明日のない二人
夢という名の逃避。愛という名の肉欲。
恋という名の妄信。絆という名の鎖。
明日という名の牢獄。笑顔という名の仮面。
――希望という名の、死……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
十九になった年の六月……。
苦労して入った大学へも行かなくなって、既に三週間ほどが経過していた。
冷たい雨が降りしきる灰色の午後。
僕は一人暮らしの薄暗い部屋で、密かに死を決意した。
まずやることといえば、情報収集だ。死ぬのにも相応の準備と知識が要る。
ネットを巡回し、あらゆる自殺方法の解説、掲示板に記された体験談などから、遂行に必要なノウハウを学ぶ。あらかたアクセス数の多い大手のサイトを漁りつくし、次第に中小の、いわばアクセス数の少ないサイトにも目を通し始めた頃。
僕は、そのサイトを見つけた……。
偶然開いたそのトップページは、青く澄んだ空を背景に、ふわふわと浮かんだ白い雲が階段状に連なって、奥にある大聖堂のような扉へと続いている。扉のCGにカーソルを合わせ、クリックすると〝Knock〟の表示が出て、そのままメニューへと移動した。
『天国への扉』――白とオレンジの柔らかなフォントでそう書かれたページのバックは、透き通るような夏空と海、浜辺の風景写真で統一されており、どことなく自殺者サイトという陰鬱なイメージからは乖離した明るい印象を与える。そして、なによりも。
〝一人で生きるか、二人で死ぬか……貴方はどうする――?〟
サイト名の下に小さく書かれていたその謳い文句に、僕は何故だか、心惹かれた。
その後、メニューにある項目を一通り見て回ったが、各種手法の解説や身辺整理の手順なんかは他のサイトで見た内容とほぼ同じで、特に目新しい情報は得られなかった。
最後に掲示板を開いて、利用者の書き込みを見る。
さっきトップページの下の方に英字混じりで記されているのを見たのだが、どうやらここは、まだ開設から一年ほどしか経っていないらしい。BBSは閑散としていた。
最後に書き込みがあった日付を見てみれば、一ヶ月以上も前……。
ふと、手を止めて考える。
そういえば僕は、自分の本当の気持ちを誰かに話したことが一度もなかったな、と。
生来、僕は自分という存在にコンプレックスを持っていて、他人に自分のことを打ち明けるのが苦手だった。ありていに言ってしまえば恥ずかしいのだ。自分の意見や正直な想いを話して、『うわぁ。こいつ、普段こんなこと考えてるのかよ……』とか思われると居た堪れない。だから基本、誰かと顔をあわせて話すときは、その人の話に相槌を打つばかり。たまに自分のことが話題に上ると、嘘で固めて煙に巻く。
ネットの掲示板なんかも、終始、他人のやり取りをただ眺めているだけで、自分から書き込みをしたことはほとんどなかった。
「…………」
本当の僕を誰も知らない――。
不意に、胸の奥がチクチクと疼いた。
どうせ、誰も見ていないんだ。それに、もうすぐ死ぬんだろ……。最後ぐらい自分の正直な想いをすべて吐き出してみるのも悪くないんじゃないか。そう自分自身に言い訳をしながら、僕はキーボードを叩き、自身の心境を赤裸々に書き綴った。
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《T・S》
僕には自殺願望があります。けれど、僕はそれを誰にも打ち明けることが出来ません。
なぜなら僕にはわからないからです。自分がどうして死にたいのか、わからないのです。
こんなことを言うと嫌味に思われるかもしれませんが、僕の家はごく一般的な中流家庭で特にお金にも不自由したことはありません。両親も健在ですし、身体は至って健康です。友人は決して多い方ではありませんが、本当に一人ぼっちというわけでもなく、中学・高校と恋人がいたこともありました。普段の暮らしに、何か具体的な問題があって悩んでいるわけでもありません。なのにどうしてか、無性に疲れるのです。何をしていても、胸にポッカリ穴が開いているような虚しさだけがあって、正体のわからない不満と苛立ちばかりが募ります。だったらいっそのこと何もしなければいいだろうと思い、一日中部屋に引き篭もってみたこともありましたが、身体の方は楽だったけど、心が安らぐことはなく。むしろ、このたとえようのない息苦しさは日に日に増すばかりでした。何をやっても、何をやらなくても同じなんです。
