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22. アンバランスな2人(下)

「チッこれはどうしようもないな」


 生駒くんは洞窟どうくつをふさいだ岩をしばらく観察していたが、やがてさじを投げた。小さなすき間すらないほどがっちりふさがれている。


「ごめんなさい、私のせいで…………」


 はづきちゃんは、震えた声で言った。彼女はうつむいており、今にも泣きそうだった。私はつないだ手に力を入れてぎゅっとにぎり返した。


「はづきちゃんのせいなんかじゃないよ。これ、『あっくん』のしわざだと思う?」

「…………うん」

「そっか。じゃあかみ飾りと一緒にふさいだ岩もお願いしてみよう?」

「うん」


 私たちはゆっくりと歩き出す。洞窟どうくつの中は夏とは思えないくらいひんやりしており、少し肌寒いくらいだった。


「こまくん」

「こまくん言うな」


 はづきちゃんに気づかれないように小声で生駒くんに話しかけた。


「巻き込んでごめん。しかも閉じ込められちゃった」

「ほんとだな」

「全部解決したら土下座するよ」

「はっ。土下座ねぇ」

「ジャンプもつけるよ」

「いらねぇよ」


 私と彼は淡々と会話を続ける。彼の声に怒りは含まれていなかったが、感情も読めなかった。


「…………お前を見捨てて帰ったら、碧とあの女に殺されるからな」

「……それは」


 ………………ありえるな。想像にかたくない。


「ここまで来たんだ。もう何も言わねぇよ。さっさと終わらせて帰るぞ」

「……うん」


 生駒くんは口は悪いが最後まで付き合ってくれるようだ。不器用ながらにやさしさを感じる。……案外、悪い人ではないかもしれない。


「ありがとう」

「……別に礼を言われるほどのことでもないし」


 生駒くんはそっぽを向いた。これは、照れているのか?彼はせきばらいをひとつすると、はづきちゃんに話かけた。


「おい……はづき、だったか。『あっくん』ってお前の友達か何かか」

「……」


 はづきちゃんは私の手をぎゅっと握ると、生駒くんに隠れるように私の背中にひっついた。私は彼を冷ややかな目でみつめた。


「何幼女いじめてんの?」

「いじめてねぇよ!!」


 心外だ!と生駒くんはえる。さらにはづきちゃんは怯えた。……悪循環だ。いや、メンチ切ってるようにしかみえないよ、こまくん。私ははづきちゃんにやさしく問いかけた。


「ねぇ、はづきちゃん。『あっくん』って誰かな?」

「……ともだち」

「うん」

「さいしょはやさしかったのに、いじわるになっちゃった」

「けんかしたの?」

「ううん……わかんない」


 はづきちゃんは私の問いかけに答えた。生駒くんは「釈然しゃくぜんとしねぇ」とかなんとか言っていたけど、すべて無視した。『最初は優しかったけどいじわるになった』……か。もしかして『あっくん』はづきちゃんのことを意識しはじめちゃったとか?よくある好きな子をいじめたくなるーとかかも。


 だんだん見えてきたぞ。


「そういえば、『あの人』が村に来てからかも」

「『あの人』?」


 また登場人物が出てきたぞ。お姉ちゃん、あんまり頭よくないからあまり人が増えたら覚えられなくなっちゃうよ。私ははづきちゃんに『あの人』のことを聞こうとした。


「はづきちゃん、『あの人』って──」

「危ない!!」


 生駒くんがそう叫び、私を彼のところへと引っ張った。ガンっと壁に何かかぶつかる音がした。さっきまで私がいたところを見てみると、こぶし程度の岩が飛んできたようだ。岩は壁にぶつかった後、くだけ散っていた。


「…………」


 いやいやいやいや。ちょっと待って!なにこれ怖!!今一番身がぞっとした。これは洒落しゃれになんないって。


「大丈夫か」

「うん、ありがとう。……これはちょっと子供のイタズラじゃすまないなぁ」


 当っていたら大けがだ。大出血ものである。



「──なんだよお前ら。何でここにいるんだ」


 岩が飛んできた方角から子供特有の甲高い声が聞こえた。

懐中電灯を照らしてみる。そこにははづきちゃんと同じように着物を着た、はだしの男の子がいた。


「あっくん……」

「君が『あっくん』か」


 はづきちゃんに『あっくん』と呼ばれた男の子は、私と生駒くんをにらんでいる。……なかなかやんちゃそうな男の子だ。


「岩を人にぶつけたことはこの際置いておく。──はづきちゃんのかみ飾りを返してくれないかな?」

「……なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだ」

「それは…………」


 どうしてだろう?今日の私は絶対おかしい。いつもだったらこんなこと絶対足を突っ込まないのに。はづきちゃんもこのあっくんも人間ではないことは明らかだ。私は幽霊大嫌いなはず。でも、はづきちゃんもあっくんも『怖い』という感じはしないのだ。もっと──。


