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えびフライ  作者: 魔桜
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19/22

※19※覚悟ありの一打席勝負

 武は『十年に一人の神童』と呼ばれるほどに天才だった。身体能力は凄まじいもので、野球だけでなく、どんなスポーツでも好成績を残した。初めてやる競技だって、何年も、何十年も必死で努力している人間をあっというまに越していた。

「俺、テニス辞めるよ」

 そんな言葉を何度も聴いた。むごいな、って思った。好きで、好きでたまらなくて。どんなことよりも好きで、打ちこんできた人間達が、武に会うと、すぐに笑顔を失くした。どいつもこいつも好きなものを止めてきた。そして、すぐに笑顔を取り戻した。武の快活な笑顔の前では憎む気になれない。誰もが武のファンになっていた。

 それが、とても恐ろしかった。

 誰からも憎まれないでいれる武が羨ましかった。

 俺は武が大好きだった。

 それでも、どうして俺は武の傍にいれるのかが疑問だった。いつだって傍にいたけれど、それは兄弟だからということだけじゃない。家じゃなくとも、学校で、グラウンドで、必要以上に近くにいた。近くにいれば、いるほど、劣等感で心がひしゃげてしまいそうになるのに。それなのに、傍にいたのは、やっぱり、好きだったからだろう。どこまでも尊敬ができたからだろう。

 専門外のことなのに、完膚なきまでに叩きのめすような人間であっても、俺は好きだった。そんな相手がいなくなってしまった。人生でどれだけ得るのか分からない、自分にとっての理解者を失ってしまった。

 だからこそ、思う。

 俺に何ができるんだろうって。

 才能がない人間に何ができるのか。死んでしまった人間にたいして、その残されたものが一体何ができるのか。その答えはまだ分からない。

 できれば、もっと武と話がしたかった。

 こんなにも心の整理がつかないのなら、もっと、もっと会話して、あいつのことをしっておきたかった。

 もう、そんな願いがかなわないって分かっているけれど、それに似たことならできる。あいつと一緒でなんでもできて、あいつと一緒で天才で、野球が好きな、あいつに会って、知ることができれば、もしかしたら俺のできることが何か分かるかもしれない。

 そう思ったら、いてもたってもいられなかった。もしも、あいつの家がどこにあるか知っていたなら土日の間に会いにいったかもしれない。そして、土日が明けて、今日。俺は、何の策も、勝算もなしに勝負を挑む。無理や無謀なんて関係ない。ただの思いつきで、ただの意地で、呼び出した。

「よう。悪かったな、小梶」

「……別に……」

「なんか、さっきと全然態度違うよな?」

「……別に……」

「………………」

 小梶は確かに野球をプレイ中、ずっとオヤジ連中に囲まれていた。でも、それは彼のプレイが凄かっただけだ。普段からあんな仏頂面だったら誰もよりつかないだろうと思っていたら、普段の小梶はかなり好意的な態度だった。どんな相手でも分け隔てなく接しているというか、逆に人が良すぎて解離性同一性障がいを疑うレベル。完全に人格が変わっている。切り替わっている。演技しているとか、社交性があるとか、そんな言葉じゃ収まりきれないほどに豹変していた。

「――野球は本気でやっている。それだけだ」

 口調まで変わっている。スイッチが切り替わったかのように、俺と話す時は野球スイッチが入っている。別に俺はユニフォームを着ているわけではない。野球部に所属しているわけでもない。野球がうまいわけでもない。

 それなのに、俺を野球やっている人間だと、野球人間だと、本気で相手するに価すると、そう、認めてくれるんだな、お前は。

「そうか……」

 意識せずとも口が歪む。もしかしたら、初めてかもしれない。俺のことをちゃんとこうやって認識してくれたのは、大切なものを失ってから、きっと初めてだった。あずさは俺に同情的だから、あまり踏み込んではこない。それに、野球ができるといっても、異性だ。どうしても恋愛対象として観てしまう。

 だけど、小梶は違う。本気で野球が好きで、野球に打ち込んでいて、野球の才能があって……そんな奴だからこそ、俺の心は響いた。あまり他人の心に踏み込まない奴だからこそ、俺に対して、ここまで素を出してくれたことに、俺も全力で応えてやりたい。

「野球、しようぜ」

「なに?」

「お友達と話している最中にこんなところに呼び出したんだ。何かあるってことぐらいはあんたも分かっていたんだろ?」

 放課後となると野球部の練習がある。だから、昼休み。昼休みの中ごろはたくさんの人間がいて邪魔だ。そうなってくると勝負の邪魔になる。それを懸念して休み時間の時に、事前に早めの集合を言っていたのだが、どうやら周りの人間から話しかけられてすぐにはグラウンドにこられなかったらしい。

 だから俺がむりやり、ここ、グラウンドに連れてきたのだ。

 どこからどう見ても小梶に気のある女子勢からは恨みがましい視線をもらったけど、きがついていないふりをして、ようやくここまで連れてくることができた。

 まだ、昼休みは始まったばかり。閑散としている。ここまでダッシュできたんだから、それも当たり前だ。ぽつぽつと人がいるのが見える。昼飯を食べ終わったらしたら、さらに人が増えるかもしれない。もしかしたら、勝負のせいで昼飯が食えなくなってしまうリスクを負って、勝手に小梶に負わせて、今ここにいるのだ。全力でやってやる。

