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Calling down an angel  作者: yonexer
ケザイア
9/21

08

 民本は頭を抱えた。浅見の初球である。あいつのそつのなさ、頭の良さが裏目に出てしまったか。自分の、勇気を伝播させるはずのフルスイングは、全く逆に作用したようだ。すけべ心丸出しのスイング。あれは駄目なパターンだ。欲をかなぐり捨てて振ってくれとの民本の願いは、届かない。


 岩原が投じた初球のストレートは低目へ。作戦では見逃すべきボールだ。ところがこのボール、横から見ていた民本にはわからなかったが、コースが甘かった。浅見はおっつけて狙った。バットは空をきり、ワンストライク。

 続いて外高めへストレート。これにも浅見は手を出すが、当たらない。ツーストライク。

 最後は真ん中低めへのスライダーで空振り三振。


 野球への知識と、柔軟性。その両輪がこれでもかというくらいに悪い方向に出て、ブレーキをかけた。

 浅見はゲームへの理解力が高かった。故にセオリー通り、センターから逆方向へのバッティングを試みた。引っ張って打て、自分で決めるつもりで打て、フルスイングしろ 、そういう指導者は少ないだろう。基本はセンター返し、あるいは逆方向へ打て、というのが高校野球のスタンダードである。民本だって、試合中にあそこまでのフルスイングはしない。

 しかし浅見は勘違いしている。そういう指導は選手のレベルが一定の条件を満たしているからされるのだ。硬式の重たいバット、ボールに慣れていない選手への内容ではない。逆方向へ強い打球を打つのはかなりの技術がいる。センター返しにしたって、最低限のスイングができなければ、よくて投手へのボテボテゴロだろう。強いインパクトが出来る選手だけがシフト的にも穴であるセンターから逆方向へ狙えるのだ。出来ない浅見は一か八か前で捌くしかない、それが民本の考えである。

 前で捌くなら、充分スイングスピードも出ているため硬球にも当たり負けしないだろう。ヘッドが垂れていようが軌道が波打っていようが手首をこねていようが、そこでならチャンスがあると民本はふんだ。しかし浅見はセンターから逆方向へ、つまりじっくり引き付けるバッティングに走った。


 また浅見は民本の打席で、岩原が制球力の高い投手だと気付いた。彼はコマンドなどという言葉は一切知らなかったが、概念的にほぼ正解へ辿り着いた。そこで柔軟に作戦を変更する。古い情報から立案した作戦を変更し、その場で次の作戦を考えた。制球力が良いなら読めるはずだ、追い込まれるまでは狙い打ちしようと。

 まず初球、低めに狙いを定める。世の中にはローボールヒッターもいると聞くが、長打になりにくくゴロになりやすい低めは投手にとって安らぎの場だ。ドンピシャで低めが来た。

 二球目、狙いを変えた。あそこは狙っても難しい。低めのゾーンはくれてやる。そのかわり思いっきり踏み込んで外のボールを無力化してやろう。逆らわず、合わせてやれば大きく空いた一二塁間を襲うことができる。浅見が読んでいたアウトコース、それも高めへストレートが投げ込まれる。

 追い込まれると浅見にはやることがなくなった。せめて可能性を高めようと、ギリギリまでボールを引き付け、ご丁寧に右足をひいて、右打ちした。しかしスライダーを見極めることも、追いかけることも、浅見の技術では叶わない。




 鈴木明も坂の上中学野球部であった。彼は浅見よりも体が大きかったし、バッティングなら負けていないぞとの自負がある。民本、浅見が荒らした足場を固め、ボックスのキャッチャー寄りへ立った。

 岩原の真っ直ぐに狙い球を絞ったのだ。少しでも相手のボールを遅く感じたい。それに、速球派ならこの挑戦に応じるのではないかとの予感もあった。


 岩原は三つ、真ん中高めに直球を投げ、鈴木はその全てを空振りした。

 川嶋はばってんに斜線を引き、Kの字を加え、嘆息する。鈴木のスイングは速く、筋力を感じさせたが、とんでもないダウンスイングだった。彼は別の競技をしているのではないか。剣道の達人だって自分の横を通過する、それも毎時130キロ近くで通過する物体に面を叩き込もうとは思わないだろう。

 上から下へ打てとは、野球の基本である、とされる。西武から中日へ移籍した強打で知られる外野手もTV番組でバッティングの基本は上から叩くことですと、ボールに見立てた左手の拳骨を斜め45°上から真っ直ぐ、バットの代わりであろう右手でバシバシ叩いていた。スーパースローで見る彼のバッティングは、なるほど「腕」は上から下、真っ直ぐに振られている。ところがバット軌道は後ろでくるんと回り、その後はアラ不思議、ほぼ地面と平行に伸ばされていた。綺麗なレベルスイング。

 あくまで感覚的なものなのだろうと川嶋は想像する。これ以上膨らませると、これ以上横ぶりをすると、振り遅れる、あるいはヘッドがまける。だから逆に上から下へ叩く意識で歯止めをかけているのではないか。

 また、桑田、古田、青木選手などは、レベルスイング、ボールにたいして線で拾っていくのがコツだとインタビューに答えている。

 鈴木は真面目すぎるんだな。川嶋は王氏を恨んだ。なぜ居合いぎりの練習を広めたのだ、世界一本塁打を量産した、若干アッパー気味なスイングの方こそ世に知らしめるべきだったのに。鈴木は多くの指導者が唱える呪詛の犠牲者だ。




 いずれにせよ、四人中三人が倒れた。誰もバットに当ててすらいない。しかしまだだ、まだ勝負は終わっていない。余り物には福がある。ヒーローは遅れて現れる。川嶋の視線の先、緊張しているのか、ぎこちない足取りで瀬戸山要が左打席に入る。

追記・

選手に対し、一部でも否定的なニュアンスがあれば名前は伏せるようにしていますが、王さんの極端なアッパースイングを矯正するための練習が上から下スイング信奉をよんだのではないかと桑田氏が指摘していたため、その影響力に敬意を持って作中で名前を出しました。不快に思われたかた、申し訳ありません。

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