「……とにかく!!人のものをとって返さないってのは最低だよ!」

「…………」


 私はあっくんに近づいた。


「何か理由があるとしても、このままじゃダメでしょ。このままだったらずっとはづきちゃんとは仲たがいしたままだよ?」

「…………い」

「かみ飾り、返そう?はづきちゃんだってきっと怒らないはず──」

「うるさい!!!!」


 ばんっとあっくんに突き飛ばされる。子供が押した力なんて大したことないはずなのに、私の体は吹っ飛ばされた。はづきちゃんの悲鳴が聞こえる。


 壁に激突してしまう──


 私は次に来るであろう衝撃に耐えるために目をつぶった。


「っつ」


 ……あれ、あんまり痛くない?いつまでたっても痛みは襲ってこない。


「ぐっ……」


 おそるおそる目を開けると生駒くんが私と壁の間にいた。……ちょっとまって。


「こまくん!?ちょ、大丈夫!?」


 絶対今のは痛かったはずだ。私は今ものすごい速さで飛んでたもん、衝撃が半端なかったはず。


「……お前、けっこう重いな」

「…………」


 大丈夫だな(確信)。

生駒くんが脇腹わきばらをさすったり「いてぇ」なんてうめいているのは見えてないし聞こえない。彼は私を横にどけると、あっくんの方へ向かった。


「こんの…………クソガキがァァァァ!!!!」

「!!」


 生駒くんはすごい迫力で怒鳴りだした。あっくんはおろか、私とはづきちゃんも唖然あぜんとして動けない。


「女突き飛ばすってどういう了見だァァァァ!!てめぇの図星突かれただけだろうが!!!!」


 洞窟どうくつ内に生駒くんの声が大音量で響く。彼が一言話すたびに空気が震える。


「逃げてばかりでそれでも男かお前は!!スジ通せやスジ!!!!」

「…………っ」


 こんなに怒った彼をはじめてみた。硬派な男の子だとは思っていたし、言っていることはもっともだと思うんだけど……。そのすごみ方や迫力は、ヤのつく自由業の方を連想させる。


「…………っうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 あっくんが泣きだすのも当然だろう。私もいまだ体の震えが止まらない。あっくんは私たちの横をすり抜け、洞窟どうくつの出口へと走り出した。


「おい!!俺たちも後を追うぞ!あのガキただじゃおかねぇ……!!」

「う、うん」


 生駒くんはすばやくあっくんの後を追う。私ははづきちゃんの手をにぎり、一緒に2人の後を追った。


 出口が見える。さっきまではふさがれていたのに、そのような形跡けいせき跡形あとかたもなく消えていた。洞窟どうくつを出ると、新鮮な空気が肺に入ってくる。


「……どこいったんだろう」

「…………」


 周辺を見回しても、2人の姿は見えなかった。闇雲やみくもに動いてもすれ違いになるかもしれない。しばらく途方に暮れていたが、生駒くんとあっくんの言い争う声が聞こえてきた。


