第22話
結局、その夜は神龍については何の進展もないまま、朝を迎えた。そして、マナのトレーニングの直前に事件は起きた。
「ない。……ないです」
着替えをしている時に、デミが泣きそうな様子で自分の荷物を漁り始めたのだ。
「デミ、どうしたの?」
世話好きのミレイがデミの様子に気付いて声を掛けた。デミは怯えた様子で顔を上げると、少し逡巡してから答えた。
「マナさまから預かった魔力結晶をなくしてしまいました」
「えっ、大変じゃん。あれ、カインリルさんから預かったちょー貴重品なのに」
「そんなっ」
ミレイの言葉にデミはさらに顔を青ざめさせてしまい、さらに必死で荷物をひっかきまわしたが、はっと顔を上げて叫んだ。
「お風呂場、あの時!」
昨日、みんなで露天風呂に入った時に服と一緒に魔力結晶も外して脱衣所に置いておいて、マナの言葉に心を抉られて慌てて飛び出した時、服は着たけれど魔力結晶を身に着けるのを忘れていたことを思い出したのだ。
ところが間の悪いことに、デミが露天風呂を確認しようとテントを飛び出したところで、テントに戻ってきたマナとばったり鉢合わせになってしまった。
「マッ、マナさま!?」
「どうしたの、すごい顔して?」
「すいませんっ」
泣きながら話すデミから事情を聞いたマナは天を仰いだ。魔力結晶そのものに執着があるわけではないが、あの魔力結晶はカインリルの個人証明でもあって、悪用されるとカインリルに迷惑が掛かってしまう。それはまずい。
「デミのせいじゃないわ。あたしが確認をしなかったのが悪いのよ」
マナたちは急いで露天風呂に向かったが、脱衣所には何も残ってはいなかった。
「誰か、昨日ここで魔力結晶のペンダントを見た人はいる?」
全員にもう一度昨日のことを思い出してもらったけれど、誰も魔力結晶のことについては注意を払っていなかった。
「晩御飯の時にはありました。カレーの火加減の調整をする時に使いましたから」
デミは魔力結晶がなければ魔力の制御がまだまだ弱いので、カレーの火加減を魔力結晶なしにできないことはここの誰もが知っている。そもそも、それが昨日のお風呂の事件の原因の一つでもあったのだから。
ということは、やはり脱衣所で服を脱いだ時に魔力結晶も一緒に外したのは間違いないと思われた。
「マナ。その魔力結晶とはカインリルから預かったものではないのか?」
「そうよ」
「見つけられなければ、外交問題になるぞ」
「分かってるわよ」
バドルスが警告すると、マナは少しいらいらした様子で返事をした。おそらくカインリル自身は不問にするだろうけれど、その他の関係者が何を言い出すかは分からない。バドルスの指摘も大袈裟とは言えないのだ。
しかし、そんな中、一人だけ全く異なる視点で事態を観察しているものがいた。
「これは……神龍かもしれませんわ」
「カルネ……?」
さすがにこの発言にはその場にいた全員が呆れたが、カルネはいたって真面目なようだ。
「神龍は魔力に惹かれると言われていますわ。私は魔石を仕掛けて神龍をおびき寄せようとしましたが、考えて見れば魔力結晶は魔石よりもさらに純度の高い魔素の塊でしたわ」
「つまり、魔力結晶を盗んだのは神龍だと言うの?」
「その通りですわ」
カルネはその路線で調査を始めているようだ。荒唐無稽と言い切れないのは、昨日起きた未解決事件があるためだ。この島には何か人知を超えたことが起きている可能性がある。
「とにかく、神龍かどうかは置いておいても、魔力結晶を探さないといけないわ。残念ながら、今日のトレーニングは中止ね」
「森に入るならシャーミル先生の許可がいるよ」
「僕が行ってくる」
「僕も」
神龍の捜索まで視野に入ってくると森の奥の方まで調査に行く可能性が出てくるので、シャーミルの許可を貰わないといけないとミレイが気付き、シシーとミレイがシャーミルのところへと向かった。
カルネはすでにあちこち忙しそうに調査をしていて、バドルスはカルネにいろいろと質問し始めていた。バドルスは調査のような仕事は得意でないので、カルネに頼ることにしたようだ。
「ショコア、分かる?」
デミは使い魔のフルムー犬のショコアの力を借りて探すようだ。犬型の魔法生物なので、嗅覚や聴覚や魔力に対する感覚が人間より鋭敏なので、離れたところや隠れたところにあっても見つけることができる。ただ、実物を見せることなく探し出せるかは未知数だ。
「ヘータ、どう思う?」
「葉っぱが落ちてたにゃ」
マナが相棒の子猫に尋ねると、先ほどから小さい体を利用して細かい隙間を探していたヘータは、咥えていた葉っぱを一枚マナに見せた。
「この辺の草木の葉っぱじゃないにゃ。もしかしたら犯人の身体にくっついてきたのかもしれにゃいにゃ」
「なるほど。……、でも、あたしたちの身体にくっついていたものかもしれないわよ?」
「……、そうなのにゃ」
マナはヘータの持ってきた葉っぱを指でつまんでみた。とげのある、とても特徴的な形の葉っぱだった。もしこれが犯人のものならば、有力な手掛かりになるかもしれないのだけれど。
「あ、それは……!?」
「何?」
「ご、ごめんなさい、お邪魔しました」
その時、マナが手に持っている葉っぱを見てデミが何かを言いかけた。けれど、考え事をしていたマナがぶっきらぼうに返事をしたので、慌てて逃げるように去ってしまった。
――あっ、やっちゃった。
今はとにかく何か手掛かりが欲しいので、デミが何か思いついたのならぜひとも聞きたかったのに、昨日の件でこじれていてデミが気後れしてしまったところに、追い打ちを掛けるようになってしまった。
非難するようにヘータに肉球でほっぺたをぐりぐりされたけれど、マナも分かっているので反撃もせずされるがままになっていた。
「ぼーっとしてにゃいで、さっさと行くにゃ」
「えっと。なんて言えばいいかな」
「そんにゃの、自分で考えるにゃ」
ほっぺたに食い込むヘータの肉球に押されて、マナはデミの方へと歩みを向けた。人づきあいが苦手な人間が、相手の気持ちを伺いながら声を掛けるにはどうすればいいのかと、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返しながら。




