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にがじん!  作者: なお
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九話

 疲れた。

 今、この時ほどこの言葉が似合う状況は無いだろうな。

 ようやく少女にシャワーを浴びさせることに成功し、初めに着込んでいたボロ雑巾のような着衣を真新しい、とまでは行かないが清潔感あふれる俺の衣服に着替えさせるにいたったところだ。


 じゃ、ここまでで何に俺がそんなに疲れたのか、その過程をわかりやすく教えておこう。


その1:上半身裸のまま、洗面所でなく玄関の扉を開いたのを静止。

その2:シャワーホースから出てくる水でなく、その隣に位置する洗面所に配置された蛇口で体を洗おうとしていたことを静止。

その3:シャンプー、ボディーソープなどの薬品類にはまったく手をつけずに水洗いのみで済まそうとしていたことを静止。

その4:俺が渡したTシャツなどで体を洗おうとしていたのを……これは油断をつかれ静止出来なかった。

その5:その間、俺に設置された両の瞳は閉じられぱなしだった(男のマナー)。


 と、大体こんなところだ。

 下着はさすがに貸すかどうか躊躇したが、とりあえず俺のトランクスを差し出しておいた。まったく恥じることなく着用してしまったがね。

 

 さて、ようやく落ち着いたところで、しつこいようだが思うことがある。

 やはり……なんというかまぁ、すげー美形だな、この子。で、ある。

 先ほどまでは薄汚れた衣装や肌からそうは感じ取りにくかったのだが、今こうして本来あるべき姿に戻った少女をマジマジと見た感想がそれだ。

 俺がそんな感じに少女を五秒間ほど観覧していると、少女は何を見ているんだろうといった感じに十度ばかり首を左へと傾けた。


「さて、明日朝一で警察に一緒に行くってことでいいか?」


 自分が少女を見つめていることに気がつき慌てて声を張り上げる俺。


「行って、何する?」


「さっきも言ったように、君を警察に預けるか、もしくは保護者の方が探しているかもしれないからそれの確認だ。」


「警察、私、預ける?」


「だな」


「なぜ?」


 ホワイ? 迷子だからだよ?


「私、りゅう、一緒にいる」


 俺、あなた、知らない。


「うーん、らちがあかん」


 まぁいいか。明日警察に行けば何かわかるだろう。

 とりあえず今日は寝よう。そうしよう。


「今日はもう休もう」と、少女に言い放ち、部屋に二つの布団を設置し始める俺。

 片方はよくここで寝泊りする伸吾の私物だがかまいやしねぇ。逃げた罰だ!



 さて、これにて俺の忙しい一日が終わりを告げたのだが、ここで一言言っておこう。




 まさにこの日、この出会いこそが、俺が俺の平凡たる人生に別れを告げた日だった。







―――― 一睡もできやしなかった。


 正直に言おう。無理。

 よく考えてみれば、男女が同じ部屋で一晩をすごすんだぜ? 健全かつ、このような経験がまったくない一般高校生の俺がその状況で眠りにつけるはずがなかろう。

 約1メートルほどの間隔を置き、隣で横たわり寝息一つたてずに眠りについているルイと名乗る少女のことに永遠と5時間気が散り続け、窓の外がようやくうっすらと明るく照らしだした朝5時に俺は布団から重量感溢れる肉体を立ち上がらせた。


「…………」


 ルイを気遣い足音を極力抑え台所へ向かい、乾ききった喉へとカルキたっぷりの水道水を一気に流す。

 

「ぶはぁ」


 空になったグラスを乱暴に置き、水だけを使い軽く顔を洗いタオルで無造作に顔についた水滴を拭き取った。


「りゅう、おはよう」


「どわ!」


 タオルを顔から放した瞬間、我が瞳は一晩中俺の頭脳に住み着き続けていた少女の姿を確認。

 物音一つ、そして気配を微塵も感じさせずに、まるで瞬間移動したかのように、身長168センチである俺の肩ほどまでしかない小柄な少女は、視線をまったく変えることなく、俺の顔面に注目していた。

 全然気がつかなかったぞ!? いったいいつ目覚めたんだこいつは!?


「お……おはよう」


 と、僅かに動揺しつつ俺が朝の挨拶を少女に向け声を挙げると、ルイは無言・無表情で俺の手首を掴んできた。

 俺、なつかれてるのかねぇ?


「えんじ、来る」


 なんの前兆もなく、ルイが声を出した。むろん、まったく表情を変えずに。

 疑問系で無いことから、『えんじは来るの?』と言った問いかけではなさそうだが、人のいい俺は一応念のために答えを言葉にすることにした。


「伸吾のことか? あいつはまだまだ来ないぞ」


「来る」


 これは……「しんごが今から来る」って意味か?

 時計の針は朝5時半を示している。寝坊常習犯の奴がこんな早くに家に来るとは到底思わん。つーか、来るな。また話しがややこしくなりそうだ。


「うぉーっす! みんなのお兄さん、伸吾でーす♪」


 来た。最悪。


「ルイちゃ〜ん。拓に何もされなかったかい? こいつムッツリだと思うから」


 と、伸吾が少女に接近していくと……ルイは何故か俺の腕に両手を絡みつかせ、体半分を俺の背中へと隠してしまった。


「!!!」

 

 と、にやけ面していた伸吾の表情と、少女に近づこうとしていた体の両方が、時間が止まったかのように静止した。

 まぁ、第三者から見れば、変質者から好奇の目で迫られ怯えているようにも見えるな。

 さすがの伸吾もこれには堪えたと見た。ざまーみれ。


「我が親愛なる友、拓よ……。俺、嫌われてるのかい?」


「知らねーよ。嫌われてはいないと思うが、良い印象は持たれて無いんじゃないか?」


「俺が何をしたっていうんだよぉ」


「別に何もしてないだろ」、多分。


「ぐす……。ま、いいや……。飯作るよ」

 

 マジで落ち込んでやがる。

 どうやらこいつがこんな時間に来た理由は、俺の後ろに位置する少女が目的だったらしい。

 その目的の人物に来た瞬間拒絶されたってわけだ。

 なんて可愛そうな男なんだ。


「ああ。頼むわ」


 哀れみの言葉なんぞかけてやるはずもなく、朝の食事が出来上がるのを待った。



 

 ……疑問に思ったんだが、何故ルイは伸吾がこんな朝速くやってくるとわかったんだ?



 エスパー?



 



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