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えびフライ  作者: 魔桜
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14/22

※14※最後の打者

 七回裏。

 最終回。

 草野球なので、七回までと決まっていた。俺にとってはいつも通りの試合回数であり、鳴れたものだった。一回から最後の回まで投げ切ったことだって何度もある。だからこそ、余裕をもって投げていた。それなのに、肩で息をしている。コントロールも乱れ始めてきた。

 七回でこれほどまでに疲弊することなどなかった。点数はというと2―3。一点差。今はこちら側が攻撃の回。もしもここで誰かランナーがホームに帰らなければ自動的に試合は終了してしまう。せめて同点にさえすれば、延長にまで持ち込めるが、これは別に公式の試合ではない。ただの草野球だ。仮に同点になったとしても、まあ、もういいか、疲れたし、帰ろうと言われてもおかしくない。だから、ここで点数をとっておかなければならない。せめて、二点は欲しい。

 こんな幕切れになってしまうなんて悲しすぎる。相手は小梶。油断もなければ、緩めることもしない。全力投球でボールを投げ続け、バットがボールにかすることすら奇跡――そんな完璧なピッチングを続けていた。多少、フォアボールも出していたが、それぐらいは誰だってする。もしも、初回から投手として登板していれば、間違いなくノーヒットノーランの記録を打ち出していただろう。

 そんな予想が現実を帯びる記録。それは、今現在、ツーアウト。そして、一塁には一人だけ出塁している。いや、塁にいるといっても、デットボールで出ただけだ。腹の太いおっさんが動きが鈍くて避けそこなったせいだ。それでも、完全にノーヒットノーラン一歩手前のような状態。こんな時に、打者としてバッターボックスに立たなければならなくなったのは――――俺だった。

 ネクストバッターズサークルで、バットを使った屈伸をしながらなんとか緊張をほぐそうとする。手足が震える。俺はこういうプレッシャーとは無縁の場所にいたはずなのに、最後の最後。この土壇場で最後の打者になるかもしれないと思うと、足がすくんでしまう。まだ、投手としてなら開き直ることもできる。小梶に劣っているのだから、どんな投げ方でもいい。自分の兄を超えるピッチングはできないのだから、気が楽になれる。

 だけど、打者としての自分では姿勢が変わってくる。どんなスタンスで打てばいいのか分からない。いつもならば頭を無理やりにでもからっぽにするか、打ち方に没頭して余計なことを考えないようにしている。だけど、ここで俺が一点をとらなければ、試合が終わってしまう。

 他の打者がおそまつであると断言するわけじゃない。相手が悪すぎる。例え、普通の高校生男児だろうとも打てるとは限らないほどの球威をポンポン放ってくる。他の選手にあの球を捉えられるとは思えない。できることといえば、フォアボール狙い。バットを短く持って当てるだけ。真芯を狙おうとせずに、カットしていき、玉数を稼ぐ。ばてさせたところで、ボール球を出させる。

 ――そんなことができれば、苦労しない。

 小梶はちょっとした小細工の効くようなタイプではない。決して揺るがない。

 小梶は俺とは違った意味で、ブレそうになった。俺はどんな時でも適当に流すようなタイプだが、小梶はまるで岩。いや、大樹たいじゅといっていいだろう。地面に根をはって絶対に抜けない。

 つまりは、ちょっとやそっとじゃ調子を崩さないということ。こうやって、小梶大樹と向かい合わなければ、きっと俺は天才の定義について深く考えることはなかっただろう。だが、今、少しだけ天才について分かったことがある。天才とは、シャットダウンできるもののことをいうのだ。

