※12※見守っていた幼なじみ
「間に――合った」
走って、走って、ようやくカケル達が野球をやっているとかいう場所に着いた。ずっと、野球をやっていることを秘密にされていた。まさか自分の父親もグルになってあずさにだけ秘密にしていたなんて知らなかった。
カケルが野球をやっている。
場所までは教えてくれなかったので、あずさは父親を問い詰めた。父親にしてはかなり口が堅かったのだが、ポロッと漏らした。
今日、ここで野球をやるってことを。
運悪く、友達に呼び止められて時間をかなり食ってしまった。
だけど、間に合った。
部外者が入っていいものか。
それに、あずさが視界に入ったら、きっとカケルは動揺する。
影から応援しよう。
金網越しに、カケルの姿を発見する。
「カケルは、まだ、投げてる」
やっぱり、カケルはピッチャーにこだわっているようだ。ピッチャーをしているのはきっと、自分のためだけじゃない。カケルの本当のポジションはピッチャーじゃない。それでも投手にこだわっているのは、きっと兄の影響だろう。
きっと、それをカケルに言っても絶対に否定するだろうけど。
「点差は、え?」
カケルがマウンドを降りる。
ボードを見やって点数を確認すると2―1。
カケルのチームが一点差でリードしていた。驚いたのは、しかし、点数差なんかじゃない。攻守交代になって、そして見知った顔がマウンドに立つ。
「なんで、野球部の小梶が?」
今日は野球部の練習はなしになった。
私は、野球部に入って初めての休みに、ただ喜ぶだけだった。身体を休めることだけを考えていたのに、あの小梶はこんなところで野球をやっている。
オーバーワークなんじゃないかってぐらい、部内でも相当量の練習をしているというのにだ。
野球に対するそのとてつもない情熱にも驚いたが、一番驚いたのは彼のことじゃなかった。
疲労しきっているように見えたカケルが、トリックプレーによって小梶をアウトにしたことだった。
「今のあのプレイ……」
幼き頃から野球漬けの毎日だった。
ほとんどは遊びばかりだったけれど、カケルとその兄はずっと楽しく野球をやっていたのだ。どうやったら野球がもっとうまくなれるか、切磋琢磨の毎日。あの頃は三人で、いや、私は少しだけ置いてけぼりにされていたから、二人――。
二人でずっと野球をやっていたのだ。
あんなことがあるまでは――。
あんなことがあって、カケルはふさぎ込んで、野球を憎むようになった。野球をする人間をも嫌悪していた。
だけど。
だけど。
本当に憎めるはずがないのだ。
あんなにも野球が好きだったカケルが、自分の大好きだった兄との絆とも呼ぶべきものを。
捨てられるはずがなかった。
「やっぱり、そうだよね……。あの、カケルが……。誰よりも野球が好きで、野球を楽しんでいたカケルが……野球を辞めるわけないもんね……」
野球好きな人間のほとんどは、ずっと野球をやり続けたり、見続けたりする人ばかりだ。
そういう人にしか、あずさは会ったことがない。
それが、健全な野球の楽しみ方だろう。
だけど、カケルは一度、野球を捨てようとした。
あんなに野球が好きだったカケルが野球を手放そうとしたのだ。
それが、どんなに辛いことなのか。
きっと、野球をずっと好きでいることができた人間には理解なんてできるはずがない。
カケルはきっと、ずっと野球を好きでいつづけることができた人間よりも、野球が好きなんだ。他の誰よりも、きっと、ずっと、ずっと野球が好きなんだ。
「戻ってきた――ううん、私が知らない間も――ずっと、野球やってたんだね――カケル」
そして。
瞳から、いつの間にか一筋の涙が流れていた。