第86話 様式美
前回に続き、書き方を変えました。
―実は死んでなどいなかった!
魔王が『当たり前だ』と突っ込んでくる。
何故、引っ込んでもらっていた魔王が出てきているのか。それは、僕達が金聖騎士団団長と面会するために白の騎士団副団長の邸宅に来ているからだ。美女さんと2人で話をするために引っ込んでもらっていたが、その必要が無くなった魔王も出てきているのだ。
因みに「僕達」と言ったが、金聖騎士団団長と面会するために白の騎士団副団長の邸宅に来ているのは、僕と白の騎士団団長、それに数名の白の騎士団員だけである。美女さんは先程まで居た白の騎士団副団長邸宅の向かいの館で待機している。これは美女さん本人のたっての願いによるものだ。
魔王『…会うのを全力で嫌がってたな、美女は』
―そうだね
その時の状況を思い出す。
あの後、僕と白の騎士団団長に金聖騎士団団長の人と成りを簡単に説明してくれた美女さん。その美女さんが「極力、会わずに済ましたいです」ときっぱり言っていたのだ。美女さんらしくない物言いだと思う。
「らしくない」といえば、あの時の美女さんの行動も「らしくない」といえる。いや、別にあの美女さんの発言や行動が「らしくない」という訳ではない。
物事の優先順位の付け方が美女さん「らしくない」というのだ。
いつもの美女さんなら僕と2人で話をする前に、白の騎士団団長を交えて金聖騎士団団長の人と成りの説明をしていただろう。その方が白の騎士団団長に一度席を外してもらい、また呼び戻すと言うような手間が省けるからだ。白の騎士団団長も、その程度の手間に対してどうこう言うような人物ではないが、美女さん自身がそういう人の手を無駄に煩わせるのを良しとしない所がある。
その美女さんが、それでも僕と2人で話す事を優先した理由。それは偏に「僕の勘違いを一瞬でも早く正したかったから」らしい。僕の勘違い――魔王のミスリードによるものだけど――をそれとなく察した美女さんは、その誤解をすぐに解消したいと、居ても立っても居られなかったらしい。
「美女さんは一体、何回僕を殺す気なんだ!」という話は、魔王に知られたら盛大に茶化されると思ううので言わないけど。
とりあえずは美女さんと話し合った結果、まずは僕が金聖騎士団団長と面会をし、金聖騎士団団長がここに来た理由などを確認する事となった。いや、ここに来た大まかな理由は美女さんの手紙を受けてだろうが、さすがにそれだけでわざわざここまで来ないだろう、というのが美女さんの見解である。
白の騎士団団長と共に白の騎士団副団長の邸宅の一室、金聖騎士団団長が居る部屋の前に着いた。
部屋の扉の前で白の騎士団団長が振り返り僕を見るので、僕は一度だけ小さく頷いた。それに頷き返した白の騎士団団長は、金聖騎士団団長のいる部屋の扉を2度ノックすると、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開いた。
白の騎士団団長が「お待たせしました」と言いながら部屋に入るのに続いて、僕も部屋に入る。部屋には白の騎士団副団長と数名の白の騎士団員、それに白の騎士団副団長の向かいに座る人物が居た。彼が金聖騎士団団長なのだろう。白の騎士団団長を見て、座っていた白の騎士団副団長がすぐに立ち上がり、その周りに立っていた数名の白の騎士団員も姿勢を正す。
その向かいに座っていた金聖騎士団団長らしき人物も、白の騎士団団長が部屋に入ると同時に立ち上がったが、その目が僕を捉えた瞬間、片眉が少し跳ね上がった。
魔王『やはり、気が付いたようだな』
―そうだね
何が「やはり」なのかと言えば、金聖騎士団団長が僕――というよりは魔王――に気が付いた、という事だ。
金聖騎士団は美女さんに付き従い戦っていた。その団長である金聖騎士団団長は、美女さんと共に戦った者たちの中では、トップクラスの実力者らしい。当然の如く、魔王と美女さんの戦いの際にも同行していたし、戦場では最後まで美女さんの近くで戦っていたらしい。
だから魔王の姿も当然、目撃している。あの魔王自身が金聖騎士団団長に覚えがある事から、金聖騎士団団長の実力の程が伺えるともいえる。
「こちらが――」と言う白の騎士団団長の声に意識を戻すと、白の騎士団団長が金聖騎士団団長に僕を紹介しようとしていた。僕が魔王と会話している間に、既に白の騎士団団長の挨拶は終わっていたようだ。その白の騎士団団長の言葉に続いて「若といいます」と僕が挨拶する。
その挨拶を聞いた金聖騎士団団長は「貴方が――」と驚きの表情を浮かべたが、すぐに気を取り直し「失礼しました」と言うと、「私は金聖騎士団団長と申します」と挨拶をした。
挨拶も終わり互いが椅子に座ると、すぐにお茶が用意される。お茶が配り終わるタイミングで、白の騎士団団長が白の騎士団副団長合図を送り、それを受けた白の騎士団副団長は、他の白の騎士団員を伴って部屋を後にした。
これで、この部屋に居るのは、僕と白の騎士団団長と金聖騎士団団長の3名のみとなった。
白の騎士団員達が退出し扉が閉まると、金聖騎士団団長が「驚きました」と口を開いた。
金聖騎士団団長「まさかあの一瞬で私の願いを理解し、あまつさえ聞き入られるとは」
―どの一瞬?
