そのいち。
はじめまして&こんにちわ。雪宮鉄馬です。
本作を見つけて頂き、ありがとうございます。
久しぶりの投降と言うこともありまして、リハビリも兼ねてはいるものの、今回は、時雨瑠奈様とのコラボレーション企画として打ち出した小説となっております。
時雨様が原作を、私が執筆を担当しました。
それほど長いお話ではありませんが、普段の私とは違う雰囲気のお話となっておりますので、最後までお付き合いいただけたら、大変うれしく思いますので、何卒よろしくお願いいたします。
誰かに「好き」と伝えることはとても難しいことで、想いはあっても、言葉に変える勇気が、私にはなかった。もしも言葉にした瞬間、想いが受け入れてもらえずに、砕け散ってしまったら? 私たちは今まで通り名前で呼び合うことも、会話をすることも、笑い合うこともなくなってしまうかもしれない。それがとても怖かった。
どうせ、明日も一緒にいるんだし、どうせ、その次の日も、またその次の日も、変わらない日々がずっと続いていくんだから、わざわざ私が想いを伝えて、明日を壊してしまう必要なんかどこにもないんだ。
臆病な自分への言い訳だと分かっていても、私はずっとそう思って、想いをひたすら隠していた。
この物語は、私が小学五年生の頃、まだ臆病だった頃の、少し不思議なお話……。
夏休みも残り三日。それなのに毎日暑い日が続き、夏の終わりを告げるツクツクボウシの鳴き声さえ、気だるく感じてしまう午後。
私は、クラスメイトで親友の静沢縁と、冷房のよく効いた私の部屋でおしゃべりに花を咲かせていた。話題は、これと言って他愛ないもので、昨日のテレビドラマのこと、夏休みの出来事、最近近所にオープンした美味しいお菓子屋さんのこと。
だけど私は縁と会話しながらずっと、そわそわして落ち着かなかった。時計を見たり、やたらとジュースに口を付けたり、時々イライラしていると、そういう私の落ち着きのなさに気付いた縁が、ちょっとだけ怪訝な顔をして、「ねえ、小夜ちゃん。聞いてる?」と言ってくる。
その度に「聞いてるわよ!」と返すものの、また十分もしないうちに「ねえ、聞いてる?」と尋ねられる。
そういうことを十回も繰り返せば、縁は私の顔をじっと見つめて、ははーん、と納得したような顔をしてくるから、私は困ってしまった。
縁は十一歳にしては小柄で、くりくりした大きめの瞳と、パッツン前髪のおかっぱ頭で、大人しくてマスコットキャラみたいに可愛い女の子だ。私以外のクラスメイトからは、その見た目から「座敷童ちゃん」と呼ばれているけれど、実はホントに妖怪なんじゃないかって思うくらい、縁はカンが鋭かった。
だから、縁がははーんと言う表情をするときは、たいてい私の心の内を見透かしているときだった。
「さては、圭介くんを待ってるんだね?」
ニヤリ。縁が口の端っこを持ち上げるように笑う。もう普段の縁からは考えられないくらい、意地悪で黒い笑顔。
「な、ななな、何言ってんのよ縁! な、何で私があんなバカを待ってなきゃいけないのっ!?」
と、慌てて言いかえすけど、自分でもわかるくらいバレバレだった。そんな私に縁は更に黒い笑顔を浮かべて、縁劇場を始める。
「何でって、いつも夏休み三日前になると、『頼む小夜子! 宿題見せてくれ!』って小夜ちゃん家に駆け込んで来るじゃん。それで、『いやよ。宿題せずに遊んでばっかだった、あんたが悪いのよ』って小夜ちゃんが言うと、圭介くん『じゃあいいよ、小夜子のケチ! 縁に見せてもらうから!』って怒っちゃって、そしたら今度は小夜ちゃんが『ちょっと待って!』って圭介くんの腕をつかんで、『なんだよ?』ってぶっきらぼうに答える圭介くんに小夜ちゃんが、『し、仕方ないから、今回だけは見せてあげるわよ。べ、別にあんたのためじゃないんだから。縁が迷惑にならないように見せてあげるだけなんだから』ってツンデレさん丸出しで言うと、圭介くんが……」
「わーっ、わーっ!! いい、やめて、再現しないでっ!!」
私はとっさに、私役と圭介役を声音を分けて再現しようとする縁の口を、両手で力いっぱい押さえた。
「何で、そんなに細かいとこまで覚えてるのよっ!?」
「むぐぐっ、息出来ないっ。苦しいよ。手、放してっ」
危うく窒息しそうな縁が、ギブギブと床を叩きながら顔を赤くしてる。あわてて私の手をほどいた。
「何でって、毎年やってるから憶えちゃったよ。もー、お笑い番組のコントみたいだよ。毎年、同じセリフで、同じ展開なんだもん、笑っちゃうよ」
縁はくすくすと笑いをかみ殺すみたいに、私に言った。
確かに、縁の言うとおり、私と圭介は毎年同じようなやり取りを繰り返してきた。そもそもあのバカが宿題やらずに、真っ黒になるまで遊びまわってるのが悪いのだけど、結局宿題を見せてあげる私も私だった。
「コントってヒドイ……。私だって、別に『好き』でやってるわけじゃないんだけど」
ちよっとバツが悪くって、テーブルの上のジュースを口に含んだ。その瞬間だった。