「一打席勝負。俺がバッターであんたがピッチャー」

 バットとボールは既に準備している。というか、片づけせずに置きっぱなしのやつをそのまま持ってきた。もしも、部員全員がきっちり後片づけするような人間ばかりだったら、鍵のかかった用具入れからどうにかしてここまで引き摺りださなければならなかった。

 野球部に知り合いはいないから鍵を借りることはできなかった。どうして鍵が必要なの? と質問されて、いい言い訳が思いつかなかっただろう。そのことに気がついたのが、ほんの数十分前ぐらいだったから相当に焦った。が、運よくあったよかった、よかった。考えなしにもほどがある。

「……ずいぶんと、やる気なんだな。あの草野球の試合から何があった?」

「……別に」

 まるで小梶みたいな返答の仕方になってしまったが、ほんとうにそうなのだから仕方がない。あれから、悩んで、悩んで、悩みまくった。そして、答えは出なかった。

 どうしても、俺は答えを出すことができなかった。

 成功する人間は即断即決。考えるより先に行動できる人間だと思う。そんな人間こそリア充であり、成功者。それでも、俺は答えが出なかった。

 俺に野球をやる資格なんてない。ない、けれど、それでも、俺は野球をやり続けたい。大切な人を失くしてしまった。俺のせいでいなくなってしまった人のことを考えたら、絶対に野球をやってはいけないはずなのに、俺は野球をやりたい。

 そんな相反する気持ちに折り合いをつけることなんてできない。

 だから覚悟を決めた。

 これで終わらせる。

 ずっと続いてきた答えの出ない答えに答えを出すことにした。

「野球をやろうぜ」

 これが、本当に最後になるかもしれない。最後の勝負。もしも、この天才に勝つことができれば、俺も野球をやってもいい。そんな資格があるかもしれない。

 武と同等のこいつの実力を凌駕すれば、あいつの意志をついでいいのかもしれないと思える。それとは逆に、もしもここで負けてしまったら? プライドを捨ててでも、勝負を挑んだ。ずっと投手に憧れて、ずっと投手として生きるために練習を積んできた。

 指導者なんていなくて、ほとんど独学だがずっとやってきたもの全てを無駄にして、俺はここにいる。それなのに負けてしまったら、もう、本当に、俺は終わっている。野球をやる資格なんてほんとうに、ほんとうにない。

 全ては勝負の結果に委ねる。

 これから野球を続けるか、それとも辞めるか。

 野球の実力で全てが決まる。最初からこうすべきだった。心に踏ん切りをつけるために、何か大きなことを一つドカンとやっておけばよかった。

「…………」

 だめか。いきなり呼び出しておいて、野球をやろうだなんて言って勝負に応じるなんて。野球バカな小梶だったら、何の逡巡もなく勝手に乗っかるかと思ったが、そうではないらしい。なにやら熟考している。俺には覚悟がある。これからの人生が左右される様なことになるかもしれないこの勝負に、覚悟を決めている。だが、そんなこと小梶に伝わるわけもない。相手は完全なる部外者なのだ。

 事情を知っている者ならば、何か俺が伝えればどうにかなったか?

 いや、こんな重い話をしても引かれるぐらいだ。むしろ、口に出したところで、もっと勝負をするのを嫌がるはずだ。だから、結局相手が誰であっても俺は何も言えない。何も相談することなんてできない。


「いいよ、やろうか」


 なのに、あっけらかんと。まるで何も考えていないかのような口調で言ってくる。どんなことを考えているのかを読みとろうと思っても、冷たい瞳からは何も悟れない。

「……はっ」

 思わず、笑いがこみあげる。いいね、ほんとうに、いいね。ボタンがあればいいねボタンを押しているところだ。めちゃくちゃなことを自分でもしていると分かっているのに、まさかこれほどまでとは。期待どおりどころじゃない、期待以上だ。

 小梶、この勝負の行方がどうなろうと、これだけは、これだけは自信を持って言える。

 俺は、お前に会えてよかった――と。

「勝負の判定は、どうするんだ?」

「塁や投手際にライナー、三振したらアウトにするか。外野、内野フライもアウトでいいな」

「別に、俺は転がすだけでお前の勝ちでいいけどな」

「……余裕だな、だけど、あくまで俺が外野まで飛ばしたら勝ちにしていい。内野に転がった打球はアウトってことでいい。――それでいいな」

「まあ、確かに、バントでもされたら興ざめだから、それでもいいけどな」

「ちっ」

 何も言い返せないところが、小梶の憎たらしいところだ。俺はこの前よくて、ピッチャーフライしかできなかった。相手が相当に手加減していると分かっていてもだ。

 しかし、収穫はあった。小梶のピッチングの腕前だけじゃない。性格も今の会話でそうとう知れた。俺だって未熟とはいえ投手をやっていたのだ。投手がどれだけ普段のコンディションや性格に左右される生き物かということを、俺は嫌でも知っている。

 だから、初球何を投げてくるかある程度絞れることができる。問題は、ちゃんとそれを当てることができるかということ。……自信はある。俺なら当てられる。

「いくぞ」

 それぐらいでいいのか? というぐらい軽い柔軟体操と、投球練習を終えた小梶の、一球目が投げられた。


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