第1章「ベルデグリ」 - 04
マナが見たのは、マナをベルデグリに認定するとした理事会の決議書だった。
「ですが、ベルデグリの認定は高等部からでは?」
「中等部の学生をベルデグリに認定してはいけないという規則はないわ。ま、過去に例がないことは事実だけど」
学園長に規則がないと言われてしまうと返す言葉はないが、マナとしては内心複雑な思いだった。
ベルデグリとは古代の緑色の人工顔料の1種であるが、ここではそのことではなくトルニリキア学園で特別に優秀な学生に対して与えられる称号のことである。
この認定を受けたものは、その年齢に関わらず魔法使いとしては一人前として扱われ、魔法使いのエリートとして尊敬されるとともに責任も求められるようになる。
その名声は学園内にとどまらず、国中、いや世界中に広まると言っても過言ではない。
マナとしても自分がそれに該当することについて、時期はともかくそれ自体については異論はない。ただ、本来最年少認定の栄誉を受けるべきだったのは自分ではなく他にいたという思いが拭えないのだ。
が、それは言っても仕方のないことだということくらい、マナはよく分かっていた。
「正式な発表は明日になるわ。認定式典ではあなたにも挨拶してもらうから、内容を考えておいてね」
「え゛」
それは今日一晩で全校生徒を前にしたスピーチを考えろということかと問い返したくなったが、問い返すまでもなくそうなのでため息をついて諦めたのだった。
「それから、こっちなんだけど」
そう言って学園長はさっきとは別の紙を手渡した。
「これからマナが使う家よ。もし気に食わなかったら別のものを探すから遠慮なく言ってね」
ベルグデリに選ばれると寮生には専用の屋敷が貸与され、寮を出てそちらに住まなければいけないというルールがある。これは特典でもあり義務でもあるので、拒否することはできない。
専用の屋敷が与えられる理由は、ベルグデリに認定されるレベルの魔法使いになると、魔法の実験を自室でして寮を破壊するという事態が時折あり、それを避けるためということになっている。
なので、与えられる家はどれも庭付きで一戸建てでかなり広く作られており、さらに少々の魔法実験ではびくともしないくらいに頑丈な作りになっている。
「いえ、これで結構です」
思い出深い寮を退去することは心に鈍い痛みが走るが、あるいはこれもいい機会なのかもしれないと自分を納得させた。
「後、メイドはどうする? 住み込み? それとも通いの方がいい?」
「メイドはいりません」
「メイドは好きじゃない?」
「はい」
「そう、分かったわ。やっぱり欲しくなったらいつでも言ってね。じゃあ、ここからが本題。新しい彼の話なんだけど」
「明日の挨拶を考えなければならないので、これで失礼します」
学園長が余計な話をしそうになったので、機先を制して学園長室を出た。学園長は不服そうだったが、時間がないのにわざわざ付き合う必要はないのだ。
――挨拶って何を話せばいいんだろう?
特に望んで得たわけではないものに対する喜びをすらすらと考えられるほど大人ではないマナは、その晩夜遅くまでスピーチの内容を考えて過ごしたのだった。