ただ毎日が苦しくて、苦しくて、たまりません。
そして、この苦しみを止めるためには、もう死ぬしかないと思いました。
何不自由ないはずの僕が、心の中で死にたいなんて思っていることがもし周囲の人間に知られたら、きっと僕は地獄に堕ちるでしょう。それを考えると、恐ろしくてたまりません。
友人達は揃って眉を顰め、僕を軽蔑し、親類は深く悲嘆し、世界中の善良な人々は僕を悪の権化だとして袋叩きにすることでしょう。だからこそ、一層苦しいのです。僕は本気なのに、誰からも理解されない……いや、理解など求めてはいけないのかもしれません。なぜならば僕自身、この胸に横たわる絶望感の正体を掴めずにいるのですから。
僕にはもう、何も、わからないのです……。
周囲の人間に一切を悟らせず、ただ密かに、安楽に、僕は己の存在を消し去りたい。
逃げ出したいのです。この雲を掴むような苦しみの渦中から、己の命と引き換えに――。
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送信ボタンを押した直後から、激しく後悔の念が押し寄せた。
なんてことをしてしまったんだ、僕は……。
こんなもの誰かに見られたらと思うと、恥ずかしくて今すぐにでも死にたくなる。
慌てて削除しようと思い立ったのだが、書き込み自体慣れていないためやり方がよくわからず、散々戸惑った挙句、そもそもこのBBSには投稿者による削除機能が設定されていないことに気がついた。
――最悪だ……。
窓の外に打ち付ける雨音を聞きながら、どれくらいそうしていただろう。
酷く落胆し、羞恥に悶えながら頭を抱えていると、不意に画面の情報が更新された。
「……!」
僕の書いた文章の下に、新しい投稿として別の利用者からのレスが表示されている。
どんなに酷い誹謗中傷を浴びせられるか、僕は怯えるように目の前を手のひらで覆い隠しながら、恐る恐る、その内容に目を通した。
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《sora》
絶望っていうのは、誰かに馬鹿にされるとか虐められるとか、友達も恋人もいないとか、そういうことじゃないと思う。なぜならそれは、何かが不足しているという状態であれば、それさえ満たせば解決できるという――明確な〝希望〟があるから。
心が健康な人から見れば「何が不満なんだ」と言われるんだろうけど、良き友人がいても、恋人がいても、お金があっても、何一つとして心が動かない。何をしても幸福感を得ることが出来ない。それが精神を病むという状態であって、絶望と呼ぶべきことなんだと思う。
だからこそ容姿端麗で、環境にもお金にも異性にも、何一つ不自由していない人だって、簡単に自殺してる……。逆に、お金も地位もなんにもなくても毎日楽しく生きてる人だって大勢いる……。結局ね、感じ方だと思うんだ。
両者を分かつ壁は、幸せを感じることの出来る心を持っているかどうか。
この世でもっとも不幸なことは、〝心〟が無いってことだよ。だって、心の中が空っぽじゃ、それ以外がどれだけ恵まれていたって何も感じられないんだもん。求めても求めても一生満たされない。それに気づいて苦悩する。苦悩することに疲れて、死を選ぶ――……。
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ふと気になってサイトの案内ページへと戻り、僕はそのHNを見つけた。
どうやらこの『sora』という人物、ここのサイトの管理人らしい。
僕は画面に表示されたその文面を凝視したまま、椅子の背凭れに寄りかかってぼんやりと考える。初めての投稿で不安だったが、予想に反して意外とまともな……というか、正直びっくりするほど、この人物の書き込みは僕の抱えた悩みの本質を見事に突いている。
僕は少し興味が沸いて、試しにもう一度、今度は質問を投げかけてみた。
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《T・S》
よく自殺しようとしている人を止めるときに、〝死ぬ気になれば何でも出来るだろ〟って言う人がいますけど、僕にはそういう人の考え方がよくわかりません。こう言ってしまうと失礼かもしれませんが、ハッキリ言って、なんだか色々とズレているような気がしてならないのです。Soraさんはこういう人たちについて、どう思いますか?