「でもでも、小夜ちゃんは圭介くんのこと『好き』なんだよねー?」
またしても、縁が意地悪な笑顔を浮かべ、私の顔面にスマッシュをぶつけてくる。おかげさまで、私は思わず、口に含んだジュースを勢いよく吹き出してしまった。
「だ、だだだ、誰が誰を好きなのよっ! 誤解しないでよっ!!」
「もー、小夜ちゃん、きたないよっ。って言うか、バレバレだよそんなの」
カラカラと笑う縁は、座敷童なんかじゃなくて、どこか小悪魔みたいだった。
「でもさぁ……」
テーブルを拭く縁の手が、ピタッと止まる。
「待ってても、圭介くん今年は来ないんじゃないかな?」
「え? どうして?」
私はきょとんとしてしまう。毎年の恒例イベント。今年だって、圭介が「宿題見せて」とやって来ると思っていた。だって、あいつの性格からして、絶対宿題を終わらせてなんかいない。圭介は、優等生とは真反対の方向へダッシュしてるような子だから。
縁は少しだけ溜息を吐いて、声のトーンを落とした。
「だって明後日引っ越すんでしょ? だったら、宿題見せてくれ、なんて言わないよ、ふつう……」
「はぁ? 誰が引っ越すのよ?」
私がまだきょとんとしていると、縁は大きな目をひときわ見開いて、びっくりした顔をする。
「えっ!? もしかして知らないの? って言うか何も聞いてないの? ホントに?」
「うん。何も聞いてない」
と私が答えると、縁はわなわなと震えた。
「良い? 良く聞いて。圭介くんのお家、夏休みの終わりにお父さんのお仕事の都合で、転校するんだよ。私たち子どもじゃ行けないくらい遠い街に引っ越しちゃうんだよ。もう二度と会えないかもしれないんだよ? ホントに、ホントに知らなかったの?」
縁の眼も顔も嘘なんかついていなかった。それに、時々カンが鋭かったり、ちょっとからかうようなことを行ったりする縁だけど、そんな嘘を吐いたりするような悪い子じゃないことは、私が一番よく知っていた。
私は頷き返しながらも、目の前がぐらぐらするような感覚を覚えた。
突然舞い込んだ、予想すらしなかった出来事を「せいてんのへきれき」と言う。一学期の最後の授業で習ったことわざ。まさに、私は「せいてんのへきれき」に、頭の上からトドーンと打たれたような状態になった。
圭介が引っ越す? 遠くの街へ行っちゃう? 二度と会えない?
「そっか、知らなかったんだ。小夜ちゃん、いつも通りだったから、変だと思ってたんだよ……」
再び縁が溜息を吐く。だけど、私の頭の中はパニック状態みたくなって、それどころじゃなかった。
明日も、その次の日も、また次の日も、いつものように圭介と笑ったり怒ったりする毎日が、続いていくんだって思ってた。当り前のように思っていた明日が来ないなんて、そんなことあり得ないと思ってた。安心していたって言ってもいいかもしれない。
神さまは、なんて意地悪なんだろう。縁の数倍、ううん、数百倍も意地悪だ……。
その時、私の思考回路は『どうして圭介は、私にだけ引越しのことを教えてくれなかったのか?』なんてことに気付かなかった。
「小夜ちゃん。今からでも遅くないよ! 圭介くんに、好きって言いに行こうよ!」
真剣な顔して縁が私に提案する。だけど、私は頭を強く左右に振った。
「いやっ。そんな告白みたいなこと、出来るわけないでしょ」
「どうして? 圭介くん、遠くに行っちゃったら、もう会えないかもしれないんだよ。後悔するなんて、小夜ちゃんらしくないよ」
「だって、だって……」
だって、もしも圭介が私のこと何とも思ってなかったら、きっと私たちの友情なんてあっさり崩れてしまう。気まずいまま別れ別れになってしまう。それなら、いっそ何も言わないでおいた方が、言いに決まってる。
「だって私、べ、別に圭介のこと、何とも思ってないしっ」
「もーっ、ウソばっか! どうして、つまんないトコで素直になれないの?」
縁は頬をぷーっと膨らませて私のことを叱る。親友の縁は、私が意気地なしの臆病者だってことを、良く知ってる。それでいて、意地っ張りだから、
「ど、どうせ私は素直じゃないわよ。放っといて」
と、ついつい売り言葉に買い言葉みたいになってしまう。
「何それっ。私は、小夜ちゃんのこと心配してるんだよ」
「心配して、なんて言ってないわよっ」
「あっそう。わかりましたっ。じゃあ、好きにしたらいいよ」
珍しく縁は本気で怒っているみたいだった。眉を吊り上げて立ち上がると、大げさに足音を立てながら、私の家から出て行ってしまった。
静まりかえった部屋に残された私は、縁を追いかけることも出来ないまま、ただひたすら現実を受け止めようとしていた。だけど、縁の言うように「好き」なんて圭介に言う勇気なんて、これっぼっちもないし、かと言って、このまま圭介が何処か知らない街へ行ってしまうのを、黙って見ていることも出来そうになかった。
そんな私は、夕陽の色に染まった窓辺をぼんやりと眺めながら、ふと思った。
『いっそ明日なんて来なければいい。ずっとずっと、このまま今日が続けばいいのに……』と。