第3章「デビュー」 - 01
「へへーんだ。悔しかったら捕まえてみろにゃ」
子猫はいつもの様に魚屋の店先から生きのいい魚をかっぱらうと、店主が怒り狂うのを尻目に一目散に駆け出した。
「今日という今日はもう許せん」
「にゃぁっ!」
いつもと違うただならぬ気配に背筋が寒くなった子猫が反射的に振り向くと、店主の体がいきなり身長十数メートルにまで巨大化していた。
「にゃっ、にゃ、にゃ。うにゃっ」
思わず店主を見上げたまま後ずさりする子猫の足に、追い打ちをかけるように何かが噛み付いた。慌てて視線を落とすと、噛み付いていたのは子猫が店先からかぱらった魚だった。
「くけけ。食べられるくらいならこっちから食ってやる」
「ばか、にゃめろ。俺なんて食ってもうまくにゃい」
「その通り。こいつにはまず食べられること以上に恐ろしいことを味あわせてやらなければ」
店主の声が頭の上からしたかと思うと、子猫は妙に柔らかい男の手に掴まれて持ち上げられた。
「く、くるしい、くるしい。息ができにゃい。死にゅ。死にゅーーーーーーっ!!!」
…………
………
目が覚めると、子猫の目の前は柔らかい肉の壁に取り囲まれていた。
――あれ、まだ俺、夢を見てるにゃ?
肉の壁に取り囲まれてほとんど息ができない子猫は、なんとか隙間を作ろうと壁を左右に押すが、妙に柔らかいそれは押しても前足が沈み込むだけで全く動いてくれない。
「にゃはー」
それでもどうにか身体をよじって肉の中から這い出して、ようやく子猫は何が起きていたのかを理解した。
――あー、そういえば、昨日こいつと一緒に寝たんだっけにゃ。
昨日、妙な成り行きで盟友になった人間の少女に夜寝ているところを襲われて水責めにされた後、抵抗する気力を失ったまま胸元に抱きかかえられて寝ることになったのだ。
さっきのは、ちょうど寝返りを打った少女の胸の下敷きになって窒息しかかっていたということらしい。
――それにしても、こいつの胸のでかいこぶは何だ? これは病気か何かか?
昨日の風呂という名の水責めの時にも気になっていたが、殺されかけて改めて思う。
このマナという名の盟友の胸には大きなこぶが2つあるのだ。こんなものは猫や他の生き物では見たことが見たことがない。人間のことは大抵服を着ているからよくわからないが。
とにかく、子猫の知識では、皮膚の一部がこんなふうに大きなこぶになるというのは大体病気だ。命に別状のないこぶも多いが、これだけ大きいと生活するにも不便なんじゃないだろうかと心配になった。
――変にゃ感触だにゃ、これは。
病状を確認するため、子猫は触診をすることにした。中は体液なのか脂肪が詰まっているのか分からないが、感触は柔らかく、押すと軽い弾力がある。少し揺らすとぷるぷると震える。
――やば、ちょっと面白いかもにゃ。
何度も押したり揺らしたりしているうちに、何か猫としての本能を刺激するものを感じて、だんだんわくわくして止まらなくなってきた。もはや当初の病気の診察という目的は頭から消えかかっていた。




