六話
さて、長々とした俺の過去に付き合ってくれてありがとう。そろそろ物語を現代へと戻そうと思う。
アキラとSINGO、そしてノートパソコン画面にタクと書かれた俺の3人で面白おかしいチャットトークを2時間ほど行ったのち、アキラが風呂に入って来ると言いだしたので、取り残された俺達二人はいつもの恒例行事になりつつあるコンビニへ買い物に行く、という行動にでることにした。 長時間座りっぱなしだったため多少肩と腰がしっくりとこないダルさを感じさせているが、元気印の伸吾にはそんな症状は出てはいないらしい。一般人の俺は立ち上がると一度大きく伸びをし、財布と携帯をポケットへとねじり込み、半ば急ぎ足を伸吾に急かされながら家を後にした。
――――これが俺の普通人生への別れを告げる第一歩とは思わずに。
時は秋、空も完全に黒一色へと衣替えを完了し、虫の大オーケストラが五月蠅く聞こえてくる。そんな素晴らしい音楽に俺が聞き入りながら歩いている中、伸吾が思い出したように俺が聞きたくなかった言葉を口に出してきた。
「そういえばもう少しで文化祭ですねぇ。オラ、ワクワクしてきたぞ♪」
完全に忘れていた…。そう、もう少しで黒須が暴れまわるであろう一大イベントの一つ、文化祭が始まるのである。いつものパターンから行くとまたも俺が巻き込まれるのは目に見えている。いや…今回は…今回こそは俺はノータッチで一般人のように普通に文化祭を楽しみたい。拒否する決意を脳に刻み、伸吾の文化祭に向ける熱い決意を聞き流しながらコンビニへと続く道へと足を急がした。
コンビニへと到着するとまず目に入ったのは昨日も目にしたボロ服の少女である。その少女は前見たときとなんら変わった様子はなく、外のベンチで秋の夜空を見上げていた。
「お。またあの子居るじゃん。俺が来るのを待っていたのかな?そうよねそうよね?」
それを確認した伸吾が100%ありえないであろうことを満面の笑みで口に出す。
「さっさと買って帰るぞ。」
「もぉ。夢が無いのねぇ。私はあなたをそんな子に育てた覚えは無いわ!」
お前の親もお前がそんな子に育つとは思わなかったさ。
案の定その少女は俺達に目をくれることもなく、伸吾だけがその子を凝視しながら嫌々と店内へと入った。
今日も店内に客の姿は見れず、俺達二人だけが忙しく商品を物色していく。そしていつものように飲料水を一本、夜食になりそうな炭水化物を少々買い込みレジへと持っていった。ふと後ろに位置する伸吾に目をやると、その右手のカゴには酒が3本、つまみと思われる乾燥肉、そしてスナック菓子が投げ込まれていた。もちろん俺達未成年。そんなものの購入を店員が許すわけがない。俺の会計が無事終了し、伸吾の会計へ。
「1435円になります。」
未成年なんのその。なんて素晴らしい店員だろう。
それとは別に、これもいつものことであるが伸吾は店員へ肉まん一つを要求し、外に出るとその包み紙をはがし始めた。
「ん、ん〜。」
その横で俺は大きな欠伸と共にまたも伸びをし…どうやら体を伸ばすのは俺の癖のようだな…。と、天空へと大きく上げた両腕をおろし終わる前に、肉まんの良い匂いを俺の鼻へと感じさせながら伸吾が俺にしか聞こえないような小さな声で喋りかけて来た。
「なぁ拓…またあの子こっち見てるぜ?」
『あの子』と言われ頭に浮かぶのはベンチに座っている少女以外には居ないであろう。俺は首から上は動かさず、目玉だけをその人物の方向へと向け様子を見ることにした。
「…………」
うん。確かに見ている。しかもチラッと見るような感じじゃない。凝視だ。間違いなく俺達二人を凝視している。
「やっぱり俺に気があるのですよぉ〜あの子♪これはもう声かけるしかない!そうだ!その通りだ!」
待て、落ち着け。と、俺が声を出す前にすでに伸吾は少女へと足を進めてしまっていた。
「ねぇねぇ君ぃ〜。俺のこと見てたけど何かようかい?何か困ってることがあったら手を貸すよ〜♪」
完全に犯罪者へと変貌しているような伸吾に対し、話しかけられた少女は一言も喋らず目の前の馬鹿者を凝視していた。
「落ち着け伸吾。お前完全に危ない人になってるぞ。」
と、急いで止めに入ると俺の顔を見た少女が、俺へと顔を移し、初めて口を開いてきた。その時の表情は無表情であったが、何故か俺には生き別れた母を三千里歩きようやく発見を果たしたマルコのような…そんな感じに見えた。なんでだろうか。
「りゅう……?」
「?」
多分俺に向けて発せられた言葉なのであろうが、その言葉が意味することが俺にわかるはずがない。
そして少女は俺から顔をそらさずにフラフラとベンチから立ち上がると…。
「!?」
なんと地面へと倒れ込んでしまった。それも顔面からダイレクトに地面へと爽快に。ただたんに転んだだけでは無い様子、そして倒れ込んだままピクリとも動かない彼女の体に動揺しない奴なんて居ないだろう。いたら脳のネジが一本足りない奴だけだ。
「おいおい!洒落にならんぞ!?どうしたんだ!?」
慌てふためく俺に対し、伸吾は肉まんを口に含んだまま完全に体が固まった様子で、瞳をこれ以上出来ないくらいに見開いていた。
「ど…どうする!?」
と、俺の脳がパニックにより落ち着いた思考が不可能だと示している時、コンビニの奥から先ほどレジに立っていた店員が外へと顔を出した。その店員は俺や伸吾と違い、落ち着いた様子で腰に両腕をやると、やれやれと言った表情で俺達へと言葉を投げかけた。
「はぁ。またその子ですか。」
「???」
俺&伸吾からクエスチョンマークが量産される。
「その子あなた達の知り合いですか?夜になるといっつもここに座っていてね。多分腹が減っているからでしょうが、時々こうやって倒れてしまっているんですよ。」
ここまで聞いてようやく我が頭脳が落ち着きを取り戻し、現状を整理するに至った。そして何とか唇を上下に動かし店員の問へ答えを投げる。
「いえ…俺達の知り合いってわ…」
「君達の知り合いなら話は早いね。連れ帰ってくないかな。俺も倒れているのを見つけた時はバイト代をはたいて飯をやってたんだけどね。おっと、客が来たんで俺は店に戻るよ。」
と、俺が言い切る前に店員が次の言葉を出し、店の奥へと姿を消してしまった。
…厄介事押しつけたな、あの店員。
「…………」
助けを求めるような目で伸吾の奴へと目線を送るが、奴はまだ固まったままのようだ。どないせいってんだ。このまま放っておくわけにもいくまい。俺の善良なる人間性的にな。
「…仕方がない。とりあえず家に連れていこう。」
俺は決心を堅め、少女を背中へと抱えこむ。薄汚れた少女のボロ着からは、なんとも言えない異臭と衣服に染みついた汚れが体中についたがそんなことを気にしている状況では無い。…本音を言うと女の子を抱いたのなんて始めてってのが大きいが。
動かせる足をつかい硬直した隣のアホ面した奴へと一度蹴りを入れ、ハッと言った表情の伸吾と共に帰路へとついた。