第21話
「そのままでいいと思いますわ」
デミの問いに対するカルネの答えははっきりしていた。しかし、それではデミは納得しないようだった。
「でも、私は足を引っ張るだけで最低限のこともできていないので……」
「デミさんは『最低限のこと』というのはどういうことだと思っていますか?」
深く悩んでいる様子のデミに対し、カルネは逆にそう問いかけて見た。
「そんなこと、全部です。マナさまだけではなく、他の誰と比較しても全然ダメで。それなのに、マナさまと一緒に合宿なんて、どうしてマナさまはOKしたんでしょう」
「確かに、昔のマナさまなら、絶対ダメだったでしょうね」
「…………」
デミの言う通り、デミの実力はマナの取り巻きとしては著しく低い。それはカルネも分かっていて、以前のマナなら近くに寄せなかっただろうとは思っていた。
「マナさまは自分より弱い人を側に置きたがりませんでしたから、近づいても無視されるだけだったと思いますわ」
「やっぱり、私がこんなところにいるのは場違いですよね」
――にゃにを言っているのか全然分からにゃいにゃ。
ヘータは人間の言葉を契約の力で翻訳して聞いているので、マナがいなければ他の人間が話している言葉を理解することはできないのだ。最近は、唇の動きと雰囲気で簡単な言葉なら正答率30%くらいでなら当たるようになったけれど、暗い上に話が長くて全くついていけていない。
「場違いとは思いませんわ」
「え?」
しかし、カルネとデミは、ヘータが近くにいるということには全く気付かない様子で、話を続けていた。夜の闇の中、小さく魔力を持たない黒猫のヘータの気配を感じるのは至難の業だから仕方ない。そういえば、カルネの蜂はどうなったのだろうか。
「マナさんにとっては、デミさんも、私もバドルスさんもカインリルさんも、あれだけ仲の良いミレイさんですら、自分より弱いという意味では同じことですわよ」
「どういうことですか?」
「つまり、私たちはマナさまに許されてマナさまの側にいるのではなくて、マナさまに拒否されても勝手に側に居続けてきたというだけのことですわ」
「でも、それはそれだけの能力があったからできたことで……」
「能力なんて始めからあったわけではありませんのよ」
カルネは立ち上がると、海を背景にしてキャンプの方に向き直って話し始めた。
「私がマナさまに近づきたいと思ったのは、事故の後、療養を終えてマナさまが戻ってきた時でしたわ。あの時のマナさまはそれまでの社交的な雰囲気とは一変して他人を近づけないオーラを出していて、初日は誰とも口を聞きませんでした。
それまで遠くから見て、言ってみれば、憧れていただけだった私には、一体どうしてそんなことになったのか見当もつきませんでした。それで、知りたいと思ったんです」
海面に反射する光をバックに話をするカルネを見つめながら、デミは真剣にカルネの言葉に耳を傾けていた。
「もともと情報職志望だった私は、当時、イルヤ・ホッグというネズミ型の魔法生物を使い魔に選んだばかりだったのですが、それでマナさまの部屋に侵入してみようと思ったのですわ。
でも、あっさりバレてしまって、イルヤ・ホッグはつまみ出されてしまいました。その後も何度も挑戦してみたのですが、尽くダメでした。時間帯を変えても、寝静まった時を狙っても、使い魔を変えてもダメ。
そんな挑戦が1年弱続いて、ようやく出会ったのがアリアノ蜂でした。この蜂は、他の魔法生物よりずっと小さくて静かですが、1匹が収集できる情報量が全然少ないのですわ。でも、これしかマナさんに近づける方法がなかったので、必死で練習しましたの。
おかげで今ではマナさま通の新聞部員として少しは知られるようになりましたが、それも本当にここ最近のことなのですわ」
デミは、カルネが話した内容を反芻するように考えた後、口を開いた。
「つまり、まだ諦めるには早いってこと?」
「取り方は人それぞれですわ。ただ、一時のマナさまに比べれば、今のマナさまは信じられないくらい社交的ですから、こんなくらいでへこたれていてはこの先やっていけませんわよ」
「……はい。ありがとうございます」
「それから、マナさまはああ見えて内心はすごく寂しがりなので、デミさんが声を掛けたこと、本当は喜んでいると思いますよ」
「そんなことはないですよ」
「学園一のマナさま通の私が言うんですから間違いありませんわ」
どうやら話は終わったらしい。デミの顔は最初とは打って変わってすっきりした顔つきになっていて、カルネに頭を下げてキャンプの方へ帰っていった。
カルネはそれを見送った後、何かを探すような様子で辺りをきょろきょろとした後、ヘータの方へと真っ直ぐに歩いてきた。
「ヘータさん、ここにいたのですか」
「にゃっ?」
カルネの蜂が纏わりついてこないので、てっきり気付いていないと思って油断していたところで、突然話しかけられて、ヘータは驚いてしまった。姿を見つけづらいのは、向こうも同じだったということだ。
「キャンプを抜け出して森の方に行った後、姿を消してしまったのでどうしたのかと思っていたのですが、どうやってここまで来たのですか?」
ごまかすようにヘータが猫っぽい仕草でカルネの方に近づくと、カルネはしゃがんで頭を撫でてくれた。
「さっきの話、聞いていたのですか?」
「にゃー」
「私の知っているマナさんは自分より劣っている人には誰にも頼らない孤高の方でした。長い間、使い魔を持たなかったのも同じ理由だと思いますわ。それがある時突然、あなたを使い魔として連れてきた時は本当に驚きました」
カルネの手つきは全く猫を触り慣れたもので、次第にヘータはカルネの技に身を任せるようになっていった。
「どれほどの使い魔なのだろうと、それはもうとことん調べましたわ。バドルスさんのオロンに勝つくらいですから普通の猫ではないことは間違いないですが、一体どういう能力を持つのか結局分からないのです」
――ふにゃっ、その耳にょところ、引っ掻くのにゃ。いいっ、いいにゃっ。
「マナさまも、あなたの能力については何も言わないですし。今晩も、一体どこで何をしていたのですか? 実は神龍について何かご存知なのではありませんか?」
――あ、ついでに、お腹も触ってほしいにゃ。ちょっとでいいにゃ。
「……、私にはあなたと会話する能力はないということですか。仕方ないですわね」
――え、もう終わりにゃ? もうちょっとにゃ。
「にゃあ」
「そろそろ戻りますわ。また明日も朝からマナさまのトレーニングですから」
そう言うと、カルネは立ち上がって砂を払い、キャンプの方へと戻った。名残惜しいヘータも立ち上がり、その後を追いかけて一緒に戻っていった。




