第1章「ベルデグリ」 - 03
クプーティマ王国最高峰の魔法学園であるトルニリキア学園は、幼稚園から大学院までを擁する総合学園だ。
創立200年以上もの歴史を誇り、近代魔法の発案者であるアーリン=トルン=ヴィッツィー公爵が創始して以来、その体系化と普及に取り組んできた由緒正しい学園である。
その大きな特徴が寮制度だ。早ければ乳児の時から入寮を受け入れ、在校生の約半数が所属している大規模な寮制度は、他の学園にはほとんど見られない。
寮制度が発達している理由の一つには、学園のあるトルン市が学園を中心としてできた都市で、学問と後はせいぜい観光以外の機能はほとんどないということがある。そのため、それ以外の職に就いている親は子供を寮に入れるか一人暮らしさせるしかないのだ。
ちなみに、マナは寮生であり、バドルスは市内に召使付きの家を持っている。バドルスの生家のラマーツァ家は裕福な家柄なのだ。
「失礼します。マナ=プラー=クージャです」
マナはとある建物の質素ながらも丁寧な細工の施されたドアの前に立って呼びかけた。
「入りなさい」
中から響いたのは若い、しかし威厳のある女性の声だった。マナがドアに手をかけると、ドアは音もなく開いた。
「学園長先生、お呼びでしょうか?」
「いらっしゃい、マナ。そんなとこに立ってないで、こっちにおいでなさい」
「はい」
学園長の名は、ニーシャ=トルン=ヴィッツィー。アーリン公から数えて5代目の当主であり、現公爵である。
頑張っても20代前半にしか見えない若い容姿とは裏腹に、学園と公爵領のすべてを切り盛りし、さらには不老長寿の魔法の大家にして化粧品会社の社長でもあるやり手である。
なお、その専門から想像できるように、全く年を取らない人物として有名であり、実年齢は全くもって不詳である。
「今日はね、とても機嫌がいいの」
「なんですか?」
「実はね、新しい彼ができたのよ」
「それはおめでとうございます」
そしてまた、恋多き女としても有名であり、若い男性との恋の話題に事欠かない。
新しい彼のことを少女のように喜ぶ彼女だが、すでに何人も出産して子供は寮生としてトルニリキア学園に在籍、ないし卒業しているというのは誰もが知るところである。
「ところで、今日の要件はそれでしょうか?」
「それもあるんだけどね、もう一つ大事なことがあるのよ」
「なんでしょうか?」
「<発現>」
学園長が呪文を唱えると、本棚からファイルが1つ飛んできて手の中に納まった。
「はい、まずはこれ」
ファイル中から紙を1枚取り出して渡すと、マナはその中に書いてあった内容を見て驚きの声を上げた。
「これは、本当ですか?」
「嘘をつく理由はないわよ」