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第5章「公爵家の嫡子」 - 03

 なお、自習課題は教卓の上に積まれたプリントだ。各自指定枚数を持って行って終わったら提出しておくこととなっている。ミレイもカルネもサボっているのではなく、さっさと終わらせてしまったというだけだ。


 マナはというと当然1番に終わらせて、今は瞑想をしていた。瞑想と言っても宗教的な何かではなく、頭の中で様々な状況を想定した魔法のシミュレーションをするトレーニングの一種だ。


 趣味がトレーニングと言っても言いすぎではないマナにとって、瞑想は何の準備もせずにできるお手軽トレーニングということで、何かあると瞑想するのが習性のようなものになっていた。


 ただ、そうして何かあると姿勢よく目を閉じて近寄りがたい雰囲気を出していることが、マナのイメージ形成に一役買っているということには、彼女は気づいていないのだった。


 「……来ましたわ!」


 不意にカルネが手を止めてそうつぶやいたので、マナは瞑想を解いて目を開けた。教室の扉がガラリと開いてドアが壊れそうなほど大柄でがっしりとした男が入ってきた。


 「おはよう! みんな揃ってるか?」


 どこのレスラーが殴り込みに来たのかと勘違いしてしまうが、この男はマナのクラスの担任の先生でれっきとした魔法使いだ。


 「先生、プーリくんがいません」


 誰かがそう言うと、担任の先生は周囲をきょろきょろと見回して尋ねた。


 「ん? 誰か、プーリがどこに行ったか知らないか?」

 「……2階奥の男子トイレです。もう10分ほど出てきませんわ。表情から見るにどうやら下痢ですわね。恐らく昨日食べたミドリスナガキに当たったのでしょう」

 「「……カルネ……」」


 カルネのプライバシーを鼻で笑うような発言に、先生を含めてクラスの一同がドン引きしていたが、本人は意にも介していない様子だ。


 「あ、ようやく立ち上がったみたいです。まだお腹をさすっていますが、これ以上出るものが……」

 「カルネ、もういい。分かった」


 さらに続けようとするカルネを先生が止めて、全員にこれからホールへ移動するように伝えた。腹痛のプーリには戻ってきてから調子が悪ければ保健室へ行くようにと伝えていた。



 ハンセタール王国というのはトルン市の所属するクプーティマ王国の北に位置する王国で、クプーティマ王国に並ぶ大国だ。


 過去には敵対する歴史もあったが、ここ200年ほどは国交が途切れるとこはなく、特にこの数十年は友好的な関係が続いている。この短期留学のプログラムもその友好関係に根差したものだ。


 もちろん、2国は歴史的にも地理的にも文化的にも異なる背景を持つのでお互いに理解の難しい部分も少なくない。例えば貴族制の持つ意味が2国ではかなり異なる。


 クプーティマ王国では、誤解を恐れずに言えば貴族とは資産家だ。先祖代々受け継がれた資産を元にさまざまな事業を行っていて、国に納税する代わりに特権を認められている。特権意識の薄い貴族も多く、特に北部を中心に自由な雰囲気がある。


 それに対し、ハンセタール王国では貴族とは軍人だ。各貴族がそれぞれ軍隊を持ち、軍事力の強さがそのまま貴族の力を示す。王とは極論すればその中で最も力の強い貴族に過ぎない。厳格な身分制度があり、互いの身分を抜きにした人間関係が成立することは少ない。


 だが、その厳格さがクプーティマ人には物珍しいため、ハンセタール王国の高位貴族は多くのクプーティマ人にとって一種のアイドルのような扱いで見られていることも事実だ。

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