13. 爽やかな熱(下)
瀧川くんに手を引かれながらやって来たのは
「遊園地……?」
みんな大好きレジャーランドだった。
「うん。知り合いからチケットをもらってね。……嫌だった?」
「ううん!」
遊園地が嫌いな高校生がどこにいるだろうか。絶叫系や高いところが苦手な子も確かにいるが、あいにく私はそういう類のものが大好きだった。………誰だ、何とかは高いところが好きとか言ったやつ。でてこい、今なら怒らないぞ。たぶん。
遊園地に着く途中の道、電車に揺られながらなど、瀧川くんへの熱のこもった目と必然的に入ってくる私への視線にすでに疲労感ハンパなかったのだが。
「行こう、行村さん」
「うん!!」
単純お手軽な私はそんなことなかったかのようにはしゃいでしまった。満面の笑みを浮かべた私を見て、嬉しそうに瀧川くんが笑っていたが、ちょうど着ぐるみが目に入ってきたので私はそちらに視線を奪われた。
「瀧川くん、何かいる!!」
「マスコットキャラクターだね」
「手を振ってみよう………あっ振り返してくれた!!」
ウサギっぽい着ぐるみがぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振っている姿はなかなか愛くるしかった。着ぐるみはこちらに近づいてきた。
「こっち来た!」
「………そうだね」
テンションが上がりまくりの私とは反対に、瀧川くんの声が段々低くなる。そんなことにはお構いなしのバカな私は着ぐるみに夢中だった。
「わー!かわいい!!」
「………」
着ぐるみに握手を求める。すると両手で掴まれぶんぶんと手を握られた。人懐っこいウサギのようだ。そのまま両手を広げたので、その胸にダイブしようとしたのだが───。
「………え?」
一歩も動けなかった。それもそのはず。なんと瀧川くんの左手は私の腰に、もう片方はウサギのおでこにあった。ウサギは両手を広げた状態で固まっている。
なんか寒い。……今の季節は夏だよね?
「────今、何しようとした?」
ウサギに向かって瀧川くんはゆっくり口を開いた。私のほうから彼の顔は見えなかった。しかし、見なくてよかったかもしれない。ウサギがマッサージ機かってくらい小刻みにカタカタ震えていた。
「行こう、行村さん」
「………うん」
逆らわないほうがよさそうだ。瀧川くんは腰にあった手をするりと離すと、私の手を取って歩きだした。ちらり、と瀧川くんにバレないように後ろを振り返った。ウサギはまだ茫然と立ち尽くしていた。
ウサギさん、なんかごめんなさい……。
「僕の前で浮気なんていい度胸だね」
「え」
瀧川くんが不機嫌そうに言った。あれは浮気なのか?マスコットキャラクターだよ?そもそも私たち付き合ってないよね?色んな疑問があったのだが、口に出たのは無難なものだけだった。
「で、でもウサギだよ?」
「中に入っている奴は男だ」
なぜ分かる!?瀧川くんの目は着ぐるみの中まで見通せるのか?
「誰彼かまわずハグしないで」
「ちーちゃんは?」
「六条さんは………まぁ」
「蓮は?」
「は、神楽木?何でそこで?してるの?」
瀧川くんの不機嫌だった機嫌がさらに急降下した。いやだって感極まったときとか、お弁当がめちゃくちゃ美味しかったときとか。別に親友だし、お互い特別な感情なんてないからよくない?
「神楽木は男だよ?」
「でも幼馴染だよ?」
そう返したのがまずかったのか。瀧川くんは立ち止まった。必然的に私も止まる。
「瀧川くん?」
「………今度したら、しまっちゃうよ?」
どこへ?何を!?………誰を?
言いたいことはたくさんあるのに、瀧川くんの雰囲気に呑まれて声が出ない。とりあえずこれ以上の危険を回避するために頷いておくことにした。
「……うん、いい子」
瀧川くんがうっそりと笑った。いつからだ。『楽しい』遊園地が『恐怖の』遊園地に変わったの。
「じゃあ、何から乗ろっか。行村さん何かある?」
瀧川くんはさっきとは打って変わって楽しげな声で聞いてきた。………ちーちゃん、蓮。もう何がなんだか分からないです。
最初はどうなるかと思ったが、アトラクションに一つ乗った後はそんなこと綺麗さっぱり忘れていた。楽しさと興奮で頭がいっぱいだった。
「瀧川くん!次!!あれ乗ろう!」
「うん」
はじめは瀧川くんが手を引いていたのに、いつしか私が彼の手を引っ張っていた。瀧川くんにはどんな絶叫マシーンにも涼しい顔で乗っていた。隣の私はキャーキャー言いまくっていましたが。表情筋活動してるかな?