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《sora》
それ、スッゴイよくわかるなぁ~。たぶん、世間一般的には私たちの考え方のほうがおかしいと思うんだけど、〝死ぬ気になれば何でも出来る〟っていう人たちはきっと、本気で死のうと思ったことなんて一度もない人たちなんだよ。まぁ普通それが当たり前のことなんだろうけど、私たちは違う。私たちは知ってるの。死ぬことなんかより、生きることの方がよっぽど大変だって……。だから死ぬ気になったって、何にも出来ない。コレって、本当は普通の人でもよく考えればわかることなんだよね。何事も、終わらせるのは簡単でしょ? 何かを始めたり、続けたりすることの方がよっぽど難しくて大変なの。つまり〝死ぬ気になれば何でも出来る〟って言葉は、仕事が嫌になってもう辞めようと思ってる人に、〝辞める気になれば、もっと働けるだろ〟って言ってるのと同じこと。こういうふうに言い換えると、矛盾してるのがよくわかるよね。彼らはそれを知らないんだよ。でもそれってさ、すごく幸せなことだと思わない? 知らぬが仏なんてことわざもあるけど、あれって本当だよ。
何事も知りすぎると、ろくなことがないから。
きっと、超えてはならない一線ってのが、あると思うんだ。
それを超えると、もう二度と元には戻れない。
私たちはきっと、そのラインを踏み超えて、知ってはならないことを知っちゃった……。
知らない方が幸せなことを、知りすぎてしまった。
幸せっていうのは、ただ安らかに死んでいけることだって。もう、知っちゃったんだもんね。
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その日を境に、僕と彼女の〝対話〟は始まった。
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《T・S》
最近、死後の世界についてよく考えます。天国とか地獄とかって本当にあるのかなって。
今まではそんなこと、馬鹿馬鹿しいって思ってきたけど、いざ自分が逝くってなると、やっぱり考えてしまうんです。
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《sora》
だよねー。私もそれ、すっごく気になるよ。
まぁ、死んじゃった人に話を聞けない以上、真実はわからないんだけど。
よくスピリチュアルな人が自殺したら自縛霊になるからやめろとか言うけど、どうなんだろ? 私たちもやっぱり幽霊になっちゃうのかな?
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《T・S》
僕は霊感がないので、はっきり言って幽霊の存在自体、あまり信じてないんですよね。
まぁ、本当に居たら怖いんですけど。
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《sora》
オバケなんてなーいさー♪
でも臨死体験したとかで、自分の魂が肉体から離れて宙に浮いてたとか言う人はたまにいるよね。まぁ所詮は臨死体験だから、単なる夢の可能性が高いけどさ。
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《T・S》
人間の脳は死を悟ると大量のドーパミンを出して、時間の感覚が引き伸ばされるらしいので、そこで体験する無限の走馬灯を死後の世界と捉えることは出来るかもしれません。
ただまぁ、現実的に考えて脳が死んだらすべて終わりだと思うんです。
「肉体が死んでも魂は残る」とか、そんなのは生にしがみつきたい人の考えた迷信だと。
死ぬことを、生まれる前の状態に戻るんだと仮定すれば、生まれる前の記憶なんてないんだし、やっぱり何にも無いんじゃないかというのが、僕の結論なんですが。
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《sora》
なるほどー。生まれる前と、死んだあとは同じ状態か……。
なんか、なんとなく納得できるね。それにちょっと安心した。
でも、T・Sさんはどっちがいい? 死後の世界って、あった方がいいと思う?
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《T・S》
どんな世界にしろ、無いに越したことはありませんよ。
正直、肉体が死んでも魂が残るなんていうなら、僕は死ぬ意味が無い。
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《sora》
そうだよね。どっちかっていうと、私たちが消したいのは魂の方だもんね。
だけど、自分が死んだあとの世界っていうのも、チョットだけ、見てみたいかも……。
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《T・S》
あー、それはなんとなくわかります。自分の居なくなった世界を覗いてみたいって気持ち。
ずっとじゃなくていいんですよね。上手く言えないけど、余韻を残すみたいな感じで。
まぁ、単なる我が侭なんですけど……。
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《sora》
死後の世界と同じように、前世とか、来世みたいな、輪廻転生って考え方もあるけど、そっちの方はどうなのかな?
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《T・S》
死んだら生まれ変わるってやつですか……。
うーん、僕としての人格や記憶がすべて消えるなら、それはそれでいいかと思います。
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《sora》
もし生まれ変わるなら、私は馬鹿になりたいよ。
何も知らず何も考えず、ただ大声で笑って、叫んで、走り回って。
そういう単純で、直感的な人になりたい。
きっと今よりも、遥かに楽しい人生が送れると思う。
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《T・S》
