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Calling down an angel  作者: yonexer
ケザイア
6/21

05

 岩原亮二。登録上は身長181センチ、体重73キログラムらしい。右投げ。坂の上高校のエース。昨年夏の道予選、秋の札幌支部準決勝まで勝ち抜いた原動力と目される。YouTubeに高校野球マニアが投稿した動画が二つあった。

 投稿者は高校野球を長年見ているだけあって、中々彗眼だな、と川嶋は驚いた。ドラフト候補、道屈指の好選手や強豪校の動画に交じって一覧に並べられる、坂の上高校2年岩原の綴りは違和感の塊だった。しかし彼のピッチングは有名選手にだって引けをとらない立派なものだと川嶋は思う。

 それぞれの動画は一イニングずつだったが、先に撮影された支部決勝のピッチングに何かを感じたのか、道一回戦では投球練習から録画が始まっていた。

 球種はストレートとスライダーだけだろう。たった二球種だがどちらも凶悪な威力だった。まずストレートが速い。捕手が中腰になるような高さでも釣られてしまうのだ。相当伸びもあるのか、動画中では誰もマトモに対応出来ていなかった。一方のスライダーはワンバウンドするようなボールでも容易く空振りを量産していた。ほとんどストレートと同じ腕の振り、軌道なのだろう。プロみたいなボールだ。これを見て高めと低めは捨てようと決めたのだ。動画でも簡単に四球を出しているし、ノーコンタイプと判断、ボールを振らないでカウント球を打ちに行く作戦である。

 しかし川嶋はもう一つの武器と弱点を見抜いていた。そして用意した作戦はあまりうまく機能しないだろうとも思った。岩原の隠れた武器、川嶋はこれが彼を好投手たらしめる最大の要因だと考えているが、それはコマンド能力の高さである。コマンドとはコントロールの親戚みたいなものだ。訳するとどちらも制球力となるが、コマンドは狙った所に投げる能力であり投げた球がストライクかどうかは関係ない。一方コントロールは投げた球がストライクになる能力であり狙った所かどうかは関係ない。果たして定義分けする必要があるのだろうか?


 こんな話がある。プロ野球の話だ。まったく戦力にならない投手がいた。いいボールを投げてはいるのだが、ピンチになると力む。力んで体が開き、リリースポイントがずれてコマンドはブレる、腕振りになりボールはシュート回転をする。何球か地面に叩きつけた後、ようやっとストライクにいったボールはキャッチャーが構える外角低めからイヤイヤと駄々をこねるように、バッターがいらっしゃいと手ぐすねひく真ん中へーーーー。彼はボールが良かったものだから引く手あまただった。俺ならあいつの悪癖を治せる。そう信じた数々の指導者が、体を開くな、突っ込むな、腕だけで投げるな、力むなと休みなく正論を浴びせた。そうだ、いいぞ、それを試合でやればいいんだ!そうして送り出された、期待と情熱と愛情をいっぺんに背負ったマウンドで彼は打たれ続けた。

 いよいよキャリアの終盤、のほほんとした監督とそれを補うかのように知恵がまわる捕手のいる工場へ出荷された。その球団ではシュートを使えばどうにかなる、シュートを覚えろ野郎共!という、先見性に富んだ工場長がいて、シュートピッチャーの使い方が日本一、世界一といっても過言ではないほど上手だった。知恵が回る捕手はすぐに気づく。ははあん、コイツ力むと制球がばらついてシュート回転するんだな。ノウハウがあるからすぐ正解に辿り着く。じゃあ真ん中投げればいいじゃん。この捕手はそういう発想がある。荒れ球の剛球投手がエースだったからかもしれない。球界を代表する後のメジャーのスラッガーに外三つボールを投げさせ、逃げ場をなくしてから真ん中へストレート三球投げさせるのが得意技だった。