「いっぱい乗ったね」
夢中になって(主に私が)アトラクションに乗りまくっていたので、時間はあっという間に過ぎていった。今は遅めの昼食をとっている。
「そうだね」
「次は何乗ろっか。楽しみだね!」
遊園地なんてそうそう来れる場所じゃない。千尋と蓮ともあまり来たことがなかった。千尋は乗り物酔いしやすいし、蓮はジェットコースターが苦手だ。はしゃぎすぎてしまった自覚はある。
「行村さんが楽しそうでよかった」
瀧川くんがなんとも甘い顔でそう微笑んだ。周りの女の子たちが声を上げる。私は直視できず、恥ずかしくなって俯いた。
「ふふ、かわいい」
瀧川くんも楽しそうだった。私たちは端から見たら、おそらく恋人同士に見えるだろう。やめてほしい。勘違い、しそうになるから──。
「次はここ入ろっか」
「え」
さすがにお昼ご飯の後絶叫マシーンに乗るわけにも行かないので、ついてきてと言われて瀧川くんに従っていた。そして着いた先が、
「お化け、屋敷……?」
正直に言おう。私は幽霊の類が大嫌いだ。死ぬほど嫌いだ。だってあいつら対処しようがないじゃないか!!恨みを死んでまでもつなよ!潔さだって大事だよ!!
「いや、ここはちょっと……」
「行村さんオカルト系信じてないって言ってたよね。だったら大丈夫だよね」
瀧川くんがスタスタと私の手を引きながら入っていく。ひぃぃぃぃぃ!やめて、まじやめて!!思わず瀧川くんの手を強く握ってしまった。
「そういえば、」
思い出したかのように、唐突に彼は言った。
「このお化け屋敷、最近リニューアルしたらしくて。怖さ倍増したらしいよ」
そんな情報与えないで。いらない、本気で。
瀧川くんは平気なようだった。むしろ楽しんでいる。……そりゃそうですよね、元神様らしいですから。もう、すでにギブアップしたい。廃病院を模して造られているようで、戸棚に変なホルマリン漬けや、人体模型などがある。
「………!!」
「わぁ、びっくりした~」
突然ベットで寝ていた人形が起き上がった。人形は血を流し、苦しそうな表情をしている。とてもリアルだ。もう私は恐ろしすぎて声すら出ない。瀧川くんはびっくりしたとか何とか言ってるけど、絶対びっくりなんかしてない。ちょっと近くの洞穴を探検してみましたーテンションでしかない。
もうお腹いっぱいなので早く外へ出たい。建物内は冷房が効きすぎていたが、私は冷や汗がダラダラだった。早く終われ、早く終われ…!ずっとそう念じていると、ふいに瀧川くんの手が離れた。
(…………え?)
不安になって思わず彼の手を手探りで探そうとし───。
「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「───っうわああああああああああ!!!!!!」
突然出てきた、包帯を巻いているゾンビに私は絶叫してしながら瀧川くんの腕にしがみついた。もうパニック状態だ。
「あああああああああ!!」
「ゆ、行村さん落ち着いて」
初めてこんな慌てた瀧川くんの声を聞いた。でも私はそれどころじゃなかった。
「もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
涙目になりながら、叫ぶ。私のあまりの狼狽ぶりにゾンビ役の人が引いていた。
「あの~。緊急脱出口はあちらにありますから……」
ここのお化けは親切にも出口を教えてくれた。お化けに情けをかけられた。いいお化けもいたんだな。考えを改め……いや、やっぱり無理だ。
きゃーとかいいながら、どさくさに紛れて男の人の腕に抱き付く肉食系女子いるよね。本当にする女の子とか都市伝説でしょ。
そう思っていたがまさか自分がそうなるとは思わなかった。肉食系ではなく絶叫系でしたが。
「行村さん、ごめんね」
お化け屋敷を出た後、すぐ近くにあったベンチにて。瀧川くんはガチ泣きしている私の背中をポンポンなでながらあやしていた。……私は知っている。
「瀧川くん、わ、ざとでしょ…!知って、た、よね?」
私がホラー系が苦手なことも……あそこでゾンビがおどかしに来ることも。
「………うん、本当にごめんね。いたずらが過ぎたね」
瀧川くんは申し訳なさそうな顔をしていた。いつもきりっとした眉が、ちょっとへの字になっている。
「瀧川くんの、ばかぁ…」
「ごめん」
瀧川くんは私が落ち着く最後まで、やさしくなぐさめてくれた。私が落ち着いていつもの調子に戻るころには、もうすぐ帰らなければいけない時間だった。
「最後にこれだけ」
瀧川くんが指さしたのは、お約束の観覧車だった。
「……うん」
いつもの私だったら、慌てて拒否していたかもしれない。……乗る乗らないの結果は置いといて。私は瀧川くんに、言わなければならないことがある。
「すごいね……」
観覧車から見える街は、オレンジ色に染まっていた。どんどん小さくなっていく。いつぶりだろうか。観覧車に乗るのは。
「そうだね。………綺麗だ」
ちらり、と窓の外を眺めた後、瀧川くんは私のことを見ていた。
瀧川くんに、早く言わなきゃ。そう思うのに、口がうまく動いてくれない──取り返しのつかなくなる前に。
「……行村さん、僕に何か言いたいことある?」
「──え?」
沈黙が流れていた観覧車内で、口を開いたのは瀧川くんだった。
「どうして…」
「行村さんのことだからねって言いたいけど………嫌がると思ったのにすんなり頷いてくれたから」
なるほど。……嫌がるってよく分かっているじゃないか。でも、なかなか言い出せない私に、気を使ってくれたのかもしれない。彼はいつもそうだ。強引に事を進めてくるのに、そのくせいつも優しくて。
───もう
「………やめてほしい」
私はそう切り出した。
「こういうことするのって、私が前世で瀧川くんの花婿だったからでしょう?…ちーちゃんとか、蓮の話を聞くと本当だとは思うけど、私は覚えていないから」
彼は静かに聞いていた。
「私は、今瀧川くんの花婿じゃない。………こういうことをされると、困る」
どうしていいか、分からなくなるから。
だって、優しい手は、そのまなざしは私のものではない。かつての──前世の私に向けられていたものだろう。私に向けられていいはずがなかった。
現世を生きているのなら、なおさら。
「……………君は君だ。今も昔も変わらない───魂までは」
瀧川くんが、ぽつりと呟いた。
「身勝手なことをしていると自分でも思うよ。君は前世のことを覚えていないから無理はない。だけどね、僕は君にずっと───会いたくて仕方がなかった。……確かに姿かたちは昔とは全然違う。立場だって、時代だって……。でも」
伏せられていた目がこちらを向く。
「───どんな姿になったって、僕は絶対に君に惹かれる」
彼の瞳には確かに──熱をはらんでいた。
「だから……そんな悲しいことはいわないで」
切ない顔をしてそう請われる。私は、彼から目がそらせなかった。
「行村さん───」
瀧川くんの手が私の頬にやさしく触れる。まるで、壊れ物を扱うかのように。
彼の顔が近づいてきて、そして──。
「お疲れ様でしたー」
「「………………」」
突然観覧車のドアが開いた。地上に着いたようだ。お約束ですよねわかります。……ドアを開けたお兄さんがものすごくいい笑顔だった。(「リア充爆発しろ!」的な)
閉園のアナウンスが流れる。
「帰ろうか」
瀧川くんが私に手を差し伸べた。夕焼けと相まって、すごく綺麗だった。
「うん」
私はそっと彼の手をとった。今日、数えきれないくらいに瀧川くんと手を繋いだ。でも、今が一番緊張した。私は自分に必死に言い聞かせる。
(はやくおさまれ、心臓)
指先から、私の鼓動が彼に伝わってしまわないうちに──。
夏休みは序盤です。
まだまだ夏休み編は続きます!




