げ込むだけで心は疲弊する。
乱れる心を制御するのには精神力が必要なのだ。
その精神を折るためには、大きなことは必要ない。
小さなことからコツコツやることが重要。
つまり、ヒットを一本でも多く打つこと。
たったそれだけのことで、精密機械の歯車がズレることがある。
特に、九番打者だとか、ピッチャーだとかにはそれが求められる。
でかい一発は、クリーンナップに任せておけばいいのだ。
バットを短く持って、ミート力向上に努める。
「さて、と」
バットを構える。
相手ピッチャーは、ずんぐりとした体系の持ち主で、見た目はピッチャーよりもキャッチャー。しかし、キャッチャーは痩せ型なので、ポジションをコンバートした方がいいんじゃないかってぐらいチグハグだ。
だが、相手側のピッチャーの球はなかなかに速い。
コントロールはそこまでなく、割とど真ん中にボールが来ることがある。
甘い球が来たら、初球からでも打つつもりでいく。
腕をたたんで、コンパクトな振りを心がけていると――初球から、来た。
甘い球だ。
流して、守備の隙間を縫うような打球を飛ばす……つもりだった。
それなのに――
ボールは軽く柵越えしてしまった。