1. 非日常のきっかけはささいなことから
ことの始まりは一カ月月前に遡る。
「おはよー」
いつもの様に教室に入った私、行村 絢音は、窓際で本を読んでいる友人に声を掛けた。
「おはよう。今日は遅かったわね」
「昨日ゲームしてたら遅くなっちゃって」
「ふぅん」
一度も顔を上げずにクールに切り返す友人の六条 千尋は、艶やかな黒髪と涼しげな美貌を持つ学園一の美人である。
え?私はどうだって??そりゃ私も友人に負けず劣らず……平凡ですけど、何か?
他愛ない話(私が一方的に喋っているだけ)をしながら、ふと気付いたことを聞いてみた。
「なんか、みんなソワソワしてるね」
どちらかというと鈍いほうだと思っている私でさえ分かるほど、教室内がどこか落ち着かない様子だった。
「転校生が来るからじゃない?」
千尋が興味なさげに答えた。……え、転校生!?
「何それ初耳なんだけど!」
「2週間前から言ってたし、昨日も言ってたわよ」
えぇー。そうだっけ?
昨日は何してたっけ……放課後購入予定のゲームについて思いを馳せていたな。うわの空すぎてちーちゃんにも怒られたっけ。美人が怒ると怖いので、よいこのみんなも気をつけよう。超怖かった。
「女の子?」
「男」
「そっか」
女の子だったら仲良くなりやすいけど、男の子は機会がないとちょっと難しい。
お年頃ってやつだ。そうか、転校生がくるんだ。このそわそわした感じも納得だ。転校生なんてこのエスカレーター式の学園では滅多に来ない。めずらしすぎる。……どんな人なんだろう?
「不満そうね。浮気?」
千尋は本から目を離し、涼やかな視線を私に送った。千尋の目と私の目が一瞬合う。
「いいや?ちーちゃんが1番だよ」
そう、と呟くと彼女はまた何もなかったかの様に本を読み始めた。……今無意識に答えたけど、浮気ってなんだ?と疑問に思った。まぁ、いっか。深くは考えなかった。
「はよー」
幼馴染である神楽木 蓮が、教室内に入ってきた。連と私は幼稚園に入る前からの親友だ。一緒にいるととても楽。
「おはよー蓮」
「おはよう」
「はよー絢音、千尋」
「蓮はさ、今日転校生が来るってこと知ってる?」
「知ってるけど」
蓮はあっさり言った。なーんだ、蓮も知っていたのか。
「そっか」
「何をいまさら言っているんだ。知らなかったのか?」
「うん」
「昨日先生言ってたぞ」
「らしいね」
「らしいねってお前……」
蓮はあきれた顔をした。何ですか、その顔は。
「そういえば、教室来る前に女子たちが転校生がすごいイケメンだって騒いでた」
「へぇーそうなんだ。あ、生駒くんだ」
隣のクラスの生駒 颯くんが廊下を歩いていた。彼は、今時のアイドルのようなスラリとした体型のイケメンなのに、本人はいたって硬派な男の子だ。そのギャップがたまらないと、いつも女の子に囲まれてキャアキャア言われている。……本人はものすごく鬱陶しそうだが。
「生駒くんと転校生、どっちがイケメン?」
「知らねぇよ。何だ、お前ああいうのがタイプなわけ?」
蓮は時々デリカシーないよね。別に求めてないからいいけどね。
「うーん。そういうのではないけど……」
生駒くんに近づこうものなら、ファンクラブの中にある親衛隊あたりにぷすっと刺されそうだ。確かにイケメンは目の保養になるけど。
「美人系はちーちゃんだけで十分かな」
「………」
千尋は反応すら返さなかった。ちーちゃんは相変わらずクールだ。
再び視線を廊下へと向けると、生駒くんと目が合った気がした。一瞬だけど。いやいや、自意識過剰すぎるでしょ。落ちつけ、私。でも偶然というには少しばかり強い視線だった気がする。もしかして今、
睨まれてた……?
胸の中に残った小さな疑問は、先生が教室に入ってきたことにより、すっかり無くなってしまった。