僕も同じです。もう悩むのはたくさんですから。
選べるものならもっと短絡的で、楽観主義的な人格を希望します。
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お互い時間さえあれば、携帯からPCから、この掲示板を開き、その時々で思っていること、考えていること、悩んでいることを書き込んでいる。
僕は彼女と会話するのが楽しかった。いや、楽しいというのは語弊があるか……どこか心が落ち着く、ホッとする感じ。こんなふうに誰かに自分のことを話すのは生まれて初めてだったし、ましてや社会性という仮面を脱いだ本当の自分に同調してもらえるなんて、想像さえしたことが無かったから。僕は嬉しかった。同類とも呼べる彼女の存在が。
彼女とやり取りをしているときだけが、僕にとって唯一、心休まる時間だった。
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《T・S》
今日は同窓会があって、昔の友人たちに会ってきたよ。
楽しかったけど、悲しくなった。
みんな色んなことを乗り越えてちゃんと生きてるんだなって。
なんか、自分だけ取り残されていったような感じがして……。
中学や高校の同級生に会うと、だれだれが結婚したっていう聞きたくもない話が出る。
もう会わない方がいいのかな。辛すぎる。
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《sora》
昔の人間に会うのはやめた方がいい。もう無理なんだよ。
一度レールから外れてしまったら、もう戻れない。
そもそも学校っていうのはある種の交差点なんだから、みんなが同じ列車に乗ってるわけじゃない。行き先の違う人間たちが、そのとき限りですれ違うだけの場所なんだよ。
それを仲間だなんて言ってる人は、痛々しくて見てられない。
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《T・S》
今はポジティブシンキングの時代だから。みんなで一緒に、明るく楽しく生きていこうよって流れなんだきっと。世の中全体がね。だから、僕たちみたいなのは、異端者なんだよ。みんなで無視するか、一斉に攻撃して叩き潰すか。素晴らしいね、ポジティブシンキング。
目の前にある至極単純で、わかりやすくて、自分たちに都合のいいものだけ見てればいいんだから。難しいことは考えない。見たくないものは見ない、見せない。くさいものには蓋をする。知らぬ存ぜぬで押し通す。思って無くても感謝の言葉を吐く、自分が悪くなくてもすぐ謝る。
不平不満を言わない、逆らわない、怒らない。そういうのが良い人。素晴らしい人。みんなで褒め合いやって、ああ、楽しい。幸せだね。
裏では他人の陰口で盛り上がっておきながら、何を勘違いしてるのか知らないけど、みんなでヘラヘラしながら肩組んで、得意げに〝絆〟だとか、〝愛〟だとか謳ってる。
正直、気持ち悪い……。
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《sora》
人の事を理解出来ないって言うか、きっと綺麗な部分しか知らないんだろうね。
夢や希望、愛や友情、そんなことを当たり前のように語れる人間がうらやましい。
〝頑張れば報われる〟とか、〝努力は必ず実る〟とか。
今となってはムリな話だけど、私だってそう信じたかったよ。
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《O・H@通りすがり》
卑しい奴等だ。自分はちっぽけで何の取り柄もない人間だと理解しておきながら、一方で自分よりもちっぽけな人間を貪欲に探している。周囲の人間には激しい嫉妬と羨望を向け、なんとかあいつらを自分と同じところまで扱き下ろしてやろうと必死に粗を探して、嘲笑う。
お前らホント、最低の人間だな。生きてる価値ないよ。
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《T・S》
知ってる。だから、消えたいんだ。
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《sora》
ごめんなさい……。もうすぐ死ぬから、ゆるしてください……。
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《O・H@通りすがり》
所詮、後ろ向きな意見に前向きな意見は敵わない。ロジックの上ではな。
ただし、現実はその逆だ。後ろ向きな者は、前向きな者に決して敵わない。
劣等感を抱えたまま、誰からも見向きもされず、一生日陰を歩くしかないのさ。
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《T・S》
僕は私利私欲の権化だった。金も名誉も何もかも欲しかった。
愛する人がいて、食べる物があって、眠る場所がある。
本当ならばそれだけで、幸福感を得ることが出来たはずなのに。
僕の心には今尚、不平と不満と、卑しい嫉妬に凝り固まっている。
僕は醜い。僕は弱い。僕は、愚かだ……。
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《sora》
人間の醜さ、愚かしさ、卑しさ、汚らしさ、浅ましさ、冷酷さ、恐ろしさ……。
人の嫌なところばかりが目に焼きついて、脳裏から離れない。
だから優しさとか思いやりとか、その他のどんなに素晴らしい面を見ても、私には所詮すべてが偽りに思える。もういやだ……。私はやっぱり知りすぎたんだ。知らなくていいことを知りすぎた。私は汚れてる。私は狂ってる。死にたい。消えたい。
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《T・S》
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているというが、僕たちは既に心の内側まで蝕まれて、きっと魂まで真っ黒に穢されてしまっているんだろう。……しかし、いつだったんだろう。僕は一体いつ、どこで闇を覗き込んでしまったんだろう。
