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えびフライ  作者: 魔桜
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※03※存在しない幽霊との登校

 高校一年――春。

 朝の通学路は、制服姿の生徒が散見される。

 彼らが歩くたびに、道路に落ちている桜の花びらが黒ずんでいく。

 今年の春は、春ではなかった。

 冬はずっと寒く、そして最近急激に暑くなった。

 まだ四月だというのに、温度は二十五度を超えている。最近はあまり囁かれなくなった地球温暖化とやらの影響なのか。

 長袖の制服など、いますぐ脱ぎ捨てたいぐらいだ。

 ……この暑さ、桜などもう咲かないだろう。

 桜が満開にならなかったのが本当に寂しい。

 去年、高校の受験の時にみた、道いっぱいに咲く桜のことが忘れられない。

 目を瞑れば、今でも鮮明に思い出すことができる。

 あの綺麗な桜は、五分咲き程度で無残に散ってしまっている。

 この温度ではもう今年は咲くことなどないだろう。

 そして昨日は土砂降りだったせいで、汚い桜の花びらが道路に敷き詰められてしまっている。桜が咲いている時はあんなにも綺麗なのに、落ちてしまうとどうしてこんなにも汚くなってしまうのだろう。

 そんな儚い桜が俺は、とても好きだ。

 まるで、人間の人生のように刹那に終わってしまうから――。


「うわっ、きもっちわるっ!」


 高尚な思考に浸っているのに、それを台無しにしてしまう一言。

 美術展の絵画を下手くそwwwと揶揄する子どものような稚拙な行為に等しい。

 先ほどからずっと横で歩いていた彼女は、そういうことを平然とやってのける。

「なに、にやけてるの? また私の裸でも想像したんじゃないんでしょうね?」

「ふ、これだから凡人は。そんな低俗な想像するわけないだろ? 俺はただ桜の木を眺めながら人生について思いふけっていただけだ。どうして人の命は尊いのか。……それは、あまりにも儚く散ってしまうものだからなんじゃないかってことをさ」

「……やっぱり、温かくなると頭にうじ虫が湧いてくる奴が増えるわね……」

「ひぐらしがなきそうな台詞はやめてくれ」

「…………?」

 小首を傾げる彼女は、意味が分かっていないようだ。

 もっとメジャーな作品のパロの方がよかっただろうか。そこまで昔の作品じゃないと思うのだが、彼女はあまりサブカルチャーに興味にはない。

 淡野あずさ。

 弁当屋の一人娘。

 たまに弁当屋の手伝いをしているせいか、他の女子高校生よりもしっかり者な気がする。気が強そうな眉の吊り上げ方をしていて、実際かなり口が悪い。

 こちらが幼馴染だから言いやすいのだろうが、それにしたっていいすぎだ。

 料理とスポーツが趣味のせいか、髪は短い。

 短めのスカートから曝される足には、余計な脂肪は一切なく健康的。

 竹を割ったような性格は、男女から人気が高い。

 風呂場で観たように意外に胸があるところとか、そのくせスレンダーな体型をしているから、恋愛対象として異性に見られることもしばしばあるようだ。

 騙されている。

 見た目に騙されているのだ、そういう奴は。

 暴力をすぐ振るうようなこいつの、どこに惚れるというのか。

 黙っていれば確かに可愛いが、喋れば魅力は半減だ。

「裸がどうとか、いまさら何言ってるんだよ。お前の裸なんて見飽きたってぇーの」

「は、はあ!? 誤解をまねくようなこと、そんな大きな声で言わないでくれる? ただでさえあんたとの間に何かあるんじゃないかってたまに噂されるんだから」

 淡野あずさとご近所づきあいしている。

 だから、今日も自然と歩幅合わせて登校している。

 しかし、やはり男女二人が必要以上に仲が良いと弊害が生じる。

 周囲の視線が痛い。

 どいつもこいつも無遠慮に、やじうま根性丸出しの視線を投射してくる。

 高校生って奴は、どうしてこうも色恋沙汰とやらが好きなのだろうか。

 ほんと、うっざい。

 仮にあずさのことが好きだとしても。

 付き合っているのだとしても。

 そんなもの関係ないっていうのに。

 だけど、そうやって意識すると気がついてしまう。

 あずさと俺が仮に付き合うにしても、あまりにもカップルとしてバランスが悪い。

 俺は、蛯原カケルは――できそこないだ。

 兄の出がらしみたいなものだ。

 容姿はほんとにイケメン。……になる予定だったのに、まだ道路工事中みたいに中途半端な顔をしている。

 学校の成績はまあまあ。……とみえをはりたいが、平均点をちょっとだけ毎回下回る。

 何も自慢することがない。

 兄があまりにも顔が整っていて、学年トップクラスの成績で、それから野球部のエースピッチャーだったから、よく比較されていた。

 だからこそ、自己評価を高く見積もることができないのだ。

 野球も兄に比べたら、月とすっぽん。

 強いて調子をあげるなら。

 制服を着こんでいてもある程度筋肉がついているのが分かるぐらいか。

 これって、少し男らしい。

 筋トレとか毎日欠かさずやっているおかげだ。

 風呂上がりの柔軟体操もバッチリだ。

 ……うーん、ほんとうに自慢するところが一つもない。

「昔から付き合いながければ、ある程度の噂ぐらいたつだろ。……ったく、どいつもこいつも頭の中お花畑だよな。男女が近くにいるだけで、恋愛に発展させようとするんだから。そうやっていじられるから、恋愛なんてできないって。クラスで付き合っている奴いるけど、あれって凄いよなあ。冷やかしにもめげずによく付き合えるよ……」

