5. 転校生がチートって話、よく聞くよね
「……………美味しそうな小娘だなァ」
そう言って嗤ったソレは、現実世界ではありえないモノだった。
人の背よりもある大きな体は、二足歩行なのに頭は狼とちぐはぐな姿だった。
鋭い牙とぎらついた眼、そして一瞬で切り裂きそうな巨大で凶悪な爪を持っていた。
「…………………ぁ」
驚きと恐怖でうまく声がでない。はやく逃げないといけないのに、足が震えて動けなかった。
身体中に血が滲み、床にも滴らせながらながらこちらへ近づいてくる。
ぴちょり、、ぴちょり。
「………っぃ、や……」
私が動けないのを知っているのだろうか。
狼もどきはゆっくり、ゆっくりとした歩調だった。まるで、小さな小動物をじわじわと甚振り嬲ろうとする猫のようだ。
ああ、私は殺されてしまうのだろうか。
もうだめだ、と諦めて思わず目をつぶった。
ガっシャァァァァンンンンンンン!!!!
何かを切り裂く音と、何かがぶつかったような凄まじい物音がした。
「!!!!!」
驚き目を開ける。薄黒い赤が視界一面に広がっていた。
そこには、壁に叩きつけられた狼もどきと刀を持った瀧川くんがいた。彼がもう一度一刺しすると、狼もどきはびくびく、と痙攣をしていたが、次第に動かなくなった。黒い靄が獣の体を覆ったかと思ったら、今度は跡形もなく消えていく。
周りには床や壁についた血の色、そして私と瀧川くんしかいなかった。
瀧川くんはゆっくりとこちらを振り返った。
「──ああ、もう大丈夫だよ」
瀧川くんは微笑みながら言う。身体には先ほどの赤い染みができていた。
「怖かっただろう。無事でよかった」
いまだ震えている私の前に、類を見ないほど端整な顔が近づいてくる。
額に柔らかい感触を感じた後、彼はこう囁いたのだ。
「お前は私が守る。──我が花婿殿」
私の頭はもうパンク寸前で、その言葉を聞いた最後に意識が途切れてしまった──
次に目を覚ましたのは保健室だった。
「大丈夫?」
心配そうな顔をした保健室の先生がいた。
「あなた、貧血で倒れて男の子が運んできたのよ。……ほらあの有名な、瀧川くん、だったかしら」
瀧川くん、先生方にも有名なんだ。まぁ、あんなイケメン、滅多にお目にかかれないからね。
「もうしばらく休んだら、お家の人に連絡を取って帰りましょうか。荷物も彼が持ってきてくれたわよ」
辺りはもう真っ暗で星が見えていた。
ぼうっとした頭で思ったことは、この場に瀧川くんがいなくてよかったな、だった。
発狂しそうだった。
あれは、何だったのだろうか。あの後どうなったのか──瀧川くんは何者なのか。
いくつもの疑問が浮かんでは消えた。何を考えても、謎は深まるばかりだった。
次の日。
目覚めは最悪だった。というか眠れてない。
こんなに学園に行きたくないの初めてだ。昨日晴れていたのが嘘かのように、空は黒く冷たい雨が降っていた。朝ごはんも食べずに登校したので、いつもよりも早い時間に学校に着いた。
廊下を歩いていると瀧川くんが、目の前から歩いてくるのが目に入った。朝は一度も会ったことないのに、なんでこんなときだけ会うのだろう。
「おはよう」
瀧川くんが挨拶をした。でも、私は何を言ったらいいか分からなかった。
「……おはよう」
瀧川くんはそのまま、私の横を通りすぎようとした。よかった……!そう安心したのも束の間だった。
「放課後、屋上につながる階段の踊り場で。──待っているから」
去り際、私にだけ聞こえるような小さな声で言った。
小さな笑みを浮かべながら。
今度は、見逃してくれないようだ。