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指を目の前でパチパチ鳴らす。「慣れかな。まぁ──今、話しても理解できないだろうけどね。キミは死にかけた。……訂正。死んだ。わたしはね、ずうっとフレッシュな器官が欲しくてね、かーなーり待たされたんだよ、か・な・り・ね。なにしろ〝腐っていない〟と条件つけると」やれやれ。「どうにもやっぱり難しくてねぇ」ため息。「でも、もう大丈夫」にっこり。「キミは生まれ変わった。いいや、新しく生まれたと云っていいかな、お誕生日おめでとうハッピーバースディ。キミの脳組織を解体して、私の作った基盤とくっつけた。まぁ云うほどに簡単でもないけど、ネズミでもサルでもうまくやったから、あとは応用、そして実践。キミは私の作ったシステムと融合して、今日、ここに誕生した。おめでとうキミ、おめでとう、私」拍手。「キミは機械と生体のハイブリッドだ。これから様々な訓練と調整の日々が待っている。それが終わったらキミは実地に出る。そこでもトライ・アンド・エラーは続くだろう。しかし、私はキミの働きに期待している」うんうん。「さてと、このシステムの根幹はKaNaMiって名付けたんだけどね。キミの名前はどうしようか」スクリーン端末を繰り、「……なかなか面白いプロフィールだ。うん、ビルでいいかな。それともウィリアムがいいかな。面倒だからビルでいいね」さてと。「まぁ何か引っかかるようなことがあっても、それは気のせいだ。すぐに調整してあげよう。安心したまえ。キミには優秀なマスターがついている」
川崎絵理子は笑った。
強化プラスチックで覆われたボディ。中はカーボンのフレーム。
絵理子は取り外していたゴーグルを、そのバケツをひっくり返したような頭部のこめかみにある溝にそって、つる=テンプル先に仕込んだ端子を差し入れ、固定する。フラットケーブルでボディに接続した端末を操作し、待機モードに切り替えた。あらゆる感覚が遮断された。
「おやすみ、ビル。続きは明日だ」
*
ネズミ男が消えた。
故買屋コージは屁のように消えた、と云うのがもっぱらの噂だ。
においだけが残ってる。
コージのねぐらを見つけた。
ネズミ男らしい、小汚い部屋だった。
ロバート・〝ザ・バルーン〟・コープス。
またの名をデコホン。
彼の腹は憎しみで膨らみきっている。顔の左半分から肩にかけて火傷の痕。
左目は義眼。眼帯で隠している。左腕は義手。三本の指が筋電位で動く。
「兄貴……」
彼は時折、遠くへ物憂げな視線を投げるクセがある。
誰かがそれに気がついても、決して指摘することはない。
*
だーれが殺した、エリザベス。
消えーて帰らぬ、エリザベス。
─了─