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小夜子の夏休み  作者: 阿蘭素実史
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そのに。

 私、鈴宮小夜子(すずみやさよこ)と、田沼圭介(たぬまけいすけ)は、幼稚園の頃からの幼なじみ。ずっとクラスも同じで、毎日一緒に遊んで、笑って、十一年間を育ってきた。

 時には喧嘩することもあったけど、次の日になったら、圭介が喧嘩したことを忘れていたり、私が折れて謝って、また元通り仲良しに戻れるような、そんな関係だった。

 私は、そんな幼なじみのことが、ずっと好きだった。

 幼稚園児のころ、明るくてやんちゃな圭介とは対照的に、私はすごく内向的な女の子だった。はっきりものを言うのが苦手な引っ込み思案で、『超』が付くくらい人見知りっ子だった。だから、大人たちは「お人形さんみたいで可愛いね」なんて言われたけど、ホントは、友達もいないような、クラスから浮いたような存在だった。

 だから時々、クラスの子たちにからかわれたり、いじめられたりすることがあった。

 すると決まって、圭介が私のことを助けてくれた。圭介は喧嘩に強かった。私のことを悪く言ったり笑ったりする子は『必殺顔面パンチ』、私のことを叩いたりする子は『必殺とび蹴りキック』で追い払ってくれた。そして、いつも泣きじゃくる私の頭をなでて、

「大丈夫。悪いやつは、俺がぜーんぶやっつけてやったから。小夜子のこといじめるやつは、絶対許さないから」

 と私が泣き止むまで、優しく声をかけてくれた。

 そんな圭介は、私にとってヒーローみたいな存在だった。

 勉強は苦手だけど、スポーツが得意。明るくてみんなの人気者。お調子者で、イタズラすることが大好きで、いつも先生に叱られてばっかだけど、ホントの圭介は、すごく優しい男の子だってことを、私が一番良く知ってる。

 それから、数年が過ぎて、私も圭介も十一歳になった。まだまだ子どもだけど、でも日々成長して、私は内向的じゃなくなった。縁みたいに親友と呼べる友達も出来たし、いじめられるようなこともなくなった。でも、私の圭介への想いは、あの頃からずっと変わらないままだった。

「好き」

 その言葉に意味がなければ、たった二文字の言葉を言うのは難しいことじゃない。だけど、その言葉を前にすると、なりを潜めたはずの「内向的な私」が顔をのぞかせる。それが嫌だから、思ってることと真反対のことを言って、「素直じゃない」と言われてしまうのだ。

 だけど、努力しなかったわけじゃない。それとなく気付いてもらえるように、圭介が「髪の長い子が好み」と聞きつければ髪を伸ばしたり、「女らしい子が好み」と聞きつければ喋り方を女の子らしくしてみたりした。

 でも、圭介は鈍感だから気付いてくれない。

 違う。気付いてもらいたければ、縁の言うようにちゃんと伝えなきゃいけない。それは分かってる。分かってるのに、「好き」って言ってしまえば何もかも終わってしまうような恐怖感に、私の足はすくんでしまう。

 だから、とうとうその日が来ても、きっと私は圭介に何も伝えられないかもしれない……。


 部屋の時計は、深夜十一時三十分を少し回ったところを指していた。縁が怒って帰ってしまってからずっと、圭介のことで頭がいっぱいになって、夜ご飯もそこそこに、布団にもぐりこんだものの、なかなか寝付けなかった私は、もう頭の中がパンクしそうだった。

 縁の言うとおり、圭介に想いを伝えるチャンスはもうあと一日しかない……。どうしたらいいのかと、悩んでいたその時、私はほとんど偶然に『学級新聞』のことを思い出した。

 私たちの通う小学校は昔から伝統的に、各クラスごとに新聞を作る。毎週発行されるその新聞の担当は、クラスのみんなで持ち回り。

 ちょうど、その記事が学級新聞に載せられたのは、夏休みが始まるひと月前の「学級新聞・七月号」だった。そしてトップニュースは、いつも通りおかしな内容だった。

『わらしちゃんの怪奇特集・真夜中の鏡の秘密!』

 季節を先取りしたみたいなホラー特集記事だけど、ホントは、そんなオカルトなニュースを載せるような新聞じゃない。

 クラスで起きた出来事や、自分たちの住む地域での出来事を記事にするのが学級新聞。例えば、運動会の話や地域清掃のボランティアの話、そういったものがトップニュースになるのが当たり前だけど、私たちのクラスの担任の先生はいつも、

「おもしろいから、いいじゃないか」

 アッハッハと笑って、こんな記事でも黙認してしまう。個性を伸ばす教育方針だか知らないけれど、私はその記事を、半分呆れながら読んだ。

 記事によると、小学校の屋上へ繋がる階段の踊り場には、一枚の大きな鏡があって、その鏡は私たちが生まれるよりもずっと昔、何代も前の校長先生が置いたもので、その理由は分からないけれど、毎日磨いてすごく大事にしていたそうだ。

 そうしてある日、鏡に神さまが宿った。神さまは、もうこの世にいない校長先生の代わりに、校長先生が自分と同じくらい大事にしていた、この学校の児童たちに恩返しをすることにした。

