第20話
結局、その夜は気まずい感じのまま寝ることになった。マナは納得しないのに他人に折れたりしないし、デミはマナに近づくのを怖がってしまっていた。
ヘータは皆が寝静まった頃合いにテントを抜け出して昼間の崖をもう一度調べに向かった。一人で行ったのは、森の奥は立ち入り禁止になってしまったので、マナを連れて森に入ることはできないからだ。
森の中は昼間とは違い、生き物の息遣いが濃くなっていた。夜行性の生き物の活動が活発になっているからだ。ヘータの黒い毛は夜の闇に溶け込んで、大きく開いた瞳だけが木の葉の隙間から漏れる月の光を反射していた。
「見慣れにゃい奴だにゃ。こにょ辺りを誰の了解を得て……」
「うるさいにゃ」
大型の山猫のような生き物が突然ヘータの前に立ちはだかったが、ヘータは一瞥をくれただけで猫パンチで排除して先に進んだ。
――猫はこれだから面倒くさいにゃ。猫は猫に敏感すぎるのにゃ。
そう思いながらその後も何匹か排除しながら進むと、しばらくして例の崖にたどり着いた。昼間、この辺りはさんざん調べて何も出て来なかったので、同じことを繰り返すつもりはないのだが、昼間にはあまり注意を払わなかった生き物の生態を確認しようと思ったのだ。
というのは、神龍がこの辺りに住んでいるのなら、生徒が消えた跡はなくとも何かしらの生活痕があるかもしれないと思ったのだ。それも、普通の生き物とは全く違う何かが。
でも、神龍の生活痕というものがどういうものか全く想像もつかないので、とにかく現場をもっといろいろな角度で見てみようと来たのだった。
「その前に、少し掃除が必要なようにゃ」
そう呟くと、ゆっくりと後ろを振り返った。すると、木陰に光る無数の目、目、目。島中の猫が余所者のヘータを取り囲んで袋叩きにしようと集まって来ていたのだった。トルン市で見るようなヤワな家猫崩れではなく、骨の髄から野生の山猫たちだったが、ヘータは慌てる様子はなかった。
所詮は何の知恵もない猫が何匹集まったところでヘータに適うものではない。
――どうしてこいつらはどいつもこいつも群れるのが好きなのかにゃ。
飛びかかってくる山猫たちを、岩にぶつかる滝の水のように投げ飛ばしていると、1匹、また1匹と怖気づいて逃げて行って、最後は誰もいなくなった。何匹かは崖の下に投げ落とした気がするけれど、猫だから大丈夫だろう。
「まったく、手間を取らせにゃがってなのにゃ」
ことごとく猫どもに絡まれるのは、ヘータの身体が小さいくせに態度がでかいからで、態度を小さくするか身体をでかくするかしないと収まりようがないのだけど、ヘータは態度を改めるつもりは全くないし、魔法で身体を大きくするのは身体強化以上の代償が掛かるので、甘んじて受ける他はなかった。
ただ、この騒ぎで地面がめちゃめちゃになって、ただでさえ昼間、人間が歩き回って痕跡が見分けにくくなった現場が、ほとんど原形を失ってしまったことは痛手だった。それに、この騒ぎで周囲から生き物がいなくなってしまった。
「これは望み薄かにゃ」
そう呟きながら周囲を散策して見たが、やはりめぼしいものは見当たらない。神龍の鱗の欠片みたいなものでも落ちているといいのだけれど。
崖の方に近づいて下の方を覗いた時、そう言えば崖下に落とした猫たちはどうなったかとふと思い出した。浜辺で見つかった生徒も崖から落ちたと言っていたので、崖に落ちた猫がどうなっているかは確認する価値がありそうだ。
ひょっと飛び降りて崖の中腹に立ち、辺りを散策して見たが、山猫が転がり落ちた跡らしきものは見つからなかった。下まで降りたがやはり何も発見できない。
――これは、昼と同じにゃ。崖から落ちると何かが起きるのかにゃ?
自分も落ちてみようかとヘータは考えたが、飛び降りるのではなく「落ちる」というのを意図的に再現するというのは難しい。
それに、本当に意図せずに落ちてしまって予想したことが起きなければ、けがをしてしまうかもしれない。ここに来ていることはマナには伝えていないので、けがで身動きが取れなくなってしまうと面倒なことになる。
――誰か、落としてみるか。
自分が落ちるのに問題があるなら、さっきみたいに誰か他の猫を落としてやればいい。飛びかかってきたのは全部蹴散らかしてしまったので、ちょっとその辺を散策して探して来よう。
どうやら山猫たちはさっきのけんかで1匹残らず駆逐してしまったようだ。四方を歩き回っても誰も見当たらない。この際、猫でなくてもいいやと思ったが、猫以外も皆逃げてしまっていて、たまに目が合うとさっと隠れてしまった。
――仕方ないにゃ。
「<発現>」
足で探していては埒が明かないので飛行魔法を使って上から広範囲に探すことにした。猫は理力も魔力もないので真っ暗な中では余計に見つけづらいけれど、猫の本能でなんとなくいそうなところはわかるので、片っ端から調べて回った。そして、ようやく1匹見つけた。
それは一番最初にけんかを売ってきた山猫だった。身体が大きく、毛の色が白かったので暗闇でも比較的遠くから発見できたのだ。
「にゃにするにゃ。放せにゃ」
「うるさいにゃ。暴れるにゃ。大したことじゃにゃいにゃ。ちょっと目を瞑っていればすぐに終わるにゃ」
「にゃにゃにゃにゃにゃ」
山猫の首根っこを捕まえてそのまま空に飛びあがると、山猫は激しく暴れて抵抗した。が、ヘータの力にかなうはずもなく、山猫の両手は空しく空を切るだけだった。
そのまま元の崖のところまで飛んでくると、地面に降りずに空中で滞空しながら連れて来た山猫をひょいと投げ落とした。その方が何が起きるのか見やすいと思ったのだ。さらに、落ちていく山猫を追いかけるように自分も高度を下げた。
「にゃぁぁーーーーー」
と、その瞬間、ヘータは海岸にいた。
「何にゃ……? 俺はここで何してるのにゃ?」
ここに来るまでの記憶がどうにもはっきりしない。何かをしようとしてテントを抜け出したところまでは記憶があるのだけれども、その後何をしていたのだろうか?
――海を見に来た? そんにゃはずないにゃ。海は嫌いなのにゃ。
首を傾げながらも、一向に思い出せないので、とりあえず海から離れてテントに戻ろうとしたところで、デミが海岸に出て来たのが見えた。と、後ろからカルネが静かに後を追ってきた。ヘータは戻るのを止めてしばらくそこで様子を見ることにした。
「デミさん」
「カルネさん!?」
「ここ、いいかしら?」
「どうぞっ」
カルネはデミに声を掛けると、デミの隣に腰を下ろした。
「夜中にテントを抜け出すから、蜂に起こされたわ」
「すいません」
――夜中でも蜂は監視してるのにゃ。それにゃら、俺が何してたのかもカルネは知っているのにゃ?
デミとカルネはそのまましばらく無言で海を見下ろしていた。次に口火を切ったのはデミの方だった。
「私はどうしたらいいんでしょう?」




