1-8
「何を隠している?」
「でっ、何を、ででっ」
「図面はどこから手に入れた?」
「業務上の秘密……いでッ」
勿論そうだろうさ。
突き刺した指を、鼻の中をねじる。
「ヒィッ……!」
生暖かいものが指を伝うのを感じた。
「コージ、お前とはこれまでいい取り引きをしてきたと思う」
「そ、そうだッ、だから、いでッ」
「バカにしているのか? どう考えたってあれは簡単に手に入れられるような代物じゃぁない」
「それがッ、俺のッ、仕事、だからッ」
ああ、そうだろうさ。
「あれが本物か偽物か、俺は知りようがない。確かめようがない」
「信じて……くれッ」
「誰なんだ?」
「云えるわけ……」
再びウィリアムは指をひねる。鼻骨が折れるまで粘ることはあるまい。
「八五地区……」
涙まじり、涎まみれの言葉が、擦れて出た。
「なんだって?」
「女だ、お、」
「どんな女だ」
「眼鏡をかけた、」
眼鏡なんて、何の手がかりにもなりはしない。
「赤いッ、マブい女で、」
ふんっ。
ウィリアムは無造作に指を引き抜いた。コージはその場で崩れ落ち、げぇと嘔吐く。
ネズミ男の眼鏡にかなう女など、ネズミ女に違いない。
「ほんとに、ほんとに何も知らねえんだよォ」
コージはジャケットの袖で目と鼻と口を拭い、涙声で格好だけの抗議を上げる。
よれよれと立ち上がり、身体を叩いて大仰に息をすって、太いため息を吐く。「信じられねぇお客だよ、あんたは」
ウィリアムはジーンズのポケットに両手を突っ込み、踵に体重をかけ、胸を反らした。「いずれ身を滅ぼすだろうよ」
へへっとネズミ男は垂れる鼻血を手の甲で拭う。「そんなのお互い様じゃん?」
口周りがべっとり赤く濡れた。
「ふん」
「まぁとにかく、成功を祈るよ。必要なモノがあったら遠慮なく云って頂戴な」
今後ともご贔屓に、と言葉を残し、ネズミ男はよたよたと歩き去った。程なく姿はすっかり夜陰に紛れ消えた。