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小夜子の夏休み  作者: 阿蘭素実史
5/9

そのご。

 翌朝。日付を確認するまでもなく、八月二十九日を繰り返した私たちは、途方に暮れた。

 私が鏡の神さま……つまり雲外鏡を怒らせてしまったため、完全にチェックメイト状態になってしまった。身勝手と言われれば、身勝手だということは、自分でもよく分かっている。お願いしておいて、やっぱりナシって言われたら、神さまじゃなくても、きっと腹が立つ。

 だけど、だからこのままでいいって訳にもいかない。今日もお母さんは昨日と同じ朝食を作り、お父さんは昨日と同じ新聞に目を通す。そして、私と縁だけがそのループの外側にいて、ホントに頭がおかしくなってしまいそうだった。

「雲外鏡を、説得出来たらいいんだけど」

 第三回対策会議。今日も十一時から我が家に集まり、今後の対策を話し合った。だけど、中々良い結論が出ない中、そう切り出したのは縁だった。

「でも、なんだかものすごく怒ってたわよ。説得するなんてすごく難しそう」

 と私が言うと、縁は腕組みしながらうーん、うーんと考えを巡らせ、何か閃いたのかぽんっ、と両手を鳴らす。

「そうだ、相手は神様なんだし、何かお供え物をするなんてどうかな。これで、おしずまりくださいーって」

「お供え物って、油揚げとか?」

「いやいや、お稲荷様じゃないんだよ」

 と言われても、だいたいお供え物は、その神さまの好物が相場だけど、雲外鏡の好物なんて知らない。鏡に映った雲外鏡の姿は、普通の人間の女の子に見えたし、鏡の中にお供え物なんて出来ない。それこそ、火に油を注いでしまうような気がした。

「ごめんね」

 不意に私が言うと、縁は「どうしたの?」と驚いた。

「だって、全部私の所為なのに、関係ない縁を巻き込んじゃったんだもの」

 あの後、縁と別れてからずっと、雲外鏡の言った「身勝手」と言う言葉が、小骨のように私の胸に刺さっていた。マユツバだと思ってるにもかかわらないで、ウワサに頼った結果が、永遠に続く同じ日のループ。それに親友を巻き込んでしまった上に、こうして一緒になって悩んでくれる。

「友達だもん。関係ないってことはないよ」

 と言って、微笑む縁。私はそんな縁に感謝の気持ちでいっぱいだった。

 だけど、私も縁も迷路の行き止まりで立ち往生していた。

 選択肢がないわけじゃない。もう一度、今夜学校に忍び込んで雲外鏡を説得するのが、私たちに出来る一番の方法だった。

 だけど、あの時聞いたピアノの音や足音、唸り声が私を迷わせる。あれは空耳なんかじゃなかった。私たちのことを探して、追いかけて来ていた。あの時感じた恐怖はとても言葉になんかできない。

 もともとホラー映画なんてもともと得意じゃないし、お化け屋敷も大嫌い。だけど、雲外鏡は深夜十二時にならないと現れない。昼間の学校に忍び込んだって意味がない。もう一度、雲外鏡に会うためには、深夜の学校に忍び込み、迫りくる足音や唸り声を蹴散らさなければいけない。それは私にとって、ホラー映画を観ながらお化け屋敷探検するようなものだった。

 縁もきっと同じ気持ちだったんだと思う。だから、私たちは一時間近く、うーん、うーんと首をかしげながら悩んでいた。

 私としては、もうこれ以上縁を巻き込みたくないという思いもあった。

 だから「ここから先は、私だけでなんとかする」と言いかけたその時、突然、またしても縁が両手をぽんっと鳴らした。

「そうだ!!、圭介くんにお願いしようよ! 圭介くんだったら、腕力あるし、いざとなったら守ってくれるよ、きっと」

 とても妙案だった。だけど、そもそも私が雲外鏡にお願いしたのは、圭介のことがあったからで、なんだか気まずい。

 それでも、チェックメイト寸前の私たちが取ることのできる、最後の対策は圭介に協力を依頼することしかなかった……。


 縁はお昼過ぎに家に帰った。昨晩の疲れからか、少し縁は眠そうな顔をしていた。縁を見送った後、私は意を決して、圭介の家に向かうことにした。

 圭介の家は、私の家から大通りを挟んだ向かいの住宅地にあって、それほど遠くじゃない。そんな圭介の家には何度も遊びに行ったことがある。でも、それは私たちが小さかった頃のことで、圭介の家に行くのは、とても久しぶりのことだった。

 夏の名残を残した気だるい昼下がりの日差しの中、大通りにかかる歩道橋を渡って、圭介の家にたどり着くと、圭介は家の外で段ボール箱を抱えて何やら片づけをしていた。

「あれ? 小夜子じゃん。どうしたんだよ?」

 私が声をかけるよりも先に、圭介は私のことに気付いた。少しクセのある茶色の髪も、家の中より外で遊ぶことが好きで、すっかり日に焼けた笑顔も、幼稚園の頃から変わらない。

