第5章「公爵家の嫡子」 - 07
放課後、マナはミレイと礼拝堂を訪れていた。
礼拝堂と言っても特に宗教的な施設というわけではない。トルニリキア学園は学生、教員、職員の宗教に関して自由であるべきという立場を取っていて、敷地内に宗教的な施設の建設は禁じられている。
ただ、知的種族とされる人間、セリアニー、エルフ、ハーフエルフの祖とされているマギ、セリアニー、リリパットに対しては特別な敬意を払うべきという考えから、その3種族を記念する礼拝堂が立てられているのだ。
そこは学園の中心部からは離れたところにあるので、あまり人気がない。行事とかで使われることもない静かな場所だ。マナが時折礼拝堂を使うのは、カルネがこの中だけは敬意を払っているのか監視対象にしていないことを知っているからだ。
「マナ、カインリルさんのこと、説明してくれる?」
「いいよ」
そう言ってマナは礼拝堂の椅子に腰掛けた。反対側の椅子にはミレイが座った。ヘータはマナの胸元から飛び出してどこかへ歩いて行ってしまった。
「と言ってもそんな大した話じゃないんだけどね、2年前、ハンセタール王国から短期留学生が来たとき、あいつも来たのよ」
「知ってる。まだ初等部だったから会ったことはないけど」
「その時に、プロポーズされたの」
「それって本気で?」
「本気だと思うよ。公爵家の跡継ぎを産んでくれとか言ってたし」
「ロリコンだ!」
ミレイが指を立てて叫んだが、当時マナは初等部6年、対するカインリルは中等部2年で、ロリコンと呼ばれるほど年が離れているわけではない。ただ、結婚の話をするには年が若すぎるのは間違いない。
「んー、やっぱりロリコンじゃないかも」
「な、何見てんのよ」
視線を感じたマナは胸を隠すように手を組むと、ミレイは自分の頭の上に手を乗せた。
「ボクの場合、栄養が全部身長に行っちゃうんだよね。マナみたいにちょっとは胸に栄養が行ったら、ボクのとこにもロマンスが舞い込んで来たりするのかな」
「なんでそんな話になるの!?」
「とにかく、仮にロリコンだったとしたってだよ、相手は公爵家の嫡子で容姿端麗文武両道。これ以上の縁談なんてちょーないよ」
ミレイはこぶしを握って力説する。実際ミレイの言う通り、交際相手としてカインリルは他に類を見ないほどの優良物件だと誰もが思うところだが、マナの反応は否定的なものだった。
「そういう話じゃないんだよ」
「じゃ、何が問題なのさ」
「だからさ、カインリルにプロポーズされたのは2年前だったんだよ」
「2年前? ……ああ、そうか。でも……」
「それに、その時にあいつは『クプーティマの優秀な血を公爵家に迎えるのが嫡子としての使命だ』って言ったんだ。人の気持ちなんて考えることもしないで、遺伝子のことしか考えてないようなやつなんだよ」
マナの口調は静かだったが、怒りに震えていた。
いつの間にかヘータも戻ってきてマナの近くに座って脇の下をなめていた。
「……あのさ、マナ。それはカインリルさんの言葉もよくないとは思うけど、タイミングも悪かったんじゃないかな」
「……」
「もう2年も経ったんだよ。そんな簡単な話じゃないのは分かるけどさ、少しは自分を許してあげてもいいんじゃない?」
ミレイの言葉は話が話が飛躍しているようだったが、マナは特にそのことを指摘することもなく、難しい顔で聞いた。




