11. 夏のお誘い
セミの鳴く声が聞こえる。
まだ日差しは強くなく、気持ちのいい朝だった。晴れ渡った空はどこまでも青い。私は気だるげに見渡した。この青空が今は憎い……!!
夏休み初日の朝だった。
「夏休みの課外、どうする?」
昼休み。お弁当を食べながら聞いた。
メンバーは千尋に蓮、瀧川くん。そしてなんと……生駒くんだ。生駒くんは、スポーツ大会の後から、時々お昼に加わるようになった。ちなみに、今日のお弁当は瀧川くんのお手製だ。
美人が3人もいる!っていう喜びよりも、いつか袋叩きにあう!ていう恐怖のほうが勝った。
「とりあえず、数学と英語だな」
蓮は答えた。
うちの学園は、1年生の課外は選択制だ。生徒たちの自主性に任せている。苦手教科だけとる生徒もいれば、課外なんて取らずに夏休みを満喫する生徒もいた。
「英語は絶対とりなさいよ、絢音」
「えぇーーー」
「……忘れたとは言わせないわよ?一昨年のこと」
「………」
「え?何かあったの?」
瀧川くんが聞いてきた。
「中2のとき、夏休み中ずっと遊びまくってて成績がガタ落ちしてさ。それで絢音のママさんに成績が戻るまでは学校以外の外出とゲーム禁止にされたんだよ」
そう、あれは辛かった。遊びに行けないのもつらかったが、ゲームができないってところがもう……!!いっそひと思いに一刺しして欲しかった。成績戻るまで3カ月かかった。
「バカだなお前」
「うるさいわよ、狛犬」
「………」
心底見下したような目で見てきた生駒くんだったが、隣で千尋が一睨みで顔を青くしながら震えた。……ちーちゃんまじ最強。
「瀧川はどうするんだ?」
「僕も何か課外とろうかな」
「え?とるの??」
瀧川くんは頭いい。この前の期末はトップだった。とらなくても大丈夫じゃないかな?その学力で課外をとるなんて酔狂な。私だったら絶対取らないけどね!!
「課外とったら夏休みでも行村さんに会えるしね」
にっこり。
瀧川くんが綺麗に微笑んだ。思いがけない発言に、私の頬は徐々に赤く染まる。
「………」
「絢音。課外とるのやめて、私と勉強しましょう?」
「行村さん課外とらないの?じゃあ僕が勉強教えてあげる」
「黙りなさい、祓われたいの?」
「君じゃ無理だよ。……何なら試してみる?」
千尋と瀧川くんが一触即発な雰囲気になった。ねぇまじ誰か止めて!!
「絢音、大人しく課外とれ。まだマシだ」
「………うん」
蓮の助言に素直に頷くことにした。どうマシかは分からなかったけど。
課外の紙を早く出さなくちゃ……!あれから数日後。
どうしても英語だけは取りたくない私と、どうしても英語だけは必要だという千尋の攻防は激しく行われた。……え?結果ですか?私がちーちゃんに勝てるとでも?
惨敗でしたよ。
それでも英語だけは受けたくなくて、いやいやしていたら、
「今年の夏は遊びにいかずに私と英語の勉強か、課外とるのとはどっちがいい?」
ゲームも禁止ね。
……私は泣く泣く後者を選択した。
正直、英語とか必要なくない?別に海外に行きたいとも思わないし。なんで英語を教科科目に入れたんだ?だれだ入れたやつ。でてこい。一生日本で暮らす予定の私には、英語のよさなど分からなかった。もういらなくない?