魔王『お主がボーっとしている間に、金聖騎士団団長が一瞬だけ目で合図をしたのだ』
―そんな事が…
魔王『いや、気付けよ』
白の騎士団団長「内密のお話をご所望のようにお見受けしましたので」
白の騎士団団長の言葉に金聖騎士団団長は「感謝します」と言う。そして「それとは別の件でもに驚いてます――」と僕を見ながら続けて言った。
金聖騎士団団長「ここに来る前に、美女殿の夫となられた方の事を調べさせて頂いたんですが――」
そこで一旦、言葉を区切った金聖騎士団団長。その後に続く言葉は「――まさか魔王その人だったとは」とでも続くのだろうか。
金聖騎士団団長は「まさか王族である若様が――」と言うと少しニヤリと笑った――
美女さんは金聖騎士団団長の人と成りの説明の中で、僕を魔王だと気が付く可能性について言っていた。
美女さん「金聖騎士団団長は絶対に、若が魔王だと気が付きます」
僕「ならば、いきなり僕が会うのはまずくないですか?」
せめて美女さんから「元魔王ですけど、大丈夫です」という説明を、金聖騎士団団長にしてからでないと、会うのは色々とまずいのでは無いのだろうか。そう言う僕に、白の騎士団団長が「確かに騒ぎ立てられるとまずいですね」と同意する。
僕が魔族である事を知る者は少ない。知っている者といえば、僕の奥さん達3人と妖精少女、他には殿下と翁、爺、それに赤白両騎士団団長くらいである。
―あれ?有力貴族には話してたっけ?
興味なさそうに魔王が『知らん』と言う。
娘は知っているのに、父親は義理の息子が魔族だと知らないとか、問題は無いだろうか?というか問題大有りである。今度、有力貴族は知っているのかどうかを、殿下あたりにそれとなく確認してみよう。
妖精姉に関しては、妖精少女か姫あたりから話がいっている気がする。いや、さすがに話してないかな。あくまでも「気がする」なので、これも後で姫に確認しておく必要があるだろう。
とりあえず「いきなり僕が金聖騎士団団長と会うのは問題がるのではないか?」という僕と白の騎士団団長の言葉に「それは大丈夫だと思います」と、美女さんは首を振った。
美女さん「気が付いても、その場では何もしないと思います」
僕「その場では…」
僕の言葉に美女さんは「いい方が悪かったですね」と微笑むと「少なくとも、状況を理解出来るまでは何もしないと思います」と言い直した――
――ニヤリと笑った金聖騎士団団長は、僕を見ながら言葉を続けた。
金聖騎士団団長「――白の騎士団団長が同席とはいえ、これ程までに護衛の無い状態で会見してくださるとは思いませんでした」
僕「美女さんのお知り合いという事ですし、その人相手に何を心配する必要があると言うのでしょうか」
僕の言葉に、金聖騎士団団長は笑顔のまま、目で何かを探っているようだった。
が、すぐにその視線も無くなり「そうですか」と、先程とは違う自然な笑みを浮かべる。
魔王『試されたな』
―試す?
