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えびフライ  作者: 魔桜
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20/22

※20※先輩女子マネのご指導ご鞭撻

 あずさは野球部のマネージャーになった。本格的な部活の支援はまだやってはいない。今はマネージャーの仕事がどんなものか、先輩たちに教えをもらっている途中だ。水は他の部活動の縄張りとかあって、この蛇口は使えない。ここを使ってしまったら、サッカー部のマネージャーと喧嘩になるとか、レモンのはちみつ漬けを作るのはいいけど、個人的に他の選手に挙げるのは厳禁。恋愛感情を野球部の選手にもってはだめ。もしも付き合ったりなんかしたら退部してもらう云々。

 なんというか、その、あまり野球部関連の大切なことを学べていないような気がする。ほとんどが、先輩マネージャーからの洗礼といった方がいい気がする。特に、同じ部員に手を出すなと忠告してきた先輩はかなり目が血走っていたし、その場にいるマネージャー全員の空気がピリついた。

 どうやら、恋愛関係においてドロドロの何かがあることを、恋愛話に鈍いあずさでも察することができた。キャプテンとか、エース、四番とか、一年の小梶とか、あのへんはかなりモテるはずだ。小梶なんか同級生にすら休み時間になった瞬間、引っ張りだこになっているのだ。野球ができれば、それは野球部のマネージャーだっていちころのはずだ。

 野球をやっている人間は野球にしか打ちこまないから、女性に耐性がない。だから、プロ野球選手は女子アナと結婚することが多いと聴いたことがある。毎日球を追いかけていれば、確かに、あれだけ綺麗ではきはき明るく話す人と一緒にいれば惚れてもおかしくない。その点、小梶はずっと女子と話せているから、そういう色恋沙汰とは無関係に思える。あったとしても、普通に付き合ってそうだ。あまり恋愛関係で悩むタイプには見えない。

 それに比べて、あずさはというと、かなり悩んでいた。

 恋愛面についてだ。

 いや、あずさにとって、この悩みは恋愛として認めていいものか測りかねている。

 子どもの頃、幼なじみの武とカケルとの野試合というか、賭け試合というか、とにかく野球勝負を観てしまった。目撃してしまった。意図せず聴いてしまったのは、自分が賭けの対象にされているということ。どちらも了承して、勝負をしてしまって、そして、あずさはそれを知りながら何もしなかったということだ。

 あずさは、三人でいることが楽しかった。両親はとても仲が良く、子どもの前だろうといちゃいちゃする姿を見て、自分もこうなる相手がいつかできるものかと漠然と想像していた。だけど、当時はまだまだ子どもで。自分がそういう、カップルというか、誰かと付き合うみたいなことになるのは頭になかった。ただ、武とカケルとは一緒にいるだけで、それだけで良かったのだ。

 だったら、あの時、あの勝負を止めてしまえばよかった。なのに、あずさは何もできなかった。しようともしなかった。それは、本当はどっちかのことが好きだったから。いや、それともどっちも好きだったからか。

 正直、もう分からない。想い人かもしれない片割れが喪失された今となっては、なんだかどっちかを選ぶのは不誠実な気がした。どうせだったらどっちもいる時に心の整理をすればよかった。武のことが本当に好きで、好きでたまらなかったとして、今さらカケルのことを好きになった。

 そんな風になりたくない。そんな都合よく自分の心のかじ取りなんてできっこない。指針がないのだ。どこへ航海すればいいのか分からない大海へぽつん、と帆船が取り残されたような気分だった。

 でも、昔のことだから、ほんとうに分からないのだ。武のことが好きだったのか。それともカケルのことが好きだったのかが。だから、どうにもカケルにどうやって接していいのかも分からない。

 分からないまま、先日、カケルに話しかけた。

 カケルが野球をやっている姿を見て感激して、とにかくその感動を分かち合いたくて、共有したくて、いつもの遠慮なんてどこかに吹き飛ばして勇気をもって話しかけた。

 それなのに、カケルのことを気づけてしまった。間違っていたのだろうか。話しかけたのを。こんな自分は面倒くさくて、重い女なんだろうか。カケルにとって、自分は面倒な枷でしかないのだろうか。

 たまに、カケルと話していてぼぅとする時がある。どこか遠くの方を見るように、視線が泳ぐときがある。そんな時に、カケルが見ているのはあずさじゃなくて、武のことだと思っている。きっと、あずさと話す時に、思い出してしまうのだ。自分の兄弟のことを。自分が殺してしまったと思い込んでいるあの事件のことを。

 そんなことないのに。カケルは何も悪いことないのに、誰も彼もが責め立てる。そのせいで、カケルの心は欠けたままだ。時計の針は止まったままだ。どうにかしてあげたい。でも、見守ることしかできない非力な自分がもどかしい。もっと、寄り添うことができればいいのに。もっといえば、カケルが野球をやってくれれば、野球部に入ってくれれば支えることができる。だけど、遠回しに言っても、何も響かない。

 カケルが野球部に入るためにはどうすればいいのかって考えて、でも、それは自分勝手な願望を押し付けているんじゃないかって葛藤して、もう、なにがなんだか分からなくなってきた。そんなものを紛らわすためにも野球部に没頭して逃げようとしている。それが、部員たちやマネージャーに申し訳ない。

「はあ……」

 グラウンドへ向かって歩いていく。昼休みになってすぐだが、早めにグラウンドへ行かなければならない理由があった。バットとボールを出しっぱなしだったことを思い出したのだ。こんなんじゃ、先輩たちに喚くように怒られてもしかたがない。基本中の基本だ。どうして自分でもなおしわすれたのか分からない。

 別に、先輩たちが仮にやってしまっても怒られない。だけど、新人が忘れてしまうと怒られる。部活のマネージャーもバイトも、そういうところは同じなのだ。今、ミスを犯さないか、犯すかで、三年間の過ごしやすさが変わってしまう。だから、放課後になって誰かが気がつくまでになんとかしなければならない。みんなからの昼ごはんの誘いを断って、とぼとぼと歩いているのはそういうことだ。

 カケルのことばかり考えていて呆然としていたせいかもしれない。最近、先輩たちにも注意されがちだ。適当にやっているわけではない。恋煩い? いやいや、そんな単純な話ではないような気がする。

「ん? あれって……」

 何故か、サスペンスの家政婦のように隠れてしまう。なんだか、こんなことばかりしている人生な気がするけれど、何故か見つけてしまう。

 カケルと小梶――それからそれを遠くで観ている、井川先生を。これは、たまたまなのか。それとも仕組まれたことなのか。とにかく二人は野球勝負をしようとしているように見える。そして、井川先生は彼らのことを遠くから見つからないように見守っているように見える。

「もしかして、紅白戦の前哨戦?」

 そんな訳はない。見つからないようにしている先生の意味が分からない。これは二人の個人的な勝負でしかありえない。あずさは恐らく先生にも見つかってはいけない。なんだか妙なことになりそうだ。何のために勝負をしているのか分からないが、カケルが真剣にやっていることだけは分かる。二人とも言葉を交わさずともピリピリとした緊張感が伝わってきて、本気でやることだけは予想できる。

 ごくり、と喉を動かして、ただ見守る。

 いつものように、存在を悟られないように。

 そんなことしかできないけれど、でも、そうできることが今は特別なことのように思えたから。


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