第7話
そして春休みになり、合宿に出発する当日となった。集合はトルン市の南にある駅前だ。他の先生が主催する合宿の中にも同じ日に鉄道で出発するものがあるため、駅前は学生たちでごった返していた。
「遅い!」
「時間通りよ」
マナが駅に着くと、バドルスが腕を組んで仁王立ちで待ち構えていた。例によって集合時間より何十分も早くに来ていたのだろう。
「30秒の遅刻だっ」
「私の時計では15秒前よ」
「僕の時計は毎朝、爺やが合わせているのだ。10分の1秒まで正確だ」
「はいはい」
「聞いているのか!」
面倒な奴をチームに入れてしまったと後悔したけれど、後の祭りだ。いや、この場で気絶したら合宿は欠席ということになるんじゃないだろうか?
「マナ、物騒なことはいいから」
「バドルスもその辺にしておきなよ」
マナが殺気を漂わせると、それを察したミレイがさっとマナを制した。同時にバドルスの方も連れのシシーになだめられて矛を収めた。周りから女房役と非公式に認定されているのは伊達ではない。
その時、マナの胸元に収まっていたヘータがするりと飛び出してきた。そして、近くにいた大型犬の背中の上に香箱座りに座った。びっくりした犬が走り出そうとしたので、デミが慌てて手綱を引いて押しとどめた。
「それはデミの使い魔?」
「は、はい。そうです」
その犬は、普通の犬ではなくフルムー犬と呼ばれる魔法生物の一種だった。性格は大人しく従順で力が強く、見た目の愛らしさも相まって使い魔としての人気が高い。実際、学園でも一番多くの学生がフルムー犬を使い魔として選んでいた。
「名前は?」
「ショコアと言います」
「……、普通ね」
「ふえぇ?」
しかし、マナには普通過ぎてあまりピンとこなかったようだ。それを思わず口にしてしまったせいで、デミは少し落ち込んだ。
合宿には使い魔同伴で参加するものが多い。マナもヘータを連れているし、デミはショコラを、カルネはアリアノ蜂を連れている。ミレイとシシーも目立たないが自分の使い魔を常に連れている。が、バドルスだけは例外だ。
バドルスの使い魔はゼオウィルムという種類の背丈が2メートルにもなる陸竜だ。これだけ大型の使い魔となると移動手段も、移動先での飼育環境や餌の確保も問題となる。なので、今回の合宿には連れて来てはいなかった。
「お、来てるな」
「シャーミル先生、おはようございます」
「これはまた豪華な顔ぶれだな」
点呼に来たシャーミルがマナのチームの顔ぶれを見てそう言った。デミを除くメンバーは全員マナの学年の成績上位者で将来のベルデグリ候補なのだから、そういう感想が出るのも不思議はなかった。
「じゃあチケットを渡しておく。発車時間は20分後だ。乗り遅れても責任は取らんからな。特にマナとバドルス、直前になって喧嘩を始めるなよ」
「喧嘩なんてしないわ」
「もちろんだ。僕はこれまで喧嘩などしたことはない」
「「「「ええ?」」」」
マナとバドルスの因縁は誰もが知っている上、むしろ決闘は学園の名物行事と言ってもいいくらいの知名度であるにもかかわらず、バドルスがそれを喧嘩だと認識していないことに、その場にいる全員が驚いた。しかし、バドルス本人はいたって本気であった。
「まあいい。とにかく遅れないように」
「わうっ」
「こら、ショコア。暴れないの」
「ヘータ!」
シャーミルが去っていくと、ヘータに背中の上に乗られたままだったデミの使い魔のショコアが、我慢しきれないと吠えてバタバタし始めた。慌てて抑えようとするデミの横から、マナがヘータの首根っこを捕まえて持ち上げ、自分の胸元に突っ込んだ。
「あなたはここにいなさい」
「にゃー」
そんな風に駅前で待っていると、しばらくして列車が駅に滑り込んできた。
煙突からもくもくと白い蒸気を上げながら走ってくる列車は、機関車から耳をつんざく轟音を立てていた。
「すごい音ですね。一体何の音何でしょう?」
「スラストカゲネズミだ」
耳を塞ぎながら呟いたデミの言葉に、バドルスが反応した。
「スラストカゲネズミ?」
「鱗と尻尾を持つネズミの魔法生物だ」
「水を沸騰させる能力を持っていて動力源として使われるけど、とにかく鳴き声がうるさいのよ」
「そうなんですね」
学年総合1位と2位のマナとバドルスに説明されて、デミは感心して頷いていた。ただ、まだ中等部の授業では取り上げられていないものの、デミ以外の全員にとっては常識的なことだった。
マナたちの席は事前にシャーミルから聞いていた通り三等車だった。それはそれなりにこぎれいな車両であったが、窮屈な座席は長距離の列車の旅には全く向いていない上、合宿に出発する学生たちでごった返して座席は満席になっていた。
「マナ、ちょー急いで。こっち」
席取りとなると誰よりも機敏に動くミレイが4人掛けの席を見つけて残りの3人に手招きした。バドルスたちもその席の近くに2人分の席を確保して座った。人混みが苦手なマナはもたもたと列車に乗り込んできてミレイに大声で呼ばれていた。
「やっぱり帰ってもいいかな」
「何言ってんの。ここ座って」
列車に乗り込むだけでお腹いっぱいになってしまったマナだが、ミレイに言われて窓際の席に座ってようやく人心地付いた。
「どうしてこの椅子はこんなに小さいんだ? 不良品じゃないのか?」
「三等車に立派な椅子があるわけないでしょ」
浮世離れしたことを言い出すバドルスに入れるミレイの突っ込みも、だんだん慣れてきた感がある。即席チームの6人ではあったが、短い期間でそれなりにお互いの呼吸が理解できるようになってきたようだ。
「皆さん、神龍ってご存知かしら?」
席について発車して、落ち着いたところでカルネがそんな話題を持ち出した。
挿絵を描きました。『第3章「デビュー」 - 01』に挿入してありますので、興味ある方はどうぞご覧ください。
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