魔王『お主が動揺するかどうか、をな』
魔王である事を言うような素振りを見せて、僕の反応を見る。もし動揺して言葉を遮るようなら、魔王だった事は隠しているとでも判断しただろうか。
やはりというか何というか、金聖騎士団団長は優秀な人物のようだ。これは美女さん自身が言っていたので間違いないだろう。
金聖騎士団団長が何もしない、と断言した美女さんは短く息を吐くと、残念そうに意言った。
美女さん「それくらいの状況判断は出来きます。残念ながら金聖騎士団団長は優秀な人物なのです」
僕「残念ながら…?」
僕の疑問に、美女さんは「残念ながら」と繰り返した。本当に残念そうである。
僕「というか、何で"残念ながら"なんです?」
美女さん「金聖騎士団団長は一見、まともそうに見えますが、その実、まともなんです」
僕・城の騎士団団長「「はい?」」
「一見、まともそうに見えて、そして実、まとも」というのは、ただ単に「まとも」なだけなんじゃないのだろうか?
久々に美女さんの言っている意味が分からない。でも美女さんが言っている事が分からないのは白の騎士団団長も同じなようなので、僕だけがおかしいわけではないようだ。
僕「えっと…どういう意味?」
美女さん「言っている私自身も、何を馬鹿な事を言っているのか、と思います」
うん、そういう判断が出来る限り、美女さんもおかしくなっている訳じゃないようで良かった。それでも、やっぱり言っている意味が分からないのは変わらないけど。
美女さん「金聖騎士団団長はまともで、有能で、実力も兼ね備えた人物です」
白の騎士団団長「美女殿がそこまで評価する人物なんですか…」
美女さんがそこまで評価するのだから、余程の人物だろう。確かにそれは、色々な意味で警戒の必要が必要なのかもしれない。
白の騎士団団長の言葉に、美女さんは「ええ」と頷いた――
笑みを浮かべた金聖騎士団団長は「美女様は来られないのですか?」と聞いて来た。
僕「美女さんは現在、姫の騎士団の任務で出ております」
金聖騎士団団長「それは…残念ですね」
金聖騎士団団長はそういうと、ちらりと窓に眼を向ける。
―気が付いてるね
魔王『気が付いているな』
向かいの館から美女さんが見ている事に。
さすがに金聖騎士団団長も直接、美女さんの姿が見えるわけじゃないだろう。何せ向かいの窓からオペ柄グラスで確認する必要があった程度には、互いの距離があるのだ。
では何で金聖騎士団団長が美女さんの存在に気が付いたのか、といえば、きっと僕と白の騎士団団長の態度から察したのだろう。
「美女さんの知り合い」と金聖騎士団団長は言ったが、それを証明するものは今の所、何も無い。金聖騎士団団長が提示していないだけなのだが、今のところは僕達がそれを正しいと判断する材料は無いのである。 それでも僕と白の騎士団団長はその言葉を信じて、護衛も付けずに面会しているのだ。
その一点だけで、僕たちが美女さんに金聖騎士団団長の面通しと、金聖騎士団団長の事を聞いたとすぐに判断できるだろう。
そしてその「面通しの出来る場所」となれば、白の騎士団副団長の館の向いの館くらいしか無い。だからそこに美女さんが居るはずだ、という感じか。
白の騎士団団長の言葉に、美女さんは「ええ」と頷いた――
美女さん「残念ながら、事実なんです」
僕「いや、だから何でそれが残念な――」
美女さん「でも、それ以上の駄目人間なんです」
僕・白の騎士団団長「「へ?」」
どういう意味か分からずに戸惑う僕達に、美女さんは「ああ、言い間違えました」と訂正した。
僕「そうだよね。びっくり――」
美女さん「――それ以上の変態です」
美女さんがきっぱりと言い切った。
僕が聞き返す前に、さらに「変態です」と再度、はっきりと言う。大事な事なので2回言ったのだろうか。
美女さんの評価を要約すると「金聖騎士団団長はまともな人間であり、有能で実力も兼ね備えた変態駄目人間」である。
僕達は美女さんに「意味が分からない」とだけ伝えた。
その言葉に「でしