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プールと、お手紙。

作者: 工藤流優空

 その日、月は雲に隠れて少し、闇の色が濃かった。まるで、静けさと闇しか存在しない、そう錯覚させられてしまいそうな空間。その中に、小学校がぽつり。そして昼間の喧騒が嘘のように静かな校舎の中にはプール。月明かりに照らされて、水面はまるで宝石のようにキラキラと輝いている。静かで、美しい空間。そこに、ガチャガチャとプールの周りを囲むフェンスを揺らしながら誰かが上る音が聞こえた。

 ほどなくして、現れたのは、一人の小さな少年。この学校の生徒だろうか。少年は、キョロキョロと周りを見渡して、その光る波の中へと飛び込んだ。パシャパシャと少年の体が水面を叩く音だけが、不規則に軽やかな音をたてて響いていた。

 しばらくすると、少年の弾いた水でできた水溜り以外、何もなかったプールサイドに、フェンスの外側から一通の手紙が投げ込まれた。少年は、ギョッとして遊ぶのをやめてしまった。辺りには、少年が来る前の、静けさが戻った。恐る恐る、少年はプールから上がり、その手紙へと近づいて行った。そうして、手紙の前で立ち止まると、これまた爆発物でも入っているのではないかと疑っているかのように、ちょん、と足の指で軽く触れ、すぐに足を引っ込めた。

 しかし、手紙には何の変化もない。少年は、そっとその手紙を拾って中身を読んでみた。そこには、手紙いっぱいに大きな文字で、たった9文字

「ともだちになろうよ」

 と書かれているだけだった。少年はくるくる回ったりしてプールサイドを周りを見渡すと息を大きく吸って、その「誰か」に向かって言った。

「いいよ! だから姿を現してよ」

 すると、フェンスの向こうの茂みから、ガサガサッと音がしたかと思うと一人の少女が姿を現した。少女はいとも簡単にフェンスを乗り越えると、少年とプールを挟んで向かい合った。そうして小さな声で、

「本当に、いいの?」

 とだけ言った。少年は返事をする代わりに、プールへと飛び込むと少女のところまで行って、その小さな手で波を払った。少年の作り出した水しぶきは、少女の顔にかかった。

「きゃっ、冷たいっ」

 そう言いつつも、彼女の顔には笑顔が広がった。少女はプールに入ると、少年に仕返しとばかりに水しぶきをお見舞いした。負けじと少年もまた水しぶきを弾き返す。そんな感じで二人は楽しく水かけ合戦を始めた。

 どのくらいそうして遊んでいただろう、急に少女の動きが止まった。そして、何かにおびえるようにしてまた、小さな声で、

「ごめんなさい、もう行かなくちゃ」

 とだけ言ってプールから上がろうとする。少年は待って、と呼び止めてその少女の腕を掴んだ。こんな真夜中に、できた初めての友達。もっと遊んでいたい、そう少年は思ったのだ。しかし少女は首を大きく左右に振った。ふと後ろを振り返った少年は、先ほどもらった手紙を置いておいたベンチから、手紙が消えていることに気が付いた。代わりに、手紙があった場所には一枚の木の葉が落ちている。おかしいな、さっきまではあそこにあったはずなのに。風でも吹いて、飛ばされちゃったのかな。そんなことを考えていたら少年の手を振り払って、少女は無理矢理プールから上がってプールサイドに出た。その時。

 突然、小さくポンッ、とひどく可愛らしい音がして少女の姿が消えた。そして、先ほどまで少女がいた場所には、一匹の子ギツネがその小さな体を震わせて、涙で目を潤ませながら少年の方を見つめていた。子ギツネは、震えた声で一言、

「行かないで、嫌いにならないで」

 と言った。それで、少年はこの子ギツネの気持ちを理解した。少年は、静かにプールから上がるとプールサイドの子ギツネの前まで行き、屈んで子ギツネに触れた。そうして、小さく微笑むと、後ろを振り返った。そこには先ほどまで雲に隠れて見えなかった月が、雲の隙間から、覗こうとしていた。それを確認して少年は言った。

「実はね、僕も……」

 月が顔を出した瞬間、少年の姿は消えた。その代わりに子供のオオカミが子ギツネを見つめていた。

「狼人間なんだ」

 子ギツネは、自分を食べてしまうのではないか、と少し怖がった。けれども子供オオカミの目を見て、それはない、と判断できた。子ギツネは、こわごわ、尋ねた。

「あなたと私、友達になれるかな」

「うん。さっきまでと同じようにね」

 その言葉を聞いて、子ギツネにやっと笑顔が戻った。急いで帰る理由をなくした子ギツネは再びプールへと飛び込んだ。子供オオカミもそれに倣う。二匹は、こうして初めて「友達」を手に入れたのだった。


 あなたの近くに学校のプールがあって、そして真夜中にそのプールで水しぶきを上げる音がしたら。そっとフェンス越しに覗いてみてください。もしかしたら、子ギツネと子供オオカミが遊んでいるかもしれません。

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