十話
やっちまった。
太陽は見事に一日で一番高いであろう位置に昇りきり、秋にしては暖かくて丁度よい昼下がりの道路で俺を含む三人は歩いていた。
半ば放心状態で汗も干上がり、もう幾度目かわからないため息をつく俺、俺の手首を握りしめ相変わらす無表情のルイ、そして未来への希望に満ちあふれたような表情の伸吾。
さて、何故このような状況になったのか、そして何に『やってしまった』かと言うと……
説明のため、時を2時間ほどさかのぼることにしよう。
俺、伸吾、ルイと名乗る少女の三人は近くの交番へと足を進めていた。
学校はどうしたかって? 聞くな。サボりだ。
まぁ、そういうわけで俺達は朝速くに交番へとたどり着くことに成功したわけだ。
そこは田舎にありがちな昔ながらの交番で、中に入ると丁度良い気温に保たれた空気と一人の警察官が俺達を出迎えてくれた。
「ん〜。その子についての捜索願は出てないなぁ」
と、10分前からルイについての情報を、本部に電話で調べてくれていた中年で人の良さそうな警察官が、黙って棒立ちしている俺達三人に結果を伝えてくれた。
「え……」
交番に到着した時点で、この正体不明少女の出来事は全て解決したであろうと、たかをくくっていた俺は見事なる不意打ちにあい動揺してしまった。
「名前や特徴、身長なども全部報告したんだけど、該当するものは無いらしいんだよねぇ」
「そうなると……どうなるんでしょうか?」
「う〜ん。とりあえずは、こちら側でその子の身柄を保護しておくとしましょう」
「はぁ」
と、ここで俺の手を掴んで放さないルイへと警官が歩みより、目線を同じ高さにし、中腰のまま手を差しのべた。
「ルイ……さん、だったよね?」
「…………」
「私達の所へ来たならもう安全だ。早急に保護者の方を探してみせるよ」
「…………」
誰から見ても雰囲気の良い印象を受けるであろう警官が、表情を柔らかくしルイへと喋りかけている。
が、当人はそれにまったく応じようとしてないではないか。
「どうした?」
と、俺がルイへと声をかけてみる。
しかし、それにも応答をせず、無表情で俺の手を掴んでいる。
ここで警官が俺達へと、もう半歩ほど接近して来た。が、これに何を思ったか知らんが、ルイは俺の背中へと体を隠してしまった。
「うーん……」
これには警官も声を出し、人見知りする子にどうにかして親しくなろうと頑張ってはいるがまったく相手にされない大人のような、困った表情を見せてきた。
てか、俺も困るんだが……。
「大矢さんから放れたくないのかな?」
とんでもないことを警官が口にした。すでに忘れてしまっている読者が大多数だとは思うが、『大矢』とは俺のことだ。
う……なにか……なにかわからんが、嫌な予感がヒシヒシとしてきたぞ。
「一緒いる、りゅう、と」
「りゅう?」
現在この場に居る四人に該当しない名前が挙げられ、当然のように警官が困惑顔をしてくる。
「あ、それ多分俺のことだと思います」
明確に『お前がりゅうである』とはルイからは聞いてはいないが、俺のことだと思っていいんだよな?
警官はそんな俺の言葉に多少疑問を抱いたような顔つきになったが、どうやら俺自身も微妙な表情を作っていたらしく、このことについて深くは質問して来ないでくれた。
「りゅう……とは、君のことでいいんだね?」
「はぁ。多分……」
「うーん。それにしても困ったなぁ。ルイさんは君から放れたがらないし……」
「いえ、でも俺はこの子と知り合いってわけ――」
『ではありませんので』と、予定では口にするつもりだったのだが、ここで予期せぬことが起こった。
そう、眠れるバカが目覚めたのである。
今思うと、こいつがこんなに静かだった時点で警戒を強めておくべきだった。
そいつは俺の左後ろで停止していた足を動かし、自分の発言を出来る限り強めるために一歩前に出しゃばって来た。
「なら拓の家で預かればいいじゃない!」
悪魔・伸吾である。
「いや、そういうわけにもいかないだろ!?」
慌てて否定する村人・俺。
「ルイちゃん俺のことも知ってるんだよね?」
援護射撃を求める悪魔の一言。
「知ってる、えんじ」
と、ルイは伸吾に人差し指を突き立て言い放ち、そしてこの言葉を聞き、悪魔はニヤリと口元を僅かに右に上げ、戦を終わらす最後の一撃であろう言葉を容赦なく発射した。
「俺思うんだけどさー、俺達が忘れてるだけで、もしかしたら遠い昔にこの子と会ったことがあるのかもしれないじゃん? いや、きっとそうなんだよ! ってことはだ、俺達と暮らしていればこの子の事情もわかるかもしれないじゃん?」
ピロリロリーン♪
あれあれ? 気のせいかな? なんか今……俺にとって、ものすごぉぉぉぉく都合が悪くなるであろうフラグが成立したような音が聞こえた気がするんだが。
「私達もこの子が嫌がることをしたくはないからねぇ。大矢さん、ご住所と電話番号だけ教えてもらってもいいかな?」と、右手をグーにし、手の平を上向きにした左手にポンッとあてる警官。
ちょ! 確定!? 俺がお世話すること確定しちゃったの!?
いくらここが田舎だからって、こんな不条理極まりないこと有り得ないよな!?
「いや……え?」
「えーっとですね、電話番号と住所は――――」
俺が混乱している隙に、伸吾が俺の住所と電話番号を口にしやがった。
『謎の少女がパーティーに加わりました』
やめろ! 変なナレーション入れるな!