第2話
「こんにゃんでどうやって大学の先生をやっているのにゃ?」
ヘータが前足で地面を掘る仕草をしながらそんなことを言っているが、確かに本当に学生とかはどうやっているんだろうかと思う。あるいはこのトラップを通過できたものだけが講義を受ける資格がある、というような試練なのだろうか?
そんなことを考えながらマナが蓋を調べていると、妙な違和感を感じた。蓋の一か所だけ理力の性質が異なる気がするのだ。
よく魔法の実技で「魔力を感じる」と言うが、それは厳密には全く正しくない。なぜなら人間には魔素を感じる器官がないからだ。実際に感じているのは理力の方で、しかも直接理力を感じているのではなく、自分が纏う理力がその場の理力と干渉した結果発生する微弱な形象の変化を感じているのだ。
このように間接的な反応を頼りに場の理力を感じるので訓練なしには極めてあいまいな感覚でしかないけれど、訓練によって自分の纏う理力を変化させながら周囲を探ることでその場の理力の性質を把握することができる。
マナはこれを非常に繊細に行って、極めて精度の高い理力のスキャニングを蓋全体に行っていたのだ。
「どうしたのにゃ?」
「ちょっとこの穴の中に尻尾を突っ込んでみてくれない?」
「に゛ゃ?」
マナが頼むとヘータは露骨に嫌な顔をしたけれど、理力の流れを確認したヘータはしぶしぶ穴に尻尾を突っ込んだ。すると、そこに魔法陣があったので、ヘータは何も考えずに尻尾の先で魔法陣を起動した。
「<発現>」
「ちょ、不用意に魔法陣を起動したら……!」
マナが警告するより早く魔法陣上空に魔法が発現して、慌てて飛びのいて地に伏せたマナとヘータの頭上でポンと何かが爆発した。
爆発が小規模に終わって追加の魔法の発現もなさそうだと感じたマナとヘータが上を見上げると、煙で書かれた文字が空に浮かび上がっていた。
ただいま るすに しております
「と、いうわけなんです」
「今度はそんなものを作っていたのか」
後でシャーミルの個人授業を受けている時に、ケディを訪ねて行った時のことを話したら、シャーミルは呆れたような表情でそう言った。
シャーミルはマナが個人的に師事している女性の体術の先生だ。さばさばした性格が言動にも表れているが、それに反して体つきは大変グラマーだった。その意味でも、マナは体術を学ぶ上で非常に参考になるところが多かった。
「死んだかと思いました」
「俺は窒息するかと思ったにゃ」
マナとヘータが地に伏せた時、マナはとっさにヘータを庇って覆いかぶさっていた。2年前の事故の記憶からとっさに取った行動だったが、とっさだったせいで体格差のことを忘れていて「胸のでかいこぶ」でヘータを押しつぶしてしまったのだ。
「頭に来たので、蓋の魔法陣を解析してロック解除の方法を変えておきました」
「あはは」
魔法陣は古代語で書かれていて解読は難しいのではあるが、それでも簡単なものは部分的に解読が行われていて、新しい魔法陣の開発も行われている。カーピー=オスタンのマジックアーマーに使われているものなどはそういうように作られたものだ。
蓋にをロックしていた魔法陣は一部が変更しやすいように改変されていて、いわば鍵の交換のように解除キーを変更できるようになっていた。なので、マナはそれを解読して別の解除キーに変更してしまったのだ。
ケディが魔法陣の主ならばマスターキーがあるはずなので、多少の腹いせではあっても実害はないはずだ。
「しかし、この時期にいないとは、また逃げたな」
「またですか?」
「毎年この時期は必ずだな。よっぽど私が嫌われているらしい」
「この時期?」
マナはこの時期と言われて何があったかと考えた。しかし、もうすぐ春分休みで特に必須の学校行事が残っていたという記憶はない。
「お前も中等部だろう。だったらもう決めたんじゃないのか?」
「何をですか?」
「何って、春合宿だ。行かないのか?」
「あっ」
トルニリキア学園は2学期制で、1月から6月までの春学期と、7月から12月までの秋学期がある。学期と学期の間は1か月の長期休暇になるほか、春分と秋分の前後に1週間の休みが設けられていて、任意参加のイベントが開催されていた。
秋分を中心とした秋休みは1週間に渡ってトルニリキア学園の学園祭が行われ、学生だけでなく、外部からも多くの人が参加して大変な賑わいになる。それに対して春分を中心とした春休みは、中等部以上だけが参加できる合宿イベントがあり、春合宿と呼ばれていた。
春合宿は学園の教師がそれぞれに独自のプランを発表して学生を募集し、学生は自分でプランを確認して参加した合宿に応募する。人気の合宿には応募が殺到するので、独自の選抜基準を設けていることもあった。
マナは去年から中等部の学生なのでその気があれば春合宿に参加することはできたが、当時は交友関係を完全に遮断していたので、そもそも春合宿の存在に気づいてすらいなかった。今年は一応存在は認識していたが、大したイベントではないと思っていい加減に無視をしていたのだ。
「先生は何かするのですか?」
「お前は自分の気のないことについては一切興味を持たないな。ストイックなのもいいが、もう少し周囲に目を向けるのも大事だぞ」
「すみません」
口ではすみませんと言うものの、マナが大して反省していないことはシャーミルにもすぐにわかった。しかし、追及しても仕方のないことなので、眉を軽く顰めただけで特にそれ以上何も言わなかった。
「私は毎年、無人島でサバイバル合宿をやっているんだ」
「えっと、さすがにまだ海は寒いんじゃないですか?」
「行くのは南の島だから問題ない」
「そんな遠いところ、どうやって行くんですか?」
「電車とフェリーの三等車にすし詰めでいくんだ」
けらけらと笑いながら言っているシャーミルを見て、この合宿は絶対に人気がないに違いないと思った。なるほど、ケディはこれに参加させられるのを嫌がって身を隠しているのか。
「そうだ。どこも決めていないのなら、私の合宿に参加しないか?」
「仕方ないですね。先生にはお世話になっていますからいいですよ」
きっとシャーミルは誰も参加しなくて悲しんでいるに違いないと思ったマナは、こんな時くらい恩返しをしようとシャーミルの申し出を快諾した。
「に゛ゃ!? 俺は嫌にゃ。水は嫌いにゃ」
「他にも何人か連れてきてもいいですか?」
文句を言っているヘータは無視して、マナはさらに突っ込んで人を集めるという提案までした。この際だからシャーミルに逆に恩を売ってしまう勢いだ。
「んー。人数によるが、そうだな、お前のほかに5人くらいなら大丈夫じゃないか?」
「分かりました。任せてください」
5人か。ミレイは確実として、後4人をどうやって集めようか?
「俺は嫌にゃーーっ!!」