「わぁぁぁぁ!離せよ~!!」

「うるせぇ!!」


 どうやら生駒くんはあっくんの捕獲に成功したようだ。首根っこを掴みながらこちらへ歩いてきた。あっくんはまだ半泣きだ。


「ほら、」


 生駒くんは私に何かを放った。あわててつかむとそれは、かみ飾りだった。


「これだろ、かみ飾りって」

「……はづきちゃん、これがはづきちゃんの言ってたかみ飾りかな?」

「うん」

「じゃぁ、一つ問題解決だな。もう一つは……」


 生駒くんはあっくんの首根っこを掴み直すと、そのまま生駒くんと目線が合う高さまで持ち上げた。


「なんでこんなことしたんだ?」

「…………」

「あ?このまんまで終わるとか思ってねぇだろうなァ?」

「生駒くんストップ」


 これ以上は虐待レベルだ。


「なんだよ、お前も色々やられてたじゃねぇか!」

「さすがにやりすぎだよ。ここまでしなくてもいいよ」

「甘い奴だな」


 生駒くんはけっと吐き捨てた。……そうかなぁ、こまくんが怖すぎなだけだと思うけど。


「でも、理由ははっきりしとかなきゃいけないよね」

「…………」

「どうしてはづきちゃんのかみ飾りをとったりしたのかな?」

「……から」


 あっくんは小さな声で何かを言った。


「あぁ?聞こえねぇよ」

「こまくん、おさえておさえて」


「だから!!そのかみ飾り、『あの人』にもらったやつだって言うから気に食わなかったんだよ!!」


 あっくんはやけくそになったのか、大きな声で叫んだ。

『あの人』?さっきでてきたな。すっかり忘れていたのだが。


「『あの人』って誰かな?」


 はづきちゃんの方が答えてくれるかもしれないと思って彼女に聞く。


「村にやってきた旅の方だよ」

「男の人?」

「うん」


 ほーお。もしやこれは……なるほどなるほど、読めてきたぞ。つまりこうだ。



 はづきちゃんとあっくんの村にふらりと旅のをしている男の人が現れた。かみ飾りをあげるくらいだ、きっとはづきちゃんと仲が良かったに違いない。それを面白くない思いで見ていたあっくん。

 ある日はづきちゃんはかみ飾りをもらう。すてきなかみ飾りだ、あっくんに見せたのだろう。はづきちゃんのことが好きなあっくんはぶちっときて、かみ飾りをとってしまった──


 おそらくこんなところだろう。やきもちやいたんだなぁ。そう考えると、ほほえましく思えるから不思議だ。……洞窟どうくつに閉じ込められたり、岩投げられたり、突き飛ばされたりしたのにね!!


「俺に見せびらかしやがってムカつく!!」

「完璧にてめぇの八つ当たりじゃねぇか!!!!」


 生駒くんはあっくんを地面におろしげんこつを落とした。ゴンっと鈍い音がしたので痛そうだ。


「そっかぁ……。じゃぁ、はい」

「……お前何やってんだ?」


 私はあっくんの傍によると、はづきちゃんのかみ飾りを渡した。


「渡す相手間違ってるぞ。馬鹿だバカだとは思っていたけどここまでバカだとは……」

「生駒くん黙って」


 生駒くんの呆れた目を無視して、あっくんに話しかけた。


「これはあっくんが返さなきゃ。ちゃんと謝ろう?ここで仲直りできなかったらずっとお互いもやもやしちゃうよ」

「……」

 

 あっくんと目線が合うようにしゃがんだ。彼の戸惑いの目と私の目が合う。


 私から返してもよかった。でもこれはけじめだ。このままなぁなぁにはづきちゃんにかみ飾りを返したら、2人は前のような関係に戻れなくなってしまうだろう。


 彼は手に戻ったはづきちゃんのかみ飾りをそっと握りしめた。そしてあっくんはゆっくり歩き出す。

──はづきちゃんのもとへ向かうために。


 あっくんがはづきちゃんの前に立つ。


「かみ飾り、とってごめん。……あと、いじわるしてごめん」


 あっくんはかみ飾りをはづきちゃんの前につき出した。


「ううん」


 はづきちゃんはあっくんの手ごと包み込んだ。そしてかみ飾りを受け取る。私と生駒くんは2人の様子をじっと見守っていた。


「よかった……」

「何が」

「あっくんにかみ飾り渡した後、そのまま走って逃走されたらどうしようかと思った」

「……」


 正直ドキドキだったよ!一度は説得失敗してるからね。「うるせーブス!」とか言って走り去られたらお姉ちゃん、立ち直れない。


 そんな会話を小声でしていたら、はづきちゃんはかみ飾りをつけてこう言った。


「にあうかな?」

「……」


 はづきちゃん、それ言っちゃアカンやつだよ。案の定、あっくんは微妙な顔をした。そんなあっくんのことはお構いなしに、うれしくてしかたないって風に笑う。


「これでやっと言える」

「……?」


「あっくんだいすき」


 はづきちゃんはあっくんに向かってかわいらしく笑った。恋する乙女の姿だった。あっくんは、そっぽを向きぼそりと「……おれも」と言った。


「『あの人』に言われたんだ。『好きな人に想いを伝えるつもりならこのかみ飾りをあげる』って。好きな人に想いが届くようにってがんかけしていたから、ご利益あるかもって」


 なんとはづきちゃんは旅人に恋の相談をしていたらしい。でもなぁ……旅の人。逆効果だったみたいですね。今の今まで。


「よかったぁ。つたえられた」

「はづき……」

「いこう?」

「……うん」


 2人を青白い光が包む。はづきちゃんとあっくんは手をつないだ。


「お姉ちゃんたち、ありがとう」

「岩ぶつけたりしてごめん。お姉ちゃんが……『あいつ』に似ていたから」


 2人は空高く駆けていく。空をおおっていた雲が散り、星空を見せた。



「このかみ飾り、お姉ちゃんにあげる。お姉ちゃんの想っている人にも、つたわるといいね」



 最後にこの言葉と、かみ飾りを私の手に残して、彼らはいってしまった──。

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