投稿練習2
三
……うーん、どこに行ったのかなあ。確かこの辺に……
……いい加減あきらめたらどうだ? 多分誰か借りたんだろ? さつきが心配だから、ちょっと様子を……。
……いーや! 絶対に読んでやる! だって、もうあと十ページくらいで読み終わるところだったんだよ!?
……だから、あんまり騒ぐなって。周りの人の迷惑になるだろ。
「周りに人なんていないじゃん! こんな時刻に図書室使うのなんて、あたしらくらいだよ!」
「そうじゃなくて、ケンが起きるだろうが?」
「……もう起きたよ。」
僕は突っ伏していた机から顔を上げる。せっかく気持ちよく寝てたのに、恭ちゃんが喚きだしたあたりから全然寝れなかった。
「おや、ケンちゃん! おはようさん! ちょうどよかった、一緒に探し物して!」
「……どんな本?」
寝起きで不機嫌だったけれど、一応聞いてみる。
「うーんとね。 黒い表紙の本で、中に金色の文字で『黒魔術入門』って書いてるやつ。」
「……またおどろおどろしいモン読んでるな、恭ちゃんは……。」
僕はざっと本棚を探す。が、そもそも黒い背表紙の本自体が見当たらなかった。
「……ないね。」
「もっとちゃんと探してよ!」
いや、探すも何も黒い本なんてないんだからしょうがないじゃんか。そんなことを思いつつ、僕は図書室の受付カウンターに向かう。もしかしたら誰かが借りたのかもしれないし。
僕はぱらぱらと本の貸し出し簿を見ながら本のタイトルを確認していく。そして。
「……おい、恭ちゃん。その本最後に見たのいつ?」
「え? うーん。半年前?」
「なんでその時に読むの止めちゃったのさ!?」
そんなクライマックスの部分を残して本を読むのをやめるとか。何考えてるんだよ。ていうかその本に大した興味なかったんじゃないのか?
「いや、その……怖くなっちゃって……。でも、みんなと一緒に読んでればそんなに怖くないんじゃないかなって思って……。」
それで半年も本を置き去りにしてたのか? ……ばかばかしい。
「何にしても、その本。借りられてるよ。」
「え、嘘?」
「ホントだって。えーと、借受人の名前は……。」
その時だった。
この世のものとは思えないような断末魔のような叫び声が聞こえてくる。悲痛な、恐怖に満ちた。絶望を感じさせる、そんな悲鳴を。
「……な、何? 今の……。」
将太が席を立ち、窓に近寄る。
「……マジかよ……。」
彼の表情は読み取れないが、何かが校庭で起きているらしい。僕と恭ちゃんも窓に駆け寄る。
「見るな!」
そう言って将太はカーテンを閉める。
「何があったんだよ、将太?」
とても、普通じゃないことが起こった。日常の何かが狂った。そんなことを連想させるようなことが起こったんだ。そうでもなきゃ、あんな悲鳴があがるはずがない。
「……警察に連絡しよう。人がいま、殺された。」
「え!?」
恭ちゃんが、目を見開く。
「……う、うそでしょ……?」
将太が顔を背ける。沈黙の時間が流れ、それは僕らの胸に重い感情を垂れ流していく。嫌な連想しか出てこない。事故が起きたのか、殺人犯がやってきたのか。
いや、あの悲鳴は、きっともっと恐ろしいものだろう。
「……とにかく、警察に連絡しよう。もしかしたら、彼らが来るまで持ちこたえれば……。」
その時唐突に、図書室の扉が乱暴に開けられる。その場にいる全員がびくりと身を震わせる。
「将太君!」
涙声で図書室に飛び込んできたのは、今井さつき。彼女が泣きながら将太に抱き着く。
「さつき! どうしたんだ? ……まさか、見たのか?」
将太が尋ねると、彼女は黙って首を縦に振る。
そうか、とだけ言って彼はお嬢の両肩を支え、僕らに向き直る。
「どちらにしても、どこかに身を隠そう。警察に連絡しても、信じてもらえないかもしれないが……。」
「無駄みたいだぜ。」
将太が話してる最中に聞きなれない声が図書室に響く。僕らは一斉にその声の主を探す。図書室の入り口の戸に体重を預けるような姿勢で、ケータイをカチカチといじりながら、その人はそこにいた。
いつの間にか。いつからか。まるで影のように、ひっそりと。
「どうやら携帯が通じないみたいだ。いつの間にか圏外になってる。電話線も切られてるから、学校からもかけられない。……おまけに、校門から出ようとしてるやつらがいるが、それもできないらしい。『見えない壁』に阻まれるんだと。」
突然現れた人物に、僕らは驚く。しかしよく見れば、僕たちと同じように学ランを着ているので、ここの生徒だとわかる。上履きは、白をベースにした色で、緑のラインが入っている。学年で上履きのデザインが指定されているので、靴を見れば何年の人なのかはわかる。この人は三年生だ。ちなみに二年の僕らの靴のラインは青だ。
「何者だ、アンタ? あんまり見ない顔だな?」
将太は警戒するように三年生に問いかける。
「名乗るときは自分から、だろ? 礼儀がなってねえな。」
そう言いながら、三年生は僕らの顔を見回し、自己紹介を始める。
「俺の名前は松坂純。三年。趣味はオカルト、特技はダーツ。以後お見知りおきを。」
そう言うと、松坂さんはゆっくりとお辞儀をする。なんとなく、その優雅な動作は屋敷にいる執事を連想させる。
「……俺は荒川。こいつが北条、そっちの男女が高橋。このちっちゃいのが今井だ。」
さらっと、というよりそっけなく。将太が全員の紹介をする。恭ちゃんが男女は余計だ、みたいなことをぼそりとつぶやいていたけど、将太はそれを聞き流して言葉を続ける。
「もう一度聞くぜ? アンタは何者だ? どうして電話線のことを知ってる? 見えない壁のことを知ってる? ……悲鳴が上がってからそんなに時間は経っていない。とてもじゃないが、そこまで情報収集する時間はなかったはずだぜ? ……何を考えている?」
「そうだな。それに応えるには、色々と時間がかかるんだけど……まずはアイツを何とかすることを考えようぜ。」
その時、図書室のドアを激しく叩くような音が部屋に響き渡った。