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《H・A@通りすがり》
お前らは少し考えすぎなんだよ。もっと気楽に生きてみろって。
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《T・S》
わかってるんだ自分でも。つまらないことはもう考えまい、もっと明るく、もっと楽しく、いっそ軽薄なぐらいに……って、何度もそうしよう試みてみた。実際、僕の周りにいる友人たちは僕をそういう人間だと思っているはずだ。でも所詮、無理なんだよ。いくら表面的に取り繕うことが出来ても、自分の心までは騙せない。それどころか余計に辛くなる。他人を騙して偽りの自分を演じ続けるたび、息苦しさや孤独感はいっそう強くなる。自分自身に嘘はつけない。
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《H・A@通りすがり》
そっか。まぁ、そうだよな……。猫被ってるとストレス溜まるもんな。
軽はずみに余計なこと言って悪かった。成仏しろよ。
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《sora》
今日、死のうと考えてることが、お母さんにバレちゃった……。
パソコンもぜんぶ取り上げられちゃって、今は携帯からアクセスしてる。
何であんたが死ななきゃいけないのって、お父さんと二人がかりで怒られた。
お母さん泣いてた。私も泣きながら「ごめんなさい」「ごめんなさい」って何度も言ったけど、辛いよ……。恥ずかしくて、申し訳なくて、でもやっぱり死にたくて……帰る場所がない。
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《T・S》
大丈夫だよ。僕も君と同じだから。
気の済むまで語り尽くそう。言いたいことや、思ってることや、悩んでいること、全部。
今までずっと心を閉ざして、誰にもなんにも言えなかった僕たちだから。
それくらいの自由なら、きっとケチな神様だって許してくれるよ。
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その日をキッカケに、僕と《sora》とはお互いに携帯のメールアドレスを交換し、直接個人でやり取りをするようになった。
仮にも自殺サイトの掲示板で繋がっている僕と彼女の関係は、傍から見れば、あまりに破滅的で退廃的なものに思えるだろう。実際にそうだと思う。
しかし、僕が心から欲していたのは、きっとこういう関係だったんだ。
それは僕に限らず、人は孤独だから、誰だって本心から解り合える友人が欲しいものだろう。けれど、僕は普通の人とは違い、狂っているからなかなかそうもいかなかった。
ところが、彼女は僕と同じ人間だったのだ。
似たような感性を持ち、同じような心境に立ち、不満を抱え、悩みを抱え、憤りを感じている。だからこそ、彼女との会話には安っぽい建前も奇麗事もいらない。
飾らない言葉で意見を交わし、心から共感しあえることが、僕は素直に嬉しかった。
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《T・S》
死にづらい国だよね、日本って。良くも悪くも体質が過保護すぎる。
自殺防止対策とか、そのための色んな規制とか、余計なことしないで欲しい。
向こうにも色んな想いや都合があるんだろうけど、こっちはなけなしの希望を踏み躙られて生き地獄を味わうんだ。もう頼むから、放っておいて欲しい……。
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《sora》
少し前、借金を苦に睡眠薬を飲んで死のうとした人がいた。でもその人は発見が早くて結局は未遂に終わったみたい。病院で目が覚めて、色んな検査やカウンセリングという名の説教を半ば強制的に受けさせられたあと、多額の治療費を請求されたらしいよ。
こんなのあんまりじゃない。だってその人は借金を苦に死のうとしてたんだよ。頼んでもないのに勝手なことして、その上、余計にその人を苦しめるなんて、ひどすぎるよ……。
どうしてみんな、そっとしておいてくれないんだろう。もうみんな、大っきらい……。
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《T・S》
時代が進むごとに、人は生活の安定と共に自由を奪われたんだ。
規格化して、列に並べて、管理する。
列からはみ出れば攻撃される。イレギュラーな存在は排斥する。
それが現代の正義であって、この国の美徳なんだ。
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《sora》
その一方で、生きることだけは強要されるんだね……。
もう余命幾許もなくて苦しんでる人に、無理やり延命させる医者や家族とか。
単に脳と心臓が動いていればいいってものじゃないのに……。
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《T・S》
自殺なんかするとあの世で地獄に堕ちるぞとか、霊界で相応の懲罰を受けるとか、そういう宗教じみた脅迫を聞くたび、自ら命を絶つほど苦しんでる人に向かって掛ける言葉が、優しさや慰めじゃなく、恐怖で縛り付けるための脅し文句なのかって失望する。
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《sora》
今だってこんなに苦しいのに、何で死んじゃったあとまで罰なんて受けなきゃいけないんだろう。「苦しかったね、お疲れさま」って、どうしてそう笑って見送ってくれないんだろう……。
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《T・S》
生きていれば良いことがあるって人は言うけど、そんなこと僕たちだって知ってる。
ただ、悪いことの方が何倍も多くて、その大きさや重さに耐え切れないんだ。
人それぞれキャパシティが違えば、降りかかる運命だって違うのに。
