12. 爽やかな熱(上)
「間に合わないかも…!」
着替えて部屋を出たとき、隼人が待ち構えていた。そしてしつこく今日のことを聞かれたのだ。
「誰なの?…姉さん騙されてるんじゃない?それ、ちゃんと知り合い?人間?」
「私をなんだと思ってるの!?」
「貢がされたりとかしてないよね?…帰りに壺買ってきたーとか言わないでね」
「……どっちかっていうと貢がれている側かも」
「はぁ!?」
お弁当をもらっています。いつもおいしいです。
「とりあえず、千尋さんたちに確認とらないと──」
「ちょっとやめて!」
ゲームの取引を見られてしまったから一緒に遊びに行くとか。千尋にバレたら一生ゲームできなくなる気がする……!
「そんなことにちーちゃんたちを巻き込まないで!!てか何でちーちゃん!?」
「姉さんの保護者だろ」
「私の保護者は君のお父さんとお母さんです!!」
こいつまじ私を何だと思っているんだ……!?
「不審な行動し出したら連絡してって言われてる」
「ちーちゃん何言ってんの!?てかしなくていいし!!」
もう時間がない。服がなかなか決まらなかったから、もう家を出ないと待ち合わせに間に合わない。
「ちーちゃんのこと好きだからってそんなくだらないことで連絡取らないで!!そんなヒマがあるならデートにでも誘いなさい!!」
「はぁぁ!?ちょ、何言っ」
隼人は真っ赤になってうろたえはじめた。もごもご何か言っている。お姉ちゃんはお見通しなんだからねっ!!
「そゆことでっいってきまーす!」
「ちょっと姉さん!!」
ガードが甘くなった弟の横を通り抜けて急いで玄関を出た。あともうすぐしたら、日射しが強くなるだろう。こんな中走ったら、汗だくになってしまう。気持ち早めに、約束場所へと向かっていった。
ギリギリセーフ!待ち合わせ場所付近に残り5分ってところだ。ここならゆっくり歩いても間に合うだろう。夏休みに入ったからだろうか、街には人があふれていた。行き交う人みんな楽しそうに笑っている。
すごいことだよなぁ。瀧川くんと2人で遊びに行くって
今更ながらにそう思う。私なんかのどこがいいんだろう。瀧川くんだったら相手選び放題なのに。
私がかつて花婿だったから?
でも、理由としてそれはどうなんだろうか。街の雰囲気とは裏腹に、私の心の中はゆっくりともやもやしたもので埋まっていった。
帰りたい。瀧川くんに会う30秒前。私は切実に思った。
「あの男の子、すごくかっこいい!」
「綺麗だよね」
「声、かけてみる?」
「誰か待っているのかな?」
「彼女どんな人だろう」
瀧川くんはすでに約束の場所にいた。彼に声をかける人はいなかったが遠巻きに、でも確実に女の子の目線は瀧川くんに集まっていた。え、私あのなかで瀧川くんに声かけるの?何の罰ゲーム?声をかけようにも勇気がなかなか出ず、近くで立ち尽くしてしまった。
不意に目があった。
次の瞬間、ふわり、と花がほころぶように瀧川くんは微笑んだ。
——————っ!
今度は別の意味で動けない私に、彼はゆっくりと近づいてきた。
「こんにちは、行村さん」
「こ、こここここんにちは」
まだどきどきと動揺が抜けきらない私に、瀧川くんは挨拶をした。
「お、遅くなってごめんね」
「ん?ちょうど今約束した時間でしょ。行村さんは悪くないよ。僕、今日が楽しみで早めに起きちゃったんだ」
へへ、と照れたように笑う姿に、周りでどよめきがした。「きゃーかわいい!」「あの子彼女?」、とかなんとか聞こえる。なんとか会話をせねば!!不自然に思われてしまう。そう思った私はろくに働いてくれない頭を回す。
「た、瀧川くんの私服、初めて見た!なんか新鮮だね」
瀧川くんは品のよい黒のシャツを着ており、さりげないシルバーアクセサリーがアクセントとなっている。私服もセンスあるとか、さすがイケメンだね!!
「そういう行村さんも私服じゃない。……かわいいね、よく似合ってる」
墓穴掘った感がハンパない…!なんだこの初々しいカップルのような会話!頼む、さりげなく攻撃してこないで瀧川くん!!頭の中がぐるぐるして、うまく考えられない。
「じゃぁ、いこっか」
「……?」
瀧川くんが手を差し伸べてきた。……まさかおててつないでいこうとかじゃないよね?
「デートだよ?手、つなご?」
こてん、と首を傾げながら彼は言った。その角度あざといな……!!でも私は雰囲気に流されたりしない!
「……そういうのはちょっと、」
少しでも、逃げ道を残しておきたかった私はそう答えた。瀧川くんの反応をおそるおそるうかがう。あれ、思っていたのと違うぞ?瀧川くんが意味ありげに目を細めながら薄く笑った。おっとー?嫌な予感しかしないんだけど。こういうの、前にもあったような気がするな……。気のせいだよね?
彼はゆっくり私の手を取ってこう言った。
「……そんな強情なところもいとおしい。——我が花婿殿」
唇のやわらかい感触が私の指に押し付けられ、ちいさな音がした。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
今度は別の意味で大注目だった。女の子の悲鳴があがる。
「今指にキスした!」
「花婿?花婿って言った!?」
「え、じゃああの2人性別逆なの!?」
「女の子っぽいほうが男であのイケメンが女?」
「性別逆転カップル!!」
な、ななななんだってーーーーーー!?!?!?
今瀧川くんにされたことと、耳に入ってくる声に気が遠くなりそうだった。
ものすごくふざけている誤解に頭が痛くなる。
「むしろ、どっちも男だったりして……」
もうむり。これ以上はだめだ。いたたまれなさが限界値を超えた。
「行こう!瀧川くん!!早く行こう!!すぐ行こう!!!」
そのまま瀧川くんの手をとり、急いでその場を離れた。恥ずかしすぎてもう穴があったら入りたい……!手を強い力で引きながら思った。もう帰りたいゲームに逃げたいだれかたすけろください。
「行村さんがそんなに積極的だなんて、僕嬉しいなぁー」
瀧川くんははにかみながら嬉しそうに言った。元はといえば貴様のせいだ!!なんてことをしてくれるんだ!!公衆の面前で!彼のほうを振り返ってキっとにらんだ。
「上目づかい?かわいいね」
効果はなかった。しかも
「積極的なところ悪いんだけど道、今日行くところと反対方向なんだ」
彼はいけしゃあしゃあとぬかしやがった。
「…………………え」
もといた場所にもう一度戻る。
そんな羞恥プレイを敢行することになった私を、誰かなぐさめてくれたっていいと思う。
ちょっと長くなりそうだったので、次に続きます!