「…………」

「あ? なんだよ、その呆けたつらは? 何か変なこと言ったか? 俺」

「いやー。こいばなを、まさかカケルができるなんてね。私はてっきり恋愛事に興味がないものとばかり……。そっち系の人かと思ってたわ」

「誰がホモだ! 同性愛は創作物だろうと吐き気を催すんだよ、俺は! そもそもリアルの百合、レズじゃない普通の女子同士の触れ合いでさえ俺は気持ち悪いと思うけどな!」

「触れ合いって?」

「ほら、女子ってスキンシップ旺盛じゃん? 普通に抱きついたりとか、手を繋いだりとか、女子風呂で、お互いの胸を揉みしだいて、きゃ、やめて! うるさい! 私の胸より大きいこのエロ胸め! 悔しい! 貧乳はステータスよ! とか言いながらきゃきゃうふふする奴、ほんとむりだわー。同性愛だけはやっぱり無理っ!」

「最後のやつは違うと思うけど……」

 バツッ!! と手を交差させる俺のことを、絶対零度の視線に向けてくる。

 ドン引きである。

「カケルってさ、ちょっと潔癖すぎるっていうか、完璧主義なところがあるよね?」

「完璧主義? 俺があ? 今日の宿題すらしてないのにぃ?」

「ちょっと、まさかそれって英語の宿題? 一限目じゃないの」

「そうそう。その英語の宿題。――貸して」

「だーめ。たまには宿題ちゃんとやってよ。部活動だって所属していなんだから、暇でしょ?」

「お前だって、帰宅部だろ? いいから貸してくれよ。英語の宿題多すぎるんだよ、あのおっさん。なんで一年の頃からこんな勉強しないといけないんだよ。意味が分からない……」

「ああ、ごめん。私――」

 あずさは長い睫毛を伏せ、


「野球部に入ったから」


 ばつが悪そうに囁く。

 囁いただけの言葉のはずなのに、衝撃がでかすぎる。

 まさか、あずさが野球部なんてものに入部するなんて思わなかった。

 そんなバカなこと、彼女が思いつくことすら思いつかなかった。

「や、野球部?」

「うん。男子野球部。うちの高校、女子野球部がなくて、女子はソフトボール部でしょ? そっちも入ろうかどうか迷っているけど、とりあえず今は男子野球部のマネージャやろうと思って」

「いつ、入部したんだ? どうして、教えてくれなかったんだよ」

「べ、べつに私の勝手でしょ、そんなの……。昨日よ、昨日。ずっと見学行ってたんだけ、やっぱりなかなかやる気があるみたいだし。特に今年は私達と同じ新入部員の人が物凄くうまいらしいから、活気はでてるみたいね。エースが入るだけで、やっぱり野球部の雰囲気は物凄いガラッと変わるものだから……」

「新入生で、エース……? そんな凄い奴が……?」

 一体どんな奴だ。

 うちの高校の野球部はそんなにレベルが低かったのか。

 それとも、その一年生エースとやらが凄まじいのか。

 いや、こんなこと考える意味なんて俺にはない。

「ね、ねえ。カケルもさ。そろそろ自分のこと許してあげたら? もう昔のことは忘れて、野球部に――」


「俺は一生野球部になんて入らない」


 あずさの言葉の続きは聴きたくなんてない。

 俺は、野球部がこの世で一番嫌いな部活なのだ。

「……草野球ぐらいならやるかもな。……っていうか、今週末草野球することになったんだ」

「もしかして、私の父親と一緒に?」

「そうそう。頼まれてさ。まあ、普段お世話になってるし、たまに身体動かさないとやっぱり落ち着かないからな」

「そっ――か」

 あずさは視線を合わせてくれない。

 きっと、辛いのだろう。

 昔のことを思い出していて、何もいえないでいる。

 そんな彼女の辛さを失くせるのは俺だけだ。

 だけど、何を言えばいい。

 どうやっても償うことができないのは俺が一番知っている。

 何を言っても、薄っぺらいものしか口にできない。

 想いは、言葉にしただけで軽くなるものだ。

 だから、いや、それでも、なんでもいい、何でもいいから俺は――


「お、おあずさ、おはよー」


 横から見知らぬ女があずさに朝の挨拶。

 あずさは当惑しながらも、

「あっ、おはよー」

 手を振りかえす。

 そのまま見知らぬ女は立ち去るかと思いきや、横に並び始める。

 まさか、このまま一緒に登校するつもりなのか。

 そうだとしても、一度もこちらに視線をよこさない。

 まるで、空気のように。

 幽霊が見えていないように、俺のことを視界に収めようとしていない。

 その反応は露骨すぎて。

 少しばかり傷ついた。

 慣れてはいるけれど、それでもやっぱりこうやって他人から除外されるのは、やっぱり心が痛む。

 認識しないようにみんなに認識されているのは、ほんとうに……。

 この人は昔のことを知っているのだろう。

 もしかしたらあいつのことを好きだったのかもしれない。

 あいつは、本当にいいやつで。

 女性にモテた。

 だとしたら、俺のことを許せないのは当たり前のことなのだ。

「ねえねえ、野球部のことなんだけどさ」

 あずさに明るく話かける彼女を見ると、本当に辛くて、だから、

「ご、ごめん。カケル、またね!」

 あずさが見知らぬ少女の手を引いた時には、嬉しかった。

 だけど、ちょっぴり辛かった。

 その気遣いが、逆に痛い。

「きぃ、つかいすぎなんだよ。あずさは――」

 あずさ達にきこえないように独りごちる。

 いつの間にか手を握っていた。

 痛い。

 何故なら、バットを毎日数百振っていて、ボールを数百投げ込んでいるからだ。

 野球は嫌いだ。

 嫌いだけど、やり続けることで何かが赦されている気がした。


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