「その段ボール何?」

 圭介に近づくと、私は彼が抱えていた段ボール箱を指差して尋ねた。段ボール箱には『圭介・遊び道具』というマーカーの太い文字が書かれていた。

 すぐにピンときた。それが引越しの準備だということに。

 だけど、圭介は少し慌てたような顔をして視線を逸らすと「ナンデモネエヨ」とひどくたどたどしく言うと、そそくさと家の隣のガレージに段ボール箱を仕舞い込んでしまった。

 そういえば、どうして圭介は私に引越しのことを教えてくれなかったのだろう……。

 ガレージから戻って来た圭介は、いつもと同じ顔で、「それで、何の用?」と私に尋ねた。

「えっと……その、信じられないかもしれないんだけどね……」

 上手く説明するのは難しかった。

 多分圭介は、他の人たちと同じように同じ日を繰り返していると言う認識はなく、それを説明して理解してもらって、信じてもらうためには、私はひどく言葉足らずだった。

 私が鏡の神さまのウワサを信じて、雲外鏡に「明日が来ないように」とお願いした所為で、もう何回も同じ日、つまり八月二十九日を繰り返している。縁と一緒に雲外鏡にお願いをキャンセルしてもらうように、もう一度お願いに行ったけれど、雲外鏡は「身勝手なことを」と怒って、夜の校舎に「(しもべ)」を解き放った。もう私たちだけじゃどうすることも出来ない。だから、圭介に助けて欲しい。

 何度か同じことを言った気もするし、上手くまとめられなかった気もするけれど、圭介は日差しのキツイ玄関先で、黙って私の話を聞いてくれた。

「私の話、信じてくれる?」

 恐る恐る聞いてみる。すると圭介は屈託なく白い歯を見せて笑って、

「まあ、普通は誰もそんな話信じないよな。だってマンガじゃないんだし。でも、小夜子がそんな話して、俺をからかったりするようなヤツじゃないってこと知ってるし」

 と私の頭をぽんぽんっと軽く叩いた。

「それに……何かすっごく疲れた顔してるし」

「えっ!? 私そんな顔してる?」

 驚いて、私は自分の顔をぺたぺたと触ってみた。確かに、初めて雲外鏡にお願いしてから毎晩、疲れ切ってる気がする。こういうのを「身から出たサビ」と言うことは分かってる。だけど、好きな男の子の前で、疲れた顔をしているなんて、少し恥ずかしい。圭介はそんなこと気にするような男の子じゃないけれど。

「とにかく、その雲外鏡ってヤツを説得しに行くための、ボディガードが欲しいんだろ? そういうのは得意だ」

 と圭介はぶんぶんと両腕を振り回して見せる。昔から、圭介は腕力自慢だ。学校の成績はすこぶる悪いけれど、体育だけは得意。喧嘩も強い。だけど乱暴者じゃない。困っている人を見捨てておけないような、ヒーローみたいなやつ。だから、私はそんな圭介のことが好きなんだ。

「もしかしたらものすごく危険なことお願いしてるのかもしれないけど、頼めるのは圭介しかいないの」

「任せとけって、幽霊でも妖怪でも怪物でも、俺が全部ぶっ飛ばしてやる!」

 自信たっぷりの圭介はいつもよりも、ずっと頼りがいがあるような気がした。

 集合場所は学校の正門前。集合時刻は深夜十一時。それだけ伝えると、私は一端家に引き返した。きっとこれが最後になる。だから、ちゃんと体を休めておけ、と言うのは圭介からのアドバイスだった。

 

 そうして、体を休めるためにひと眠りして目覚めると、四度目の八月二十九日の夜がやって来た。

 「関係ないってことはないよ」と言ってくれたことは、とても嬉しかったけれど、やっぱりこれ以上縁を巻き込みたくなくて、私は親友に何も告げずに家を抜け出した。

 夜の学校に忍び込むのはこれで三度目になる。家からの抜けだし方にもすっかり慣れてしまい、いつも通りと言うのはちょっと変な話だけど、両親のいるリビングの脇をすり抜けて、夜の街へと繰り出す。

 何度繰り返しても、同じ湿度、同じ静けさ、同じ夜空の下の通学路を駆け抜けて、学校の正門にたどり着く。そこにはすでに圭介が待っていた。

 だけど、誰よりも心強い味方を手に入れたハズなのに、校門前で手を振る圭介の背後に佇む学び舎は、昨日の夜以来、まるでお化け屋敷のように思えて、私は思わず恐怖に憑りつかれたように立ち止まってしまう。

 あのピアノの音、ヒタヒタと追いかけてくる足音、この世のものとは思えない唸り声が、頭の中で蘇る。

 圭介はそんな私の傍に近づいてきて、

「そんなに不安がらなくたって大丈夫だよ」

 と励ますように、右手の金属バットを見せてくれた。

「兄ちゃんが昔使ってたバットをかっぱらってきたんだ」

 圭介のお兄さんは中学二年生。中学の野球部に所属してる坊主頭のお兄さんだ。そのバットは、圭介のお兄さんが小学生の頃、リトルリーグに入ってた時から愛用しているもので、良く圭介と一緒に河川敷の野球場まで応援に行った私も、そのバットに見覚えがあった。

「幽霊だか、妖怪だかに効くか分かんないけど、武器があった方がマシだろ。いざとなったら、俺がこいつで小夜子を守るから、そんな不安そうにしなくていいよ」

 まるで私を励ますように言うと、圭介は昼間と同じように、ぶんぶんとバットを振り回して見せる。

 バットはすでに何度も固い野球ボールを打ち返して、心なしかボロボロだったけれど、私には、おとぎ話の中に出てくる『勇者の剣』のようにも思えた。

「さて、その雲外鏡っていう分からず屋を、ぶっ飛ばしに行こうか」

 圭介の合図で、私は夜の校舎を見上げた。暗闇と静寂にに包まれた校舎は、まるで不気味に私たちを手招きしているかのようだった。だけど、もう引き返すことなんてできない。

 必ず、この繰り返す日々を終わらせる……! 

 私は恐怖心を振り払って、固く拳を握りしめた。

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