第3章「デビュー」 - 04
「分かったにゃ」
種固有の特殊技能ではない汎用的な魔法を使えるのは、一部の知性体のみ、具体的には人間、セリアニー、エルフ、ハーフエルフしかいないとされている。
もしそれ以外のただの子猫が魔法を使えることが魔法研究者に知られたら、ほぼ間違いなく子猫は実験体として保護という名目で監禁されてしまうに違いない。
さすがの子猫がたとえ人間界最高の魔法使いと匹敵するとしても、学園の技術の粋を集めて監禁されてしまえば逃げ出す術はない。
「後、念のため、人前ではこうやって話すのも禁止ね。何か言いたいことがあったら耳元でこっそり話して」
「俺が話すのは他の奴らには猫の鳴き声にしか聞こえにゃーぞ?」
「そうかもしれないけど、あたしが気づかずにうっかり普通に返事をしたらまずいでしょ。耳元で話されたら耳元で話し返すから」
「めんどくせーにゃ」
そう言うと、子猫は1匹歩みを速めてすたすたと先に行ってしまった。マナはそれを追いかけて、ちょうど学園正門橋のところで追いついて抱きかかえた。
「にゃにする!?」
「学校についたらすぐに使い魔の届け出をするから、それまでは一緒にいて」
子猫の首筋に顔をうずめるようにしてそうささやくと、マナは自分の制服の胸元に子猫を突っ込んだ。ちょうど襟首から顔だけが出ている状態ですっぽりと収まった。
――にゃるほど。ちょうど胸のこぶがクッションににゃって安定する仕組みにゃのか。
子猫が妙なところに感心していると、すぐ上の方から感嘆のため息がした。
「すごい。朝霧で向こう岸が見えないよ」
「まだ朝早いからにゃ。この時間は大体いつもこんにゃ感じにゃ」
「あたし、こんな時間に橋を渡ったことなんてないから、初めて見た」
マナはこれまでずっと寮暮らしで登下校で学園外に出ることはなかったので、朝の学園橋の様子を見たのは本当に初めてだったのだ。
トルンは雨のほとんど降らない街だが、その代わりに毎朝クプア河から霧が生まれて自生の植物はそこから最大限の水分を取るように進化している。そんなことから、朝霧に包まれたクプア河に掛かる学園橋というのはトルンの街のシンボルでもあった。
橋の中程まで歩いてくると、前も後ろも霞んで両岸がほとんど見えなくなってしまった。
「まるでミルクの海に浮いてるみたい」
「ほんとにゃ。これはすごいにゃ」
マナは初めての光景に思わず足を止めて、橋から身を乗り出してその景色を堪能した。それは本当に幻想的で、自分の体重が羽のように軽くなって、身体が霧に溶けていくような錯覚を覚えるほどだった。
「にゃあ、マナ。時間はいいのにゃ?」
「えっ?」
不意に掛けられた子猫の言葉に、マナの意識は現実へと引き戻された。
「あ、いけない。今日は使い魔の届け出があったんだ」
時計を見て時間を確認したマナは慌てて早足で橋を渡った。




