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小夜子の夏休み  作者: 阿蘭素実史
1/9

そのいち。

はじめまして&こんにちわ。雪宮鉄馬です。

本作を見つけて頂き、ありがとうございます。

久しぶりの投降と言うこともありまして、リハビリも兼ねてはいるものの、今回は、時雨瑠奈様とのコラボレーション企画として打ち出した小説となっております。

時雨様が原作を、私が執筆を担当しました。

それほど長いお話ではありませんが、普段の私とは違う雰囲気のお話となっておりますので、最後までお付き合いいただけたら、大変うれしく思いますので、何卒よろしくお願いいたします。

 誰かに「好き」と伝えることはとても難しいことで、想いはあっても、言葉に変える勇気が、私にはなかった。もしも言葉にした瞬間、想いが受け入れてもらえずに、砕け散ってしまったら? 私たちは今まで通り名前で呼び合うことも、会話をすることも、笑い合うこともなくなってしまうかもしれない。それがとても怖かった。

 どうせ、明日も一緒にいるんだし、どうせ、その次の日も、またその次の日も、変わらない日々がずっと続いていくんだから、わざわざ私が想いを伝えて、明日を壊してしまう必要なんかどこにもないんだ。

 臆病な自分への言い訳だと分かっていても、私はずっとそう思って、想いをひたすら隠していた。

 この物語は、私が小学五年生の頃、まだ臆病だった頃の、少し不思議なお話……。


 夏休みも残り三日。それなのに毎日暑い日が続き、夏の終わりを告げるツクツクボウシの鳴き声さえ、気だるく感じてしまう午後。

 私は、クラスメイトで親友の静沢縁(しずさわゆかり)と、冷房のよく効いた私の部屋でおしゃべりに花を咲かせていた。話題は、これと言って他愛ないもので、昨日のテレビドラマのこと、夏休みの出来事、最近近所にオープンした美味しいお菓子屋さんのこと。

 だけど私は縁と会話しながらずっと、そわそわして落ち着かなかった。時計を見たり、やたらとジュースに口を付けたり、時々イライラしていると、そういう私の落ち着きのなさに気付いた縁が、ちょっとだけ怪訝な顔をして、「ねえ、小夜ちゃん。聞いてる?」と言ってくる。

 その度に「聞いてるわよ!」と返すものの、また十分もしないうちに「ねえ、聞いてる?」と尋ねられる。

 そういうことを十回も繰り返せば、縁は私の顔をじっと見つめて、ははーん、と納得したような顔をしてくるから、私は困ってしまった。

 縁は十一歳にしては小柄で、くりくりした大きめの瞳と、パッツン前髪のおかっぱ頭で、大人しくてマスコットキャラみたいに可愛い女の子だ。私以外のクラスメイトからは、その見た目から「座敷童ちゃん」と呼ばれているけれど、実はホントに妖怪なんじゃないかって思うくらい、縁はカンが鋭かった。

 だから、縁がははーんと言う表情をするときは、たいてい私の心の内を見透かしているときだった。

「さては、圭介くんを待ってるんだね?」

 ニヤリ。縁が口の端っこを持ち上げるように笑う。もう普段の縁からは考えられないくらい、意地悪で黒い笑顔。

「な、ななな、何言ってんのよ縁! な、何で私があんなバカを待ってなきゃいけないのっ!?」

 と、慌てて言いかえすけど、自分でもわかるくらいバレバレだった。そんな私に縁は更に黒い笑顔を浮かべて、縁劇場を始める。

「何でって、いつも夏休み三日前になると、『頼む小夜子! 宿題見せてくれ!』って小夜ちゃん家に駆け込んで来るじゃん。それで、『いやよ。宿題せずに遊んでばっかだった、あんたが悪いのよ』って小夜ちゃんが言うと、圭介くん『じゃあいいよ、小夜子のケチ! 縁に見せてもらうから!』って怒っちゃって、そしたら今度は小夜ちゃんが『ちょっと待って!』って圭介くんの腕をつかんで、『なんだよ?』ってぶっきらぼうに答える圭介くんに小夜ちゃんが、『し、仕方ないから、今回だけは見せてあげるわよ。べ、別にあんたのためじゃないんだから。縁が迷惑にならないように見せてあげるだけなんだから』ってツンデレさん丸出しで言うと、圭介くんが……」

「わーっ、わーっ!! いい、やめて、再現しないでっ!!」

 私はとっさに、私役と圭介役を声音を分けて再現しようとする縁の口を、両手で力いっぱい押さえた。

「何で、そんなに細かいとこまで覚えてるのよっ!?」

「むぐぐっ、息出来ないっ。苦しいよ。手、放してっ」

 危うく窒息しそうな縁が、ギブギブと床を叩きながら顔を赤くしてる。あわてて私の手をほどいた。

「何でって、毎年やってるから憶えちゃったよ。もー、お笑い番組のコントみたいだよ。毎年、同じセリフで、同じ展開なんだもん、笑っちゃうよ」

 縁はくすくすと笑いをかみ殺すみたいに、私に言った。

 確かに、縁の言うとおり、私と圭介は毎年同じようなやり取りを繰り返してきた。そもそもあのバカが宿題やらずに、真っ黒になるまで遊びまわってるのが悪いのだけど、結局宿題を見せてあげる私も私だった。

「コントってヒドイ……。私だって、別に『好き』でやってるわけじゃないんだけど」

 ちよっとバツが悪くって、テーブルの上のジュースを口に含んだ。その瞬間だった。

「でもでも、小夜ちゃんは圭介くんのこと『好き』なんだよねー?」

 またしても、縁が意地悪な笑顔を浮かべ、私の顔面にスマッシュをぶつけてくる。おかげさまで、私は思わず、口に含んだジュースを勢いよく吹き出してしまった。

「だ、だだだ、誰が誰を好きなのよっ! 誤解しないでよっ!!」

「もー、小夜ちゃん、きたないよっ。って言うか、バレバレだよそんなの」

 カラカラと笑う縁は、座敷童なんかじゃなくて、どこか小悪魔みたいだった。

「でもさぁ……」

 テーブルを拭く縁の手が、ピタッと止まる。

「待ってても、圭介くん今年は来ないんじゃないかな?」

「え? どうして?」

 私はきょとんとしてしまう。毎年の恒例イベント。今年だって、圭介が「宿題見せて」とやって来ると思っていた。だって、あいつの性格からして、絶対宿題を終わらせてなんかいない。圭介は、優等生とは真反対の方向へダッシュしてるような子だから。

 縁は少しだけ溜息を吐いて、声のトーンを落とした。

「だって明後日引っ越すんでしょ? だったら、宿題見せてくれ、なんて言わないよ、ふつう……」

「はぁ? 誰が引っ越すのよ?」

 私がまだきょとんとしていると、縁は大きな目をひときわ見開いて、びっくりした顔をする。

「えっ!? もしかして知らないの? って言うか何も聞いてないの? ホントに?」

「うん。何も聞いてない」

 と私が答えると、縁はわなわなと震えた。

「良い? 良く聞いて。圭介くんのお家、夏休みの終わりにお父さんのお仕事の都合で、転校するんだよ。私たち子どもじゃ行けないくらい遠い街に引っ越しちゃうんだよ。もう二度と会えないかもしれないんだよ? ホントに、ホントに知らなかったの?」

 縁の眼も顔も嘘なんかついていなかった。それに、時々カンが鋭かったり、ちょっとからかうようなことを行ったりする縁だけど、そんな嘘を吐いたりするような悪い子じゃないことは、私が一番よく知っていた。

 私は頷き返しながらも、目の前がぐらぐらするような感覚を覚えた。

 突然舞い込んだ、予想すらしなかった出来事を「せいてんのへきれき」と言う。一学期の最後の授業で習ったことわざ。まさに、私は「せいてんのへきれき」に、頭の上からトドーンと打たれたような状態になった。

 圭介が引っ越す? 遠くの街へ行っちゃう? 二度と会えない?

「そっか、知らなかったんだ。小夜ちゃん、いつも通りだったから、変だと思ってたんだよ……」

 再び縁が溜息を吐く。だけど、私の頭の中はパニック状態みたくなって、それどころじゃなかった。

 明日も、その次の日も、また次の日も、いつものように圭介と笑ったり怒ったりする毎日が、続いていくんだって思ってた。当り前のように思っていた明日が来ないなんて、そんなことあり得ないと思ってた。安心していたって言ってもいいかもしれない。

 神さまは、なんて意地悪なんだろう。縁の数倍、ううん、数百倍も意地悪だ……。

 その時、私の思考回路は『どうして圭介は、私にだけ引越しのことを教えてくれなかったのか?』なんてことに気付かなかった。

「小夜ちゃん。今からでも遅くないよ! 圭介くんに、好きって言いに行こうよ!」

 真剣な顔して縁が私に提案する。だけど、私は頭を強く左右に振った。

「いやっ。そんな告白みたいなこと、出来るわけないでしょ」

「どうして? 圭介くん、遠くに行っちゃったら、もう会えないかもしれないんだよ。後悔するなんて、小夜ちゃんらしくないよ」

「だって、だって……」

 だって、もしも圭介が私のこと何とも思ってなかったら、きっと私たちの友情なんてあっさり崩れてしまう。気まずいまま別れ別れになってしまう。それなら、いっそ何も言わないでおいた方が、言いに決まってる。

「だって私、べ、別に圭介のこと、何とも思ってないしっ」

「もーっ、ウソばっか! どうして、つまんないトコで素直になれないの?」

 縁は頬をぷーっと膨らませて私のことを叱る。親友の縁は、私が意気地なしの臆病者だってことを、良く知ってる。それでいて、意地っ張りだから、

「ど、どうせ私は素直じゃないわよ。放っといて」

 と、ついつい売り言葉に買い言葉みたいになってしまう。

「何それっ。私は、小夜ちゃんのこと心配してるんだよ」

「心配して、なんて言ってないわよっ」

「あっそう。わかりましたっ。じゃあ、好きにしたらいいよ」

 珍しく縁は本気で怒っているみたいだった。眉を吊り上げて立ち上がると、大げさに足音を立てながら、私の家から出て行ってしまった。

 静まりかえった部屋に残された私は、縁を追いかけることも出来ないまま、ただひたすら現実を受け止めようとしていた。だけど、縁の言うように「好き」なんて圭介に言う勇気なんて、これっぼっちもないし、かと言って、このまま圭介が何処か知らない街へ行ってしまうのを、黙って見ていることも出来そうになかった。

 そんな私は、夕陽の色に染まった窓辺をぼんやりと眺めながら、ふと思った。

『いっそ明日なんて来なければいい。ずっとずっと、このまま今日が続けばいいのに……』と。


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