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第七話 ヘタレ




 ――そして夜がやってきた。

 一度外に出て夕食を済ませたイヴとフレイルは、例のホテルへと戻ってきていた。

 とりあえず入浴することになり、初めにイヴが浴場を借りることになった。

 脱衣所で服を脱ぎ、イヴはお風呂場に入る。

 浴場はかなり綺麗で整っており、さすがはそういう場所であるといったところか。VIPルームというのも、名だけではないようだ。


「ま、お風呂場はお風呂場だけど」


 ひとりごち、イヴはシャワーを浴びる。

 目の前の鏡には、1人の少女の姿が映っていた。

 お湯で濡れて、艶めかしくなったその少女は、元は男の姿をしていた。

 リーンハルト・クリューガー。聖女機関の使徒であり、灰色の戦神とまで呼ばれた武芸の達人。

 男の頃から容姿は中性的で男らしくはなかったが、生物学的には男であった。しかし、今はご覧のとおりである。


「……女、か」


 何度も確認したことだ。

 胸もこぶりだがあるし、何より男性の象徴たるものがなく、代わりにそこにはその象徴を受け止める器官がある。一目見ただけで自分が女になっているとイヴは理解できた。

 どういった因果かはイヴにはわからない。第三魔王だって、イヴを女にする呪いを死に間際に放ったわけじゃないだろう。これは推測だが、イヴの中に宿る霊王の加護が呪いに何らかの形で反応し、違う結果をもたらした。今のところはそう解釈している。


「力も残っているし、聖女様も認めてくれた。私の存在理由は失われていない」


 鏡に映る自分に向けて、イヴは言葉を発した。

 灰色のセミロングの髪は濡れ、白い肌に密着している。

 宝石のような瞳は蒼く、まるで人形のようだ。

 背はあまり高くなく、体つきは幼い。

 外見年齢は12、3くらいだろう。

 染み1つない柔肌は、芸術的だ。

 総じて、レベルの高い少女といえる。


(見た目は……悪くない、かな)


 アイドルをする上で、外見は大事だろう。

 聖女アナスタシアもイヴの外見がそれなりだったからアイドルをするよう命じたはずだ。自信があるわけではないが、及第点はあるのではないだろうか。

 イヴは身体を洗い流し、身体をバスタオルで拭いて脱衣所へ出た。

 用意していた下着を身につけ、部屋へ。

 髪が男だった時より長く、中々乾かないので、イヴはタオルで髪を拭きながらフレイルに声をかける。


「お先に失礼しました……って、なんでベッドの上で正座をしているんですか?」


 イヴが部屋に戻ってくると、フレイルは何故か目を閉じ正座していた。意味不明である。


「そ、それは自分でもわからないけど、なんだか緊張しちゃって……」

「……? 緊張する要素がどこに?」

「だ、だってイヴちゃん可愛いし……こんな場所だし……変に意識しないように精神統一してたというか……」

「これから一緒にアイドル活動していくんですよ? 大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫、だと思う」


 フレイルの弱気な言葉に、イヴは肩をすくめた。

 確かにここはラブホテルで、男女が一緒にいればそういった行為をする場所だ。だが、お互いにそんな気持ちはないのだから、深く考えなければ何ともないものだとイヴは思っている。

 しかし、フレイルは違うらしい。緊張しているということは、そういうことなんだろう。そういうとろこにフレイルという人物の性格が出ているなとイヴは感じた。


「これから先が思いやられますね……。仕方がありません、目を開けてください」

「う、うん。でも、ちゃんと服、着てるかい……?」

「……もちろん」


 イヴは言いつつ、下着に手をかけていた。

 恐らくだが、フレイルは女性とのあれこれに疎いんだろう。だからここまで萎縮してしまっているのだ。

 ならば、荒療治だがフレイルが慣れるまでイヴの裸体を見てもらうことにしようと、そう考えたのだ。

 イブは元々男だし、男に裸を見られてもなんとも思わない。むしろ気持ちがわかるくらいだ。見られても減るものじゃない。フレイルが慣れてくれるのならむしろプラスだ。


「それなら……って、うわあ!?」


 イヴの姿を見るや否や、フレイルはベッドに潜り込んでしまった。


「な、ななななんでパンツを脱ごうとしてるの!! それに、上着てないし!!」

「フレイルさんの免疫のなさをどうにかしようと思って。これから一緒にやっていくんですから、憂いは絶っておきたいんですが」

「そんな憂いは絶たなくていいから! 早く服を着てくれ!」

「私のことは気にしないでいいですから。別にお金を請求したりもしません」

「そういう問題じゃないよ!」

「では、どういう問題で?」

「問題って言われても……。と、というか、女の子がそんなに簡単に身体を男に見せちゃダメだよ。大事なものなんだから」


 頑ななフレイルに、イヴも痺れを切らした。

 それにまあ、イヴもフレイルの言い分が理解できないわけじゃない。

 理解できないわけじゃないが、何故か納得できなかった。


「……ヘタレ」


 イヴは不機嫌に呟くと、就寝用の大きめのTシャツを着込み、ソファに腰掛けた。


「フレイルさん、もう大丈夫なのでお風呂に入ったらどうですか?」

「わ、わかったよ」


 フレイルはベッドから出て、頭をポリポリとかいた。

 申し訳なさそうな顔をしているフレイルを見て、イヴもやりすぎだったかなと思いなおした。個人の性格は、すぐにどうこう出来るものじゃない。荒療治するにしても、もっとほかにやり方があったかもしれない。


「なんかごめんね、イヴちゃん」

「いえ……。私もどうかしてました」


 自分が元男だからと、調子に乗ってしまった。

 通常、女性は気軽に男性に自身の裸体を晒さない。冷静に考えると、イヴのほうがちょっと変態だった。


「あ、そういば――」


 髪をタオルで拭きながら、イヴは口を開く。


「フレイルさん、背中の傷は……」


 ふとイヴは思い出した。

 フレイルは今日、ワイバーンの飛び爪で背中に怪我を負っている。応急処置をしたとはいえ、すぐに治る傷じゃなかった。恐らくまだ背中に傷が残っているはずだ。


「まだちょっと痛むね。でも、イヴちゃんに言われた通り聖都で医師に診てもらったし、すぐに治ると思うよ」

「お風呂はどうしますか? 傷口にお湯は沁みるのでは」

「それは大丈夫だよ。お風呂上りに専用の薬を塗れば大丈夫なんだって。痛みは、我慢すればいいだけだからさ」

「そうですか。わかりました」

「うん。それじゃあ」


 言って、フレイルは脱衣所へ消えていった。  

 それから、手持無沙汰になったイヴは、大きなため息とともに、ゆっくりと目を閉じるのであった。

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