 普通の人間ならば、周りから影響を受ける。周囲から言われたから従う。世間の常識を信じる。それを順守することはとても正しいことだ。少しでも輪から外れた人間は、社会不適合者の誹りを受ける。一度でもレールから外れた人間を、誰も受け入れたりしない。認めない。例えば、学校を中退しました、と言うだけで、差別を受けるだろう。馬鹿だと思われるだろう。対応がガラリと変わるだろう。そうやってレッテルを貼られる。だから、自分ひとりでは人は生きられない。周りの空気を読んで、自分を型にはめて、必死になって集団にすがりつく。個人であることに、普通の神経をしている人は耐えることができないのだ。

 だけど、天才は違う。

 そんな一般的な枠におさまったりはしない。没頭する。ただ一つの物に執着し、周りからどれだけ揶揄されても固執し続ける。そんなのただの狂人だ。人は誰しも他人に依存しなければ生きられない。助け合いの精神という呪いはどこまでもつきまとう。その呪いを取っ払い、生身一つで無知数の大海へ舟をこぎ出すことができる。それが、天才といわれる種類の人間。あらゆるものをシャットダウンでき、個人を尊重できる小梶には外野が何をしようとも無駄。だったら、向き合うべきは己自身。――そんなこと普通の人間にできるわけもない。――俺にはできない。

「やるしか、ないよな……」

 俺が、俺の実力で勝つ。それしかない。二死一塁。振り逃げはできない。もう、まぐれや奇跡なんて起きるはずもない。野球はそんなに甘いものではない。小説や漫画の世界ならばどうにもできる。それこそ、サッカーとかならば偶然が重なって、ボールをゴールにねじこむことができるかもしれない。複数人による偶発的事故のようなイレギュラーが発生する余地もある。

 しかし、野球はそうはいかない。守備がエラーを連発したりすれば、まだ可能性はあるが、まず、ボールが前に転がることすらないのだ。一番事故の起こりやすいことといえば、キャッチャーがボールを取り損ねて、ボールが後方へと転がって、俺は振り逃げっ! そんな偶然ぐらいのもの。でも、それじゃあ、よくて一塁へ出塁することぐらいしかできない。

 走者となって、俺が引っ掻き回す。――そんなことできるわけがない。そんなの今更だ。この最終回で引っ掻き回したところで、草野球チームのおっさん連中でさえ動揺するわけがない。現役バリバリの小梶はもっとだろう。俺は投手。ボールを放ったその瞬間から、守備要員となる。だから、守備練習は欠かせなかった。だけど、走者としての技術はそこまで自信があるわけじゃない。野球というものを草野球で学んではいるが、やはり本腰を入れて練習を積んでいる他の同世代の野球少年よりかは幾分か劣るだろう。

つまり、ここで俺がやるべきことは、ホームに帰還すること。それも、たった一人の力で打つ。――ホームランを打つ。それだけを狙う。今日のホームランはほとんど奇跡的。

 当たり所がたまたま良かっただけだ。丁寧なスイングで安打を狙うのではなく、博打で大振り。外したら終わり。だけど、当たればホームラン。そんな幼稚なスイングをするしかない。

「プレイッ!!」

 バッターボックスに立つ。小梶の存在感がそれだけで増す。オーラすら発せられている小梶と打者として対峙するだけで、怯みそうになる。ここに立ったら、もう逃げ場はない。やるしかないのだ。

 間を置いて、小梶がボールを投げてくる。レーザーのようなボールを捉えるために、バットをスイングするが、空ぶりになる。それも、ボールがキャッチャーのミットにおさまってから、バットを振ってしまっている。

「くそっ――」

 明らかに振り遅れている。ここまで振り遅れるのは珍しい。そろそろアジャストしてもいい頃なのに、毎回ズレている。タイミングはとれているはずなのに、捉えきれていない。考えられることは一つ。――ギアが変わっている。まだエンジンが温まっただけで、トップスピードまで達していない。まだまだ小梶の本気はこんなものじゃないということだ。