 『深夜十二時ちょうど。鏡の前で願えば、どんな願い事でも鏡の神さまが叶えてくれる。真実か嘘かは、あなた自身で調べてみるしかないだろう……』

 と、記事は締めくくられていた。

 私はみんなが喜ぶようなウワサ話にとても疎い。もともとそういう話に興味がなかったし、最初から「嘘っぽい」と決めてかかる癖があった。

 だから、その記事を読んだ時は、とんだマユツバだと思った。

 だけど、もしもマユツバじゃなくって、ホントに願いが叶うとしたら。明日が来ないように願うことが出来たら、きっと圭介は引越しすることはなくなるし、ずっとずっと私たちは友達でいることが出来る。


 そうだ、鏡の神さまにお願いしよう!


 そう決心して、私は布団を跳ねのけると、急いで髪を縛って、パジャマから動きやすい服装に着替えた。もちろん、夜の学校に忍び込むためだ。でも、どうやって忍び込むかなんて考えている暇はなかった。

 学校までは、片道十五分。学校に忍び込み、屋上まで五分としたら、神さまがお願いを聞いてくれる、深夜十二時ちょうどにはギリギリだ。

 私はそっと部屋のドアを開け、階下の玄関へ向かった。途中リビングの前を通り過ぎるとき、両親がテレビを見て笑う声が聞こえた。ちょっとドキドキしたけれど、私の気配には気が付かなかったみたい。なるべく音をたてないように靴を履いて、玄関の扉もそっと開けて、夜の街に飛び出す。

 こんな夜遅くに街に出るのは、生まれて初めて。

 近所は何処も静まり返っていて、夏の気だるい空気は少しばかり冷え、夜空には星がキラキラしていて、通いなれたはずの通学路がまるで違う道のように思える。

 私はそんな夜の街を全速力で駆け抜けた。

「あと十分!」

 学校に着いたとき、家から持ってきた腕時計の針はちょうど十一時五十分を指していた。

 校門は予想通り、鎖で固く閉められていて、これを乗り越えるのは無理っぽい。私はすぐに、学校の裏手に回った。

 学校の裏手にあるフェンスは一か所だけ穴が開いていることを、ずっと前に圭介から聞いていた。そんなところを潜って学校に入るなんて初めてだけど、穴は意外と大きくて、すんなり通過することが出来た。

 裏庭を駆け抜けて、今度は校舎内に入れそうな場所を探す。これが一番問題だった。さすがに窓ガラスを割って侵入するわけにはいかないし、昇降口も夏休みだから、シャッターが下ろされている。

 どこか入れる場所はないか、と探し回っているうちにどんどん時間は過ぎていく。だんだんと気持ちが焦ってくる。

 と、校舎の前側に回ったその時、私は廊下の窓の鍵が一か所だけ開いているのを発見した。先生が戸締りを忘れたのか、誰かが悪戯したのかは分かんないけど、ラッキーと思いつつ、私は急いで窓を開け、夜の校舎に忍び込むことに成功した。

 あとは屋上へ駆け上がるだけ。真っ暗な廊下や階段は、まるでホラー映画のようで怖かったけれど、グズグズしてる時間はなかった。 

 残り五分……!  タイムリミットに間に合わなかったら、圭介は引っ越してしまう。

 心臓が壊れちゃうかもしれないくらい私は息を切らせて、四階建ての校舎を屋上まで駆け上った。

「鏡、鏡はどこ?」

 屋上階段の踊り場にたどり着いて、息を整えながら、あたりを見回して鏡を探す。

 踊り場は黒い絵の具で塗りつぶしたみたいに、真っ暗だった。だけど、その鏡だけがなぜか、うすぼんやりと月の光を反射して、存在感をアピールしているみたいに光っていた。

 ちょうど、私の頭からつまさきまでが入るくらい大きな姿見鏡。どうして、こんなに大きな鏡が、誰も来ないようなこんな場所にひっそりと置かれているのかはよく分からない。きっと先生たち大人にきいても、答えは返って来ない。

 でもそんなことは、どうだっていい……。

 腕時計の針は、深夜十二時目前。

 私はゆっくりと、鏡の前に立って、自分の姿を映しこんだ。

 秒針が、コチコチとその時を刻む。

 鏡のなかの自分に向かって両手を合わせて、祈るような気持ちで鏡にお願いする。


『どうか、ずっと明日が来ませんように……!』

 

 ゆらり。すこしだけ鏡が歪んだような気がした。

 だけど、それ以上何も起きたりしなかった。私は五分くらいずっと、祈りのポーズで鏡の前に立ち尽くしたけれど、何も起きなかった。

「やっぱり、マユツバじゃない」

 私はため息交じりにひとり言を言うと、くるりと踵を返して、階段を降りた。なんだかどっと疲れてしまった。

 やっぱり神さま頼みなんて、それこそマユツバなんだ……と、私は肩を落としながら家路に就く。

 その時、私の背後で鏡の中に、私ではない何か、が映っていたことなんて、気付きもしなかった。

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