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《sora》
みんな平等なんて嘘だよね。世の中、運の良い人と悪い人にわかれてる。
運の良い人は何をやっても上手く行くし、運の悪い人は何をやったってダメなんだ。
才能があるとか実力があるとか、生まれや育ちがいいとか、結局ぜんぶ運じゃんって思う。
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《T・S》
生まれ育った環境や、持って生まれた才能がみんな全く一緒っていうなら、落ちて行くやつを努力不足だと罵倒してもいいけど、実際まったく違うんだから、人生なんて、所詮ただの運ゲーだ。僕たちは、いつかどこかのタイミングで、ハズレくじを引いてしまった。
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《sora》
運命って何なんだろうね。私の運命は一体誰が決めたんだろう。
運のいい人たちに言わせれば、それは自分の意志で選択したものだと得意げに言い張るんだろうけど、少なくとも私は、こんなふうにはなりたくなかった……。誰だってそうじゃん。ホントは私だってみんなと一緒に、幸せに生きたかったよ。
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《T・S》
運命の不平等さが前世で犯した罪に比例しているという奴がいる。
つまり僕たちが今苦しんでいるのは、前世での行いが悪かったんだと。
そんなこと聞いて、誰が納得なんかできるか。
誰が生きる気になるっていうのか。反吐が出る。
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《sora》
前世での行いによって来世が定められるっていうなら、私たちはきっと来世も絶望的だね。
生まれ変わっても、また自分から死ぬことになるのかなぁ……。
だったら、もう生まれたくないよぅ……。
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《T・S》
今日も外は雨だね。
みんなは煩わしいと言って嫌うんだろうけど、僕は雨の日が一番落ち着くよ。
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《sora》
私も雨の日が一番好き。きっと、お日様に照らされるのが怖いんだ。
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《T・S》
ニュースで見たけど、最近またいじめによる中高生の自殺が流行ってるみたいだね。
学校側の責任がどうとか、ホント馬鹿らしい。大人同士の責任の擦り付け合いなんてどうでもいいから、いじめた犯人を徹底的に追及して断罪しろよってつくづく思う。
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《sora》
そうだね。私もそれはいつも感じるよ。どうしてあの人たちは看板にばっかり拘るんだろう。どう考えたって問題の本質はそこじゃないのに。馬鹿みたい。
やっぱりあれかな。常識のある大人たちからしてみれば、いじめをやった生徒も将来ある子供だからって理由で野放しにしてるのかな。
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《T・S》
たぶんそうだろうね。要はさ、クリティカルな部分を避けてるんだよ。
被害者生徒の親が、加害者生徒に直接罰を下すのは、倫理に反するって社会通念があるんだ。だから被害者の親は学校の教師にその矛先を向けるしかない。逆に言えば、そんなことだからいつまで経っても進歩がないんだ。加害者本人を徹底的に叩いて吊るし上げて、いじめなんかやる奴はこういうことになるんだってことをきちんと知らしめないから、いつまでも経っても同じことが繰り返される。肝心なのは相手の知能レベルに合わせた対応をするということ。良識のある者には良識のある対応を。良識のない者には良識のない対応を。
良識のない者に良識のある対応なんかしても無意味だし、逆につけあがらせるだけだ。
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《sora》
加害者の生徒なんてほんのちょっとお説教を受けるぐらいで、何の罰も受けないんでしょ?
実際、加害者の生徒が転入先の学校でまたいじめをやってるって話、テレビのニュースでは全然取り上げられないけど、ネットではたくさん出回ってるよね。
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《T・S》
臭い物には蓋をするってやつだよ。ホント、失望を通り越してもはや笑えるけどね。
大体、いじめによる自殺の問題なんて、もう何十年前から同じことやってるんだって話。
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《sora》
いじめかぁ……。そういえば小学校の頃、私の家では熱帯魚を飼ってたんだけど、狭い水槽の中で、一匹の魚が他の子達から何故だかすごくいじめられていたの。けがをして可哀想だったから、私はその子だけ別の水槽に移してあげたんだけど、そうしたら残った魚たちはまた別の一匹をいじめ始めたんだ。助けても助けても、また新たないじめられっ子が出て来ちゃう。
気になって学校の図書館で調べてみたら、どうやらその魚には、もともとそういう習性があるみたいだってことが分かったの。つまり集団の中には何か枠組みみたいなものが定められてて、自然にその役目を負わされる子が出てきちゃうんだって。
私、それを知ったとき、なんだかすごく悲しくなったのを思い出した。
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《T・S》
きっとそれは人間の世界も同じだね。幸福行きの列車には定員制限があるんだ。いっぱいになると、必ずそこから零れ落ちる者がいる。乗れた者は仕方のないことだと、溢れた者を哀れむだけだろうけど、それじゃあ溢れた者はどうやって生きればいい?
コップから零れ落ちた水はしとしとと床を濡らし、足で踏まれて黒く汚れ、あとはただ、ひっそりと空気に溶けて消えていくだけだ……。誰もが幸せにはなれないんだよ。
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《sora》
確か失われる命と誕生する命ってバランスが取れてるんじゃなかったっけ。
今は医療技術の発達でただ単に寿命が長くなってきているから、原因不明の精神病によって失われる命の差分を補ってるのかなぁって少し考える。
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《T・S》
それが本当なら、少子高齢化なんて問題も必然な気がするね。
そもそも僕には、今この時代、この国そのものが、既に爛熟しているように思えて仕方ない。
つまり、行き着くところまで行き着いて、逆に衰退が始まっている。
満たされすぎた風船は破裂するし、熟しきった果実はやがて腐れ落ちる。
たぶん、それが自然の摂理なんだろう。
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《sora》
この国には何でもあるが、希望だけが無いって言葉、私も聞いたことがあるよ。
本当に何でもあるし、何でもできるのに、どうしてこんなに虚しいんだろう……。
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《T・S》
駅のホームが怖い。電車に吸い寄せられそうで。
信号待ちの交差点が怖い。少し気を抜くと車道に足を踏み出してしまいそうで。
心のどこかで自分が轢かれたときの光景をじっと思い描いているみたいだ。
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《sora》
死ぬために色んな方法を考えたり、調べたりしていると心がすうっと落ち着く。
もうこんな煩わしいことを考えなくても済むんだって思うと、嬉しくてしょうがない。
どうか最後は安らかに。綺麗さっぱり、消えて無くなりたい。
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《T・S》
人の命が絶える時、人はいったい、何を思うんだろう。
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《sora》
人の命が生まれるときには、人はただ笑うだけだね。
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《T・S》
今日みたいに雨の無い曇り空は、なんだか憂鬱が増すよ。
いっそ激しく降ればいいのに……。
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《sora》
梅雨が明ければ、もうすぐ夏休みだね。
暑くなってくると、精神が不安定になるから。
できればこの夏が終わる前に、逝きたいな……。
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《T・S》
なんで死にたい奴のところには、通り魔とかキチガイが殺しに来てくれないんだろう。
ついでに天災についても。3.11の大津波とか9.21の台風とか、どうして僕のように死にたいやつを死なせてくれないで、生きたい人の命を奪うんだ。
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《sora》
ホント、歯痒いよね。『私が生きている今日は、死んでしまった人が生きたくても生きられなかった明日なんだ』ってよくいうけど、『その人が死んじゃった昨日は、私が死にたくても死ねなかった昨日なんです』って思う。私だって出来れば代わってあげたいよ。欲しい人に命を譲りたい。でもムリなんじゃん。その人は生きたくても死んじゃうし、私は生きていたくない。
世界って、運命って、残酷だね……。どうしてこう、もっと上手くまわらないんだろう。
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《T・S》
記憶の中で尊大に美化されたちっぽけな思い出と、ありもしない未来への憧憬が決意を鈍らせる。僕の命は、首の皮一枚でぶら下がっているみたいだ。鬱陶しいけど、名残惜しい。
これさえ断ち切ってしまえれば、楽になれるのに……。
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《sora》
生きていればこの先、まだ何か面白いビッグイベントがあるかもしれないと思っているんだね。だったら無いよ、そんなの。今までも、そうだったじゃない……。もうとっくにわかってるはずだよ。私たちは漫画やドラマの主人公じゃない、脇役以下なんだって。何か奇跡的な出会いや出来事があって、ここからハッピーエンドに転じるなんて急展開、あるわけないよ。
下手な希望は捨てた方がいい。辛くなるだけだよ……。
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《T・S》
僕は何度期待して、何度裏切られたんだろう。これこそはと信じて、裏切られて落胆して、厭というほど挫折感を味わって、這い上がろうと必死に足掻いて……。
あとはひたすらその繰り返しだった。もうやめにしよう……。よくわかったよ。信じられるものなんてないって。自分の人生にいくら期待なんかかけていたって、何の報いも、慰めも無い。これ以上、堕ちて行く前に。無様な生き恥を晒す前に、せめて潔く終わらせたい。
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《sora》
どこで間違っちゃったんだろうね。
何度考えても、答えが出ない。そして考えれば考えるほど、何もかも間違えて来ちゃったような気がして目の前が真っ暗になる。もし時間を巻き戻すことが出来て、初めからやり直せたとしても、私は結局、同じ運命を辿ったと思う。
だからもういい。もう、たくさんだよ……。これ以上、惨めな思いはしたくない……。