「タイムッ!! 靴ひもが……」

「ああ、いいよ」

 靴ひもがほどけていることを指摘すると、審判がフランクに許可してくれる。踏めばすぐにほどけるように緩めに靴ひもを結んでいた。少しでも冷静に頭を冷やす時間を稼ぐために。それに、小梶や他の面子も顔には出さないまでも、面倒な表情をしている。

 先ほどから天候が悪くなっている。雲がどこまでも広がり、大きな影を落としている。遠方からはゴロゴロと腹の音みたいに雷の音まで鳴っている。もう少しでゲーム終了というのに、雨が降る予感がする。だからさっさと試合を切り上げて、家に帰って風呂にでも入りたい。それが本音だろう。そこまで真剣にやっている者など、誰もいない。俺だってそうだ。俺だって真剣に野球がやりたかったら、部活動ぐらい入っている。

 だが、この時間稼ぎには意味が、俺なりの作戦がある。

 クールダウンさせたいのは自分だけじゃない。小梶のノリ乗っている今の状況をなんとか変えたいのだ。調子に乗らせると本当に手がつかなくなる。一時中断させて、小梶の高揚している心をフラットにしてやりたい。

 小梶は野球の力は秀でている。恐らく、プレイ内での小細工は効かない。とも、こういうプレイ外での小細工ならどうだ? こういったからみ手には慣れていないはずだ。本番ならまだしも、ただの草野球で練習試合。ある程度長い時間待機してくれる。限界ギリギリまで焦らさせてもらう。

「もう、いいです」

「プレイッ!!」

 若干キレ気味な審判な掛け声とともにゲームが再開される。眼を見開き、すぐにスイングできるように重心を傾ける。そして、特に時間を掛けずに二球目が投げられる。その球に必死になって喰らいついて、バットはボールを捉えることに成功する。――ただし、ボールは後方高めのあらぬ方向。ネットに突き刺さる。

「ファールッ!!」

「よしっ!」

 ようやくボールにバットが当たった。正直な話、小梶のボールは目で追いきれる速度ではない。だから、テストの範囲に山を張るように、ボールの種類を限定して打った。球種だけではない。ボールの速度さえも俺は山を張った。

 一度目の大きなスイング。そして今の打席の、俺の体勢。すぐに俺の狙いなんて分かったはずだ。とにかく大きな一発狙い。一打席目で速球に手を出してきた。だったら、緩い球を放ってやれば空振りになるはずだと。

 普通なら、緩急をつける。もしくは、ボール球で一球を様子見だという方法もある。今までの打席、誰も一塁を踏めていない。だから、俺達を舐めて手加減――しているわけではない。小梶は自分に絶対の自信があるのだ。自分の球だったら、誰にも打たれないと。

 そして、その自信は自らのチームメイトにも伝播している。内野ももちろんだが、外野の気の緩み方は、遠距離にいる俺でも分かる。油断しきっているせいで、いつも腰を落としている選手も、落としてない。あれでは、ボールが飛んできた時、咄嗟に行動できない。少しよそ見している選手もいる。自信は油断に繋がる。今なら外野へボールを運べば、いつもより塁を進めることができるはずだ。

 かっこいい場外ホームランなんて望んでいない。無様にヘッドスライングしてもいいのだ。ランニングホームランでもいい。とにかく、一点。一点さえもぎとってしまえば、あとはどうにでもなる。次につなげることができる。――たとえ、ここで俺が奇跡的に一点をとったとしても、勝つのは絶望的。よくて引き分けで試合が終わるのだとしても、負けるよりかは絶対にましだ。

 小梶にとって、この試合が暇つぶしのようなものだとしても、俺にとってはここが今俺の居場所なのだ。だから、絶対に食らいつく。

 そして。

 ボールが飛んできた。運命の第三球目。そのボールはストライクゾーンに入った。フルしかない。ここで振らなければ、その時点で試合が終わってしまう。踏込み、そして、降って。バットはボールに当たる。当たって、そして、そして、ボールは空へと吸い込まれていった。


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