課外受付の紙を放課後まで出さなかったら、千尋に「いいかげんにしなさい」と怒る一歩手前まできたので、慌てて職員室まで走って行った。
「絢音ちゃん!探したよ!!」
「春ちゃん?」
職員室に行く途中で春ちゃんに出会った。頬が上気している。
「教室に行ってもいなかったんだもん。これ、新作のゲーム!!貸してあげる!」
「……?ありがとう?」
春ちゃんが、袋に包んだゲームを渡してきた。ブツの交換みたいだった。なにやら興奮気味だが、そんなに良いゲームだったのだろうか。
「頑張って進めてね!そして一緒に語ろうね!!」
「うん、分かった。これどんなゲームなの?」
「プレイしてからのお楽しみ!」
そんな話をしていると、
「……行村さん?」
なぜ君がそこにいる!!話しかけてきたのは瀧川くんだった。
「さっき職員室に行ったんだけど、先生が課外予定表どうするのかって聞いてたよ」
「そ、そうなんだ。いま出しに行くとこなんだ」
「そっか。よかった」
……隣にいる春ちゃんの視線が痛い。どうしてそんな仲がいいのって顔してる。
お願いだから、そんなキラキラした目で私を見るのやめて!!瀧川くんは、そんな状態の春ちゃんを一目見て、
「こんにちは」
にっこり笑って挨拶をした。
「————っ!!そういうことだから!絢音ちゃん、また今度ね!!」
「ちょ、ちょっと春ちゃん!?」
頼む、置いていかないで……!私の願いはむなしく散った。
「それはそうと、行村さん」
瀧川くんは私のほうを向くと、唐突にこう言った。
「夏休み初日、空いてない?遊びにいこうよ」
「…え」
それはまさか
「…蓮たちは?」
とりあえず私は予防線を張った。
「デートのお誘いなんだけど」
彼はきっぱり言った。さ、さいですか~。
どうしよう……。正直瀧川くんと2人っきりになるのは避けたい。…今もだけど。休みの日まで一緒にいるところを見られたらどうなる?確実にアウトじゃないか!言い訳なんか通用しない。しかも今春ちゃんからもらったゲームもある。……正直忙しくなるだろう。
「あの、瀧川く「行村さん」…」
私が断ろうと声を発したとき、絶妙なタイミングで瀧川くんが名前を呼んだ。
「その手に持っているものは何?」
「………」
はい、アウトー。
「僕に見せて?」
「大丈夫!遊びにいこう!!」
「そう、良かった。……一緒に職員室に行かなくてよさそうだね。」
先生に暴露するってことですか?職員室で?ゲームを??
普通の有名なバトルゲームとかならまだいい。でも春ちゃんの好きなゲームは乙女ゲームだ。ゲームを持ってきたときの彼女のはしゃぎ具合をみても、十中八九中身はそう見てとれる。
公開処刑か。
私は白旗を振った。瀧川くんは、また連絡すると言って去ってしまった。
そして当日がやってきましたー。台風でも来て約束が流れないかなぁと思っていたが、そうもいかず。いい天気だった。頭を抱えたくなった。
「……何着ていこう」
服が決まらない。あの瀧川くんの隣に立つのだ。どの服を着れば正解なのか分からない。クローゼットの中をぶちまけてみても、なかなか組み合わせが思いつかなかった。
「聞いてみようか」
私は隣の部屋へ向かった。
「隼人ーちょっと来てー」
「……姉さん、ノックくらいして」
うっとおしそうに私を見ていたが、無視をして手を取った。
「ちょ、何するの。僕今勉強してるんだけど」
「少しくらいいいでしょ。姉のピンチなんだよ」
無理やりに私の部屋に連れてきた。
この嫌そうな顔をしているのは、弟の隼人だ。隼人は私と2つ違いで、同じ学園に通っているが私よりもはるかに頭が良い。しかもハイスペック。…なんでだろう。同じ遺伝子を受け継いでいるはずなのに。解せぬ。
「何でこんなに散らかってるの。片づけなよ、仮にも女だろ」
「だって服が決まらないんだもん!」
「はぁ?遊びに行くだけでしょ」
「そうだけど!」
隼人は怪訝な顔をしている。めんどくさそうだったが、
「これとこれ」
服を選んでくれた。隼人はセンスがいい。これで大丈夫なはず!
「ありがとー隼人!」
「こんなしょうもないことに、僕を呼ばないでくれる?どうせ蓮さんと千尋さんと遊びにいくんでしょ。いつものことじゃん」
「………」
「え?違うの?」
隼人は意外そうな顔をした。
「誰?まさか彼氏?……んなわけないか。姉さんだし」
し、失礼な!まぁ、瀧川くんは彼氏じゃない。……花婿認定されていますが。
「………」
「僕、服選んであげたよね?知る権利くらいあると思うけど」
「……………………デートに行く」
誰にも知られたくなかったが、そう言われたら言わない訳にはいかない。
「はぁ!?本気で言って—」
「はいもう行って!!私、着替えるから!!!」
無理やり追い出した。…これ以上追及されたくない。早く家を出よう。
「姉さんがデート?ありえない!……千尋さんに報告したほうがいいのかなぁ」
扉の向こうで弟がそう呟いていたのを、私は知らない。




