第四話 操られた運命
「――ほーらやっぱり強いじゃん」
気付いたら元の場所に戻ってきていた。
イヴは刀を戻し、歓喜する聖女アナスタシアの対面の席に腰掛ける。
「少しだけ自信がつきました。ありがとうございます」
「どういたしまして。それで、納得はできたのかな?」
「はい。これからも使徒であり続けたいと思います。アナスタシア様のご恩に報いるためにも」
「ふふふ、上出来だよ、イヴ」
「あ……」
イヴという名で呼ばれ、改めて自分が聖女アナスタシアに認められたのだと感じた。
「そーれーにぃ、君がいなくなったら私は誰を弄ればいいんだい?」
「そ、それは……。使徒の中でいえばエミーリア、とか?」
「まああの子もからかいがいはあるけどねぇ。それでも君に比べたらまだまだだよ」
「な、なんでですか。というか、ずっと聞きたかったんですけどどうして私をいつもからかうんです。おかげであまり使徒の中では威厳がないといいますか……。とにかく、出来る事ならやめて欲しいです……」
「それは出来ない相談だなぁ。それに、今の君は女の子だし、すっごく嗜虐心をそそられるんだよねぇ。元々男の時も可愛い顔してたけど、今はもう最高だよ? それはもうオークの群れに放り込んでみたいくらいにね」
「ひっ!?」
聖女アナスタシアの言葉に、イヴの背筋が凍った。
オークといえば、性欲の塊で有名な魔物だ。毎年、人間の女性がオークに襲われ犯されるという被害が後を絶たない。しかも、オークの性器は一般男性の約2倍近くある。被害に合った女性は皆、生殖機能が失われると言われているのだ。
「ああ~~その怯えた表情がたまらないんだよねぇ。しかも他の誰にも見せない、私だけに怯えてくれるから身悶えしちゃいそうだ」
「そ、それは……」
「リーンを女の子にしてくれた第三魔王君には感謝しなくちゃね」
愉快そうに言う聖女アナスタシアを前に、イヴは暗い気持ちになっていた。
聖女アナスタシアはむしろイヴが女になったことを喜んでいる節がある。なら、いっそのことこの身体のままでいた方がいいのかもしれない。どうせ聖女アナスタシアに捧げた身である。彼女が喜んでくれるのならこのままでいることも一興かもしれない。
だが、イヴは元男だ。身体は女になっても、心まではそう簡単に変わらない。今だって、女性の身体に戸惑うことばかりだ。だいぶ慣れたとはいえ、女に成りきるにはまだ時間が足りない。
「受け入れなくていいんだよ。足掻いて、足掻いて、自分を貫き通す。それなのに、結局は落ちてしまう。そんな君が、私は見たいんだ」
「えっと、それはどういう……?」
「ま、そんなわけだから、そろそろ本題に入ろうか」
飄々とした聖女アナスタシアに流されながら、イヴは頷く。
やはり、何を考えているのかが読めない。聖女たるもの、心の内は覗かせないものなのだろうか。それとも、これが素なのか。
「新しい任務の件、でしたよね」
「そそ。実はイヴには、新しいギルドを作って欲しいんだよね」
「ギルド……ですか?」
ギルドとは、特定の志を持つ者同士が寄り合い、徒党を組むことをいう。例えば、魔物を討伐することを志すなら、腕の立つ武芸者同士でギルドを作る。これを武芸者ギルドという。他に代表的なものを上げるとすれば商人ギルドや鍛冶ギルドなどだろう。
1人では限界があることも、仲間となら出来ることもある。ギルドというのは、そういった人達が組織だって活動するチームのことをいうのだ。
「私に任せるということは、武芸者ギルドでしょうか」
「いいや違うんだなこれが」
「では、どのようなギルドを?」
聖女アナスタシアの表情から嫌な予感を感じ取ったイヴは、尋ねつつ身構えた。
「ふっふっふ……それはねぇ――アイドルギルドだ!」
ドヤ顔で宣言する聖女アナスタシアを前に、使徒であるイヴは呆けた顔で目をパチパチさせた。
アイドルギルドというと、あれだ。歌って踊ってパフォーマンスをしてみんなを盛り上げるエンターテイナー、つまりはアイドルの集まりだ。もしくはそのアイドルを目指す者の集まりか。
確か王都では結構な数のアイドルギルドがひしめき合っていて、人気取りに躍起になっているとか。イヴ自身、アイドルのライブ会場なんかに行ったことはないので詳しくは知らないが、有名なギルドにはかなりの固定客がいたりするらしい。名だけではなく、正真正銘のアイドルというわけだ。
「あの、何故私がアイドルギルドを?」
「ま、本当はそれこそエミーリア辺りにやらせようかと思ってたんだけどね。君が女の子に、しかもめっちゃ可愛いくなったもんだからさ。こりゃやらせるしかないってね。思ったわけなのだよ」
人差し指をグイッとイヴに近づけ、聖女アナスタシアは言った。
その指の先端を、困りながら見つめるイヴ。
アイドルギルドなんて、自分には向いていない。戦う為だけに存在するイヴにとって、アイドルなんていう役職はミスマッチだ。そのことは、聖女アナスタシアだって判っているはずなのだが。
「私の役目は戦うことです。アイドルなんて、私には向いていません」
「本当にそう思うの?」
「それはそうですよ。第一、私の中身は男ですよ? 今はこんななってますけど、元々は男だったんですからね?」
「強調するねー。でもさー、アイドルっていうのは男も女も関係ないんだよ。男だってアイドルになれるんだから。その固定観念は捨てないと」
