※04※大樹とニワトリの教室
教室。
あざさと微妙に気まずい別れをして、独りでここまで来た。
一抹の寂しさを心に秘めながら扉を開くと、
「ちょりーす」
気持ち悪い挨拶をするクラスメイトがいた。
友達のいない俺にとって、ほぼ唯一の男の話し相手。
だが、あまり朝から顔を合わせていたくはない。
「……なんだ、ニワトリか……」
「なんだとはなんだ! 失敬な! もっとなんか返してこいよ! 寝不足か?」
うざすぎる。
朝からコケコッコーと叫びだすんじゃなかってぐらいうるさい。
ちなみに、ニワトリは鶏じゃない。
当たり前だが、人間だ。
苗字が登坂だからニワトリというあだ名だ。
まあ、それだけじゃない。
彼の最大の特徴は髪型。
顔は凡人そのものだが、髪型は違う。
まるで鶏のトサカのような髪型をしているのだ。
世紀末にヒャッハーしてそうな頭をしている奴は、もはや確信犯。
ニワトリと呼ばれて否定する。
その過程全てが様式美と化している。
「別に……。ちょっと朝からイライラすることがあっただけ。お前は昨日なんかしてたか?」
「いつも通り、アイドルのブログばっかチェックしてたな」
アイドル、か。
相変わらずの趣味をお持ちだ。
正直、アイドルについては全くの無知。
「地下アイドルってやつ? 有名なやつ、あんまりチェックしていないよな、ニワトリは」
「いや、しているよ。しているけど、やっぱ熱中するのは世間的には認知度が低いアイドルばかりかな」
「ふーん。マニアックだよな、ニワトリは」
「いや、なんだかんだで有名なやつばっかりだよ。知る人ぞ知るみたいな。俺以上に詳しい人は山ほどいるけど、時間がないんだよ。やっぱりアイドルの数が多すぎるし、会場はいるのにかかるお金が、小遣いじゃまかねえないぐらい高いしな」
「安くても、それだけ行ってればな……」
アイドルオタとか、そういうのは関係なく。
オタクと呼ばれる連中は大概謙遜する気がする。
むしろ、にわかな人ほと、俺オタクなんだぜ、すげーだろと自慢してくることが多い気がする。
オタクの人は、それなりにオタクの人と交流して、それだけ語り合ってるから自分の立ち位置を知っているからなのだろうか。
「なんでもっと有名なアイドル追いかけないんだ?」
「なんで、いきなり?」
「特に意味はない」
「ふーん。まあ、いいけど……。俺ってけっこう飽きやすいんだよな」
「……どこが?」
ニワトリが飽きやすかったら、自分はなんなんだ。
「飽きやすいんだよ。だから時代の最先端を行ってるんだよ。なんというか、アイドルがそれなりに有名になるのって数年かかるよな。だから人気になっている時にはもう醒めてるんだよ。数年目に俺は物凄い興奮して、他の人間に薦めていたのに、見向きもされなかった。それなのに、人気になった途端ミーハーが騒ぎ出す。なんか、それで色んな意味で醒めちゃうんだよな」
「……つまり、時間の経過で醒めたのと、周りの掌返しの反応で、ってことか?」
「そんな感じ。なんだよそれって。あの時凄さを分かって欲しかったのに、今さらになって騒がれたからってなあ。それで飽きちゃうんだよな、いろんなことが。結局、騒ぎたい奴が騒いでのを見て、ああ、俺もこんな奴らと一緒にされるのかな。周りからみたら、こういうコンテンツが好きなんじゃなくて、周りにあわせられている自分が好きみたいな連中と一緒くたにされてるのかなって思うと、急激に醒めちゃうんだよな」
「ふーん。ちょっとだけ分かるかもな」
話が長すぎて、ぶっちゃけあまり頭に入ってこなかった。
だが、単語一つ一つは頭に入ってきた。
国語のテストでも、要所要所頭に入れるような、そんな感覚。
「どのへんが?」
「そうだな。周りからの決めつけかな。俺は純粋にそのことが好きなのに、周りからは歪んだ目で見られて、しかも勝手に決めつけられる。みんながやっているから好きなんでしょ? みたいな感じでな。俺も、そういうのは嫌いだな……」
あくまで例え話だ。
でも、本当に誰かに決めつけられるのは嫌いだ。
小さい頃。
野球をやっていた時に、周りによく言われたものだ。
おにいちゃんが野球やっているから、野球やってるでしょ? とか。
ねえ、平気? あんなに野球がうまい人と一緒に野球をやってて、辛くない? とか。
余計なお世話をうけまくった。
そんなの関係ない。
ただ野球が好きだったから、野球をやっていただけだった。
それなのに、周りから暗示をかけられるみたいに、毎日毎日。
よくもまあ、飽きもせずに他人の心を断言できるなあ、と感心したくなるぐらい言われると、そうなのかなって思ってしまうことがあった。
自分は、本当は野球なんて嫌いなんじゃないかって。
兄が野球をやっているから、やっているのかなって。
そんな風に、自分の心を捻じ曲げてしまったことを今でも後悔する。
だけど、自分はかなり流されやすい。
というより、波風を立てたくない人間だ。
何故なら、日本人で、なおかつ一緒に暮らしていて、それでいて血も繋がっている。
それなのに、日本語が通じない人間がずっと生まれた時からいたから。
その人がとてもヒステリックで、他人の言葉を聴いてくれなくて。
とにかく、俺の心を断定するような人だったから、諦め癖がついている。
そうやって他人のせいにするのは悪いと思っている。
だけど――
「どけ」
思考を遮断させたのは、横入りしてきた声。
「あ……?」
ニワトリではない。
もっと声が太い男の声。
ゴツン、と足が、俺のバックを蹴っている。
わざとなのか? と思って睨み付ける……が、どうにも睨み続けることができない。
かなりの威圧感。
怒りに満ちた瞳をしたそいつの身長は、男子高校生の平均身長を遥かにこえていた。
まるで大木でも見上げているかのようだ。
でかい。
でかすぎる。
それに、体つきが他の男子高校生と全然違う。
肩幅は広いし、腕もまるで丸太のように引き締まっている。
そのせいか、ちょっと、怖い。
「喋るのはいいけど、扉の前で雑談するな。さっきから他の連中が迷惑そうにしているのに気がつかなかったのか?」
「わ、わるい」
そういって、バックをどける。
確かに、後ろにかなり人が並んでいる。
ドアは二つあるから、後ろのドアにわざわざ回り込んで教室に入っている人もいる。
どうやら俺のせいでドアを防いでいたらしい。
「チッ」
舌打ちをしながら、どでかい男は教室に入っていた。
情けないが、あれは喧嘩を売る相手ではない。
だけど、一言も言いかえさなかったのは、こっちが悪かったからだから。
本当に喧嘩売られたら、絶対買ってたから。
「おっかないなー。誰だあれ?」
「小梶大樹だよ。確か、野球部だったと思うけど」
「野球部? 確かに体育会系の身体してたな……」
なんだ、野球部か。
だったら一生関わり合いにならない奴だ。
良かった、良かった。