第1章「ベルデグリ」 - 06
「別に僕は悔しくて言っているのではない。ただ、率直に彼女はベルデグリにはふさわしくないと考えているだけだ」
「そんなこと、一度でもマナに勝ってからにしたら?」
「勝ち負けの問題ではない。問題は彼女の資質だ。戦う覚悟のないものにベルデグリの名はふさわしくないと言っているのだ」
「マナのどこが覚悟がないっていうの!?」
徐々にヒートアップして来るミレイだが、バドルスはあくまで冷静に傲慢に話を続けた。
「魔法使いなのに魔法を使わずに試合をしようとするもののどこに覚悟があるというのだ」
「魔法なら使ってるじゃない! 昨日の試合だって」
「ミレイ。いいから」
マナは声がどんどん大きくなるミレイの袖を掴んで制止すると、バドルスに対して冷ややかな声で言った。
「使い魔を前に立たせて自分は安全圏から指示するだけの戦い方のどこに覚悟があるのか分からないけど、どっちにしてもそういう文句はあたしじゃなく学園長に言ってくれるかしら。めんどくさいから」
そして、まだ何か言いたげなミレイを引っ張って、マナはさっさとその場を離れた。
その夕方、マナは一人で剣の型を練習していた。
もう何千回と繰り返した型はマナの血肉となっていて、もはや何も考えることなく体を動かすことができた。
トルニリキア学園には1000人を超える魔法使いが在籍しているが、剣の型を練習するものはほとんどいない。それは、魔法の発現方法が関係している。
近代魔法は魔法の発現方法を結印と魔法陣に限定することで技術の共有と蓄積を可能にし、大きな発展を遂げた。特に戦闘用途には、結印魔法が柔軟性とリードタイムの短さから広く使われている。
結印は通常、両手で行われる。両手で行わなくても発現は可能だが、魔法の結印の複雑さのため、速度と失敗のリスクの少ない両手印が広く普及しているのだ。
たが、魔法発現に両手が塞がるということは、手には何も持てないということだ。必然的に剣技は魔法とは両立しえないものとなり、いつしか剣は魔法の使えない弱者の武術として認識されるようになっていった。
名門魔法学園であるトルニリキア学園において、剣技を学ぶことは、古魔法の研究者でもなければただの酔狂でしかない。しかし、マナは現実的な戦闘技術として真剣に剣技を練習していた。
型練習を終えたマナは近くの岩の上に腰を下ろして水を飲んだ。
緊張が解けると、バドルスの言葉が思い出されて胸を刺す。
「魔法使いなのに魔法を使わずに試合をしようとするもののどこに覚悟があるというのだ」
昨日の試合、マナは魔法が使える間合いだったにも関わらず、魔法を使わず剣技で試合を決めた。いや、これは昨日だけの話ではない。彼女はこれまでどの試合も全て魔法以外の手で試合を決めていた。
それは表向きには魔法戦術の幅を広げるために魔法以外の武術を研究しているということになっているが、真実はそうではない。
マナは殺傷能力のある攻撃魔法を直接生き物に向けることができないのだ。