「そ、そうなんですか? 知りませんでした……」
勝手に女性だけがアイドルになれるものだと勘違いしていた。
まあ、この大陸でアイドルの絶対数が多いのは間違いなく女性だろうが。
「だからこそ、イヴなんだよ。君は女でありながら男でもある。最高のアイドルになれる!」
そこまで言われると悪い気はしないイヴだが、まだ疑問は残っている。
何故聖女アナスタシアがアイドルギルドを作らせようとしているかだ。アイドル活動なんて、聖女機関の仕事とは思えない。思えないが、聖女アナスタシアのことだ。何か深い意図があるのだろうと、イヴは勝手に思い込んでいた。
「仮に私がアイドルギルドを作ったとして、目的は何なのでしょう?」
「ん~、あえていうなら、面白そうだから?」
「それは理由ではないような……」
「というのは冗談で。その理由はきっと、アイドルになればわかるよ。というか、イヴ自身に気づいて欲しいというのが本音かな」
先程までとは打って変わって、聖女アナスタシアの表情は真剣そのものだった。
そうまで言われてしまったら、使徒として拒否するわけにもいかない。聖女アナスタシアの命に従い、任務を実行する。それが、聖女の使徒としての使命だ。
「わかりました。やってみます」
イヴの中ではまだ完全に納得したわけではなかったが、聖女アナスタシアの中ではきっと崇高な意図があるに違いない。今はそれを信じて、やってみるしかない。
「そう言ってくれると思ってたよ。大丈夫。プロデューサーはこっちで用意したからね」
「やけに用意周到ですね……」
「そりゃそうだよ。これは聖女機関きっての一大プロジェクト。プロデューサーにいたってはわざわざ私自ら選んだくらいだからね」
「それはまた……。なら、メンバーはどうなっているのでしょうか」
「そっちはイヴに任せるよ。プロデューサーくんと協力してメンバー集めしてね」
「了解しました。それで、プロデューサーはどなたなんです?」
「待ってて。今呼ぶからね」
そう言うと、聖女アナスタシアは念を飛ばした。
すると、数秒後。聖女アナスタシアの聖域に、何者かが入室してきた。
「失礼します……」
「え……? フレイルさん?」
「この声……イヴちゃん!?」
おどおどした様子で入ってきたのは、イヴが列車で出会った青年であった。
フレイル・クラナッハ。短い時間しか接していないが、名前は覚えている。ついさっき出会ったのだから、当然ではあるが。
黒髪で背が高く、優しそうな顔。どこか幸薄そうなところがあるが、どこの誰ともしれない人間よりかはマシだとイヴは内心ホッとしていた。
だが、まさかフレイルがプロデューサーだったとはさすがのイヴも思いもしなかった。ここまで読んで聖女アナスタシアが采配したというのなら、さすがとしかいいようがない。
「あれれ、2人は知り合い?」
どこか意地悪そうな顔で言う聖女アナスタシア。
なんとなく嵌められた気分になりながらも、イヴは答える。
「知り合いというか、先程出会ったばかりです。聖都に訪れるために乗った列車で知り合いました」
「えっと、僕は新しい仕事があるとかでお伺いしたのですが……。ここは一体どこなのでしょうか。気付いたら不思議な場所にいたのですが……」
状況を飲みこめていない様子のフレイルに、聖女アナスタシアはクスクスと笑っている。
「フレイルくん。君、イヴを見てどう思う?」
「いきなりですね……」
「まあまあ、いいからいいから」
「ええっと、見て、ですよね? それはなんとういか、すっごく可愛いと思いますけど」
「ふんふんふん。実に素直でいい感想だ。でも、本当にそれだけ? もっとこう、男の欲を満たす的な要素はないのかな?」
「え、それは……」
聖女アナスタシアの言葉に、たじろぐフレイル。
それもそうだろう。いきなりそんなことを言われては、フレイルでなくとも回答に困る。
「あははははは! そうだよね、答えられるはずないよね! でも、私には見えるんだなぁ、君のいやらしい欲望がさ!」
「ええ!?」
聖女アナスタシアの虚言とも取れる言動に、困惑するフレイル。
だが、聖女の力は底知れない。相手の心を読む事は、フレイルのような無防備な相手なら容易なのかもしれない。
普通なら有り得ない。だが、彼女は聖女という特別な存在だ。人外的な能力を有していても、おかしな話じゃないのだ。
「ぼ、僕は本当にいやらしいことなんて……! 確かにイヴちゃんは可愛いですけど、だからってそんな妄想はしないですよ!」
「必死になっちゃって~。フレイルくんも可愛いなぁもう! ま、冗談なんだけどね!」
「じ、冗談って! びっくりさせないでくださいよ!」
「ごめんごめん。あまりにもからかいがいのあるもんだから。イヴと同じでキミもいい性格してるね」
「褒められてるのか貶されてるのか……」
「褒めてるんだよ。だからさ、一生誇っていいんだよ。なんたって、聖女アナスタシアご本人から褒められたんだから」
「え? 聖女様……?」
「うんうん」
「そんなまさか……え?」
言って、フレイルは助けを求めるかのようにイヴの方を見た。
信じられないような表情で見てくるフレイルに対し、イヴは真顔で頷いた。真実なのだ。ここで首を振る理由も無い。
「残念ながら、この方は間違いなく聖女アナスタシア様です」
「え……えええええええええええ!?」
そしてイヴは、フレイルの本日最大の驚愕を目の当たりにするのだった。