 話を戻そう。ピンチを迎えた彼は燃え上がる。絶対に抑えるんだ!そうして捕手のサインを覗き込む。ど真ん中ストレート。アウトローをファーストチョイスにする他球団ではありえない、男気溢れる配球。自分のボールを信じてくれるんだ!粋に感じた彼はいつも以上に力み、ボールは狙いをつけたど真ん中をはずれ、その上シュート回転して内角低めへ突き刺さる。気迫に堪らずスイングしたもののボテボテの内野ゴロ、ゲッツー、ピンチ脱出。その年、彼の球団は日本一になった。

 こういう例もある。2012ア・リーグ先発で一番与四球率が良いのはカナダ人左腕だった。ナイスコントロールである。ところで、メジャーにはコマンドを直接的に表しているわけではないが、どれくらい真ん中へ投げているのかという指標がある。各球場pitchf/xという統一規格があるため、信頼できる数字だ。イコール失投率とは言いにくいが、カウントに余裕がある状態で好き好んでど真ん中に投げさすのは上のような例だけだろう。さて、その指標上、シーズンで最もフォアボールを出さないはずのカナダ人はトップ10には名前がない。極端な話、真ん中へ投げれば四球は減る。荒れ球のピッチャーではど真ん中を狙って程よく散らばる、それで抑えるタイプもいるという。因みに最も真ん中へ投げない先発投手は日本人だった。その投手は四球も少なく、コマンドとコントロールはある程度の相関がある事がわかる。当たり前だが。

 イニングが多く、打者のレベルが揃っているプロではだいたいコマンドとコントロールは同じ!とまとめてもそう影響はないだろう。しかし打てるバッターと打てないバッターと大きな差があるアマチュア野球では大きな意味を持つのではないかと川嶋は考えている。


 ようするに、ストライクゾーンのギリギリを狙って、なるほどその近辺にボールが集まるものの結果フォアボールはコマンドがよくてコントロールが悪い投手。同じくギリギリを狙って逆球抜け球甘い球が来るも結果見逃し三振ならコマンドが悪くてコントロールが良い投手となる。岩原は前者だ。そして岩原本人の価値を高めているのもコマンドだ。ボールに威力があるが、彼はそれに頼った投球はしていない。激烈な印象を残した高め釣り球はツーストライク後にしか投げていなかった。もう一つのワンバウンド高速スライダーは、若いカウントでも使っていたが前後に低めの真っ直ぐを挟んでいた。どちらも振ってくれればラッキー、見逃されても苦しくなることはなく、目線をあげる、手を出しにくくする、意図ある球ではないか。川嶋はそう思う。実際右打者に関してはコマンドを最大限活用し縦横無尽に蹂躙した。外で探り中へ飛び込み高めで引かせて低めに仕留める。来るともわからない甘い球にすがるのは望み薄に思える。もっと限定的な狙い打ちをするべきじゃないのか、コマンドは良いから外低め付近に集まってくるだろう。ところが依存してないとはいえボールの威力がすごいのだ、馬鹿正直に外低めを狙ってもヒットにはできない。では真ん中低め、あるいは外角高めはどうだろう。外角高めなら遠心力が利いているため、多少振り遅れても、当たりさえすれば内野と外野の間に落とせるのではないか。よっぽど進言してやろうかと思ったが、まだ、自分はただの女子マネ、お手伝いさんだ。余計な事を言っても聞いてもらえない、それどころか反発を招きかねない。


 信頼だ、信頼が必要だ。このような事態を回避するためにも、これからやりたい事のためにも。


コマンドの定義についてはあくまで作者の見解です。ネットで調べたところ、ストライクゾーン上のピンポイントさとか、制圧する力がどうのこうのと書いているサイトもありました。

pitchf/xは三種類、同位置においたカメラで計測するそうです。再現性があるものとして扱っているようですが、間違えていたらごめんなさい。

今後も野球やセイバーメトリクスの解釈で誤り、明かな勘違いなどがあるかもしれません。

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