消えたい……永遠に……。お願いします神様。他のモノはもう何もいらないから。
最後に一つ……。たった一つくらい、私の望みを叶えてよ……。
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《T・S》
「自殺なんて馬鹿のやることだ」「死ぬ勇気があるなら、問題解決のために頑張ればいいじゃないか」って、僕も昔はそう思っていた。深く考えることもせず、理解をしようともしないで。ただ、そんなふうに思考を閉ざしてた。だから、自分がそういう立場になってはじめて理解できた。同時に、人間の度量が如何に狭いものかってことを知ったんだ。結局、人は自分の身を持って思い知る以外に、他人を理解することなんて出来ないんだなと、また一つ失望した。
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《sora》
当たり前の話だけど、私も小学生くらいのときは自殺なんて考えたことなかったよ。
将来の姿なんてあまりにも漠然としすぎててわからなかったけれど、きっと素敵なことがいっぱい待ってるんだなって、早く大人になりたいなって、夢と希望に満ち溢れてた。
ときどき考える。あの頃の私が、もし、今の私を見たら、どう思うんだろって。あの子は私に、なんて言うのかなって……。きっと怒るよね。何やってるんだって。
きっと、ガッカリするよね。こんなの私じゃないって。きっと、恨むよね……。
ゴメンね、こんなふうになっちゃって……。たくさん、たくさん間違えて、こんな結果になっちゃったけど。それでも私は、私なりに一生懸命だったんだ。でもダメだったよ……。
思い出だけが残る。どこまでも純粋だった、あの頃の自分の姿が……。
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《T・S》
お前はまだまだこれからだとか、若いから可能性に満ち溢れているとか言われるけど、若いからこそ今のうちに死にたいんだ。六十や七十のジジイになれば、それこそ何もしなくてもあと数年したら自然と死ねる。僕にはこれから、まだ何十年っていう途方もない年月が待ち構えているのだけれど、もう既に、御先真っ暗なんだよ。希望なんて無いんだ。
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《sora》
自分が十年後とか、まだこの世にいる姿を想像できない。想像したくない。
死にたいと思い続けて生き続けている未来の自分を夢に見ると、焦る。
明日が来ることが怖い。怖くて怖くて夜も眠れない。
早く死ななきゃ、早くしなきゃって、そればっかりが日々心の中で大きくなる……。
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《T・S》
思春期に感じた無力感。自分がどうして生まれてきて、どうして死んでいくのか。
自然の摂理という言葉では納得できず、自分は他の誰かとは違うはずだとそう思っていた。
自分は特別だと信じて生き、そして自分が無力で凡庸だと気づくと、今度はいつかきっと、誰かがこの場所から連れ去ってくれると考え出す。この退屈な日常から、醜い世界から、何か特別な存在が自分を選んで、約束の地に連れ去ってくれると信じていた。
そしてそれもまた、すべて儚い夢だと知ったとき、世界は厳かに、ゆっくりと閉じていった。
ゆるやかな絶望感と共に僕の夢は死んだんだ……。
みんなみんな、終わってしまった。――今度こそ潮時だ。
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《sora》
ゆっくり、眠りたいよね。
誰にも邪魔されず、何も考えず、
何も感じず、何もしないで、
楽しいことも辛い事も、何もない。
そんなところで、ただ、ただ、ゆっくりと眠りたいな……。
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彼女と対話を始めてから約一ヶ月半……。
気がつけば梅雨の湿った空気もどこへか通り過ぎ、七月も最終日になっていた。
もう、そろそろ大丈夫かもしれない。
僕は深呼吸を一つ、僅かに震える指先で文字を打ち、彼女にお誘いのメールを出した。
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《T・S》
ソラさん。よかったら、僕と一緒に逝きませんか?
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《sora》
――はい。
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驚くほどすんなりと彼女から返事が来た。
瞬間、深く安堵する気持ちと、じんわり幸福感さえ沸いてくる。
僕は知らず知らずのうちに、笑みを浮かべていた。
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《sora》
私はあなたがそう言ってくれるのを、本当はずっと、待っていたんだと思います――。
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薄いカーテンを透かして、室内に白い光の幕が垂れていた。
僕は窓を全開にして、爽やかな風を部屋の中に招き入れる。
夏の日差しは強く濃く、見上げた空は蒼く深く澄み渡り、雲ひとつ無い快晴だった。
降り注ぐ蝉の声に混じって、どこかで風鈴の音が涼やかに鳴り響く。
僕は開放感に満たされつつ、大きく伸びをして深呼吸を。
〝あぁ……今日はなんだか、心も晴れやかだ――〟
ハロー・グッバイ、君は僕を知っているんだね。
僕も君を知っているよ。君の孤独を、優しい心の奥にある本当の気持ちを。
悲しいだろう。悔しいだろう。つらいだろう。苦しいだろう。
わかってる。全部わかってるよ。僕も君と同じなんだ。
だから、二人で旅に出よう。
透き通るような夏空の下、発車間際のバスに駆け込んで。
そうさ、行き先はどこでもいい。
このままどこか遠くへ行こう。
途中で道に迷ったって、はぐれたって、平気だよ?
いつか降りゆく場所さえも、君と僕とは、同じなんだね――。