第三話 テスト
白い部屋から一転、辺りは薄暗いな空間だ。
薄暗いとはいったが、周辺を認識できない程ではない。
「不思議な空間ですね……」
聖女アナスタシアの力で、違う次元に飛ばされたとみて間違いないだろう。この一瞬でそんなことができるのは、聖女であるあのお方だけだ。
「ここで何をしろっていうんです……」
とりあえず辺りを探索するイヴ。
テストというからには、何かしらの課題があるはずだ。ここに来るまでに何も説明を受けなかったから、判りやすいように準備があると思ったのだが……。
「ガルルルルルルッ!」
急に上空の何もない所から巨大な生物が落下してきた。
魔物だ。それも、危険度S指定されている凶悪なやつである。
名前はカイザーウルフ。その名の通りウルフ系統の魔物の王で、滅多にお目にかかれない存在だ。その牙や毛皮は貴重で、換金すればかなりの額になる。カイザーウルフは巨体だから、一体倒せば1ヶ月は遊んで暮らせることだろう。
「この相手でテスト……? 一体アナスタシア様は何を考えているんだろう」
だが、イヴにとって危険度S程度の魔物は敵ではない。
いつものように刀を抜き放ち、居合の要領で急接近。目にも止まらぬ速さで横に一閃した。
「ガルル……!?」
「君、もう死んでるよ」
イヴが刀を鞘に戻した瞬間。カイザーウルフの胴体が両断された。その直後、魔物の姿が霧散した。ここが現実の空間ではないということを、そのことから把握できた。
しかし、残念ながらカイザーウルフレベルではイヴの相手には成りえない。この程度では、聖女の使徒の誰であっても瞬殺が可能だ。実力を計るというのなら、もっと強大な魔物を用意するべきだろう。
(アナスタシア様のことだ。様子見といったところかな)
警戒を解かずに、イヴは辺りを見続ける。
恐らくは第2波が来るはずだ。それも、さっきのカイザーウルフなんかとは比べ物にならない強さの魔物が。
「……来たっ」
再び上空から現れたのは、キングサーペントだ。
カイザーウルフと同じく王の名を持つサーペント系の魔物。だが、危険度的にはこっちの方が高い。
「危険度SSの魔物……、だけど!」
全長7メートルはあろうかという巨体に、蠢く大量の舌。その瞳は赤く、反射的に逃げたくなる容貌をしている。そんなキングサーペントを前にしても、イヴは少しも動じなかった。
「はぁッ!」
刀を袈裟斬りにし、キングサーペントを倒した。
ただの斬撃ではない。霊王の波動を乗せた一撃だ。いくら高い防御力を持っていたとしても、イヴの前では何の役にも立たない。波動付与。これが、霊王の力の1つである。
そしてやはり、キングサーペントの身体は霧散した。
この世界は現実のものではない。それは間違いないようだ。
「次は……」
これで終わりではないはずだ。
もっと強敵が現れる。そんな予感がイヴはしていた。
「ここは仮想空間で別次元。何が来てもおかしくはないけど……」
静かに待っていると、今度は魔物ではなく人物が現れた。しかも、イヴも良く知る相手だ。聖女の使徒、戦斧のグレオ。その人が目の前に現れたのだ。
「まさか、魔物だけじゃなく人まで具現化させることが出来るなんて、さすがは聖女様です」
第6使徒のグレオ・フレアドルは、戦闘狂と言われている根っからの戦闘好きだ。その実力は12使徒の中でも折り紙つきで、戦神の名を次に継ぐのはグレオだと評されている程である。
「相手にとって不足なしですね」
先制を取ったのはイヴだ。
抜き身の刀で斬りかかる。
「これでどうです!」
「甘めえ!!」
巨大な戦斧でイヴの攻撃をガードするグレオ。
さすがは使徒だ。やはりそう簡単にはいかないらしい。
「その程度かよ?」
「言ってくれますね。ですが、まだ始まったばかりです!」
しばらくの間打ち合いが続いた。
イヴ個人も、グレオの実力は知りたかったのだ。本物の相手ではないとはいえ、グレオの腕前をこの身で直に体感出来る機会はそうそうない。
グレオは巨体だが、その身体に見合わない俊敏な動きを見せる。パワーもあり、スピードも兼ね備えた天才。こと戦いに置いては、彼の実力は計り知れない。
テストだというのに、イヴの心は少しだけ躍っていた。
強い相手と戦えるのだ。これで昂ぶらなければ戦士ではない。
「ガキに俺様が負けるはずねえだろうが!!」
グレオは吼えるのと同時に斧を地面に叩きつけた。
地が割れ、波のようにしてイヴに襲いかかる。
イヴは大地の波を跳躍して回避し、落下の勢いと共にグレオに斬りかかった。
「なに、上か!?」
「気付くのが遅いですよ」
縦一閃の斬撃。
だが、グレオもバカじゃない。上体を横にずらし、斧の柄で刀を弾き飛ばそうとしてきた。
「そうきましたか……っ」
イヴはグレオにパワーでは勝てない。
身体ごと吹き飛ばされながらも、バランスを取り華麗に着地する。しっかりと受け身を取っていたので、ダメージはほとんどない。
「やるじゃねえか。なら、コイツでどうだ! うおおおおぉぉぉぉ!!」
雄叫びを上げ、グレオの身体に気が集まっていく。
ウォーパワーと呼ばれる技で、グレオの身体能力を一気に上昇させる特技だ。ただでさえ高い身体能力をこれ以上強化しようというのだ。こちらもこのままの状態では厳しい。
「それなら、私も本気でいきます」
霊王の波動を身体に纏う。そして、一気に解き放つ。
「霊王の波動だと……!? まさか、お前は!」
「そうです。姿は変わってしまいましたが、あなたの想像通りでしょう」
やはり、この世界のグレオはまだイヴがリーンハルトだということを知らなかったようだ。
だが、ここまで霊王の力を放出しているのだから、いかに仮のグレオといえど気付くのは当たり前だった。
「私の名前は灰色の戦神リーンハルト・クリューガー。聖女アナスタシアからこの名を授かってから、私は無敗です」
イヴがそう口にした直後。
グレオは固まり、そして、己の敗北を確信した。これ以上は無駄だと悟ったようだ。
「そうかよ……。やっぱ、さすが……だな」
気付けばイヴはグレオの横を斬り抜けていた。
そのことに死ぬ前に気づけたグレオは、やはりかなりの実力者だということだろう。
「私の勝ちですね」
「ああ。俺の負けだ」
そう最後に言い放って、グレオは倒れた。
そして、先程までの魔物同様、グレオの身体は霧散して消えた。