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民本正和はなんとかして自分が良い流れの起点になろうと、気合いをいれた。なにせ四人中、硬式経験者は民本だけである。硬式バットの重さ、ボールの重さ、固さ、そして腕に来る衝撃、それらを身をもって知っているのは自分だけだ。そんな自分にしか、よし行けるぞ、という空気は作れないだろう。
軟式と硬式ではバッティングの方向性からして違うのだ。軟式球ではボールを潰してしまうと、エネルギーが「潰れる力」に消費され、飛距離がでない。そのため、なるべくボールを潰さずに打つ、という禅問答のような技術が要求される。この悟りの境地に片足突っ込んだ極意で硬式球に挑むとどうなるか。飛ばない。本当に、笑えるくらい飛ばない。硬球だったっけ?鋼球だったっけ?と混乱することうけあいである。民本もさんざん悩んだ。
硬球を打つ、ただ一つの方法は振りきることだ、というのが民本の持論である。空振りしたら、スイングで体勢崩れるくらいに思い切り良く、裂帛の気合いをもって振りきることだ。巨人の小笠原選手が空振りしたのち体勢を崩す姿を思い浮かべてほしい。
そのために迷いや不安があって打席にたってはいけない。いける、なんとかなるという、雰囲気が背中を押す状況が最高である。だから、自分が皆に勇気を与えなければならないのだ。
岩原討つべし。民本は血走った眼で投球練習を燃え盛る想いでにらみつけ、しかし冷静に抜かりなくタイミングを計っていた。相手が誰であろうと関係ない、気後れや慢心はなにもかもフルスイングの妨げとなる。必要なのは熱い心だけ。討つべし、討つべし、討つべしーーーーーー
いつもそうするように、ゆっくり、丁寧に足場を慣らしながら右打席に入った民本は、なんの迷いもなく初球からフルスイング、見事に空振りし、尻餅をついた。燃えたぎる血のなせる技であるが、頭は冷静だった。スライダーだな。自分の打てるゾーンに入ってきていたボールが、捉える直前に消え失せた。おそらく見逃してもストライクなのだろう。必殺の高速スライダーをカウント球に使うとは器用なことだ。
ワンストライクからの二球目、先程よりも外、きわどいコースに来た。スライダーならボールになる所だと判断した民本は見逃す。直球でストライク。追い込まれたが後悔はしない。自分にはストレートかスライダーかわからなかった。二兎を追う者一兎をも得ず。悩んだままスイングしても意味がないことを民本は承知している。冷静な判断を下したことに満足すら覚えた。
一番怖いのは、当てにいったスイングをしたり、パニックに陥って判断力をなくすことだ。焦りのない民本は続くインローのスライダー、真ん中低めのスライダーを見逃してツーボールツーストライクに立て直す。極限状況下でなお、作戦通り低めを捨てていた。
民本は三振の恐怖に克ち、自分に出来ることを見据える。甘い直球、あるいは抜けたスライダー。それだけを恋い焦がれた。
五球目、民本は高めの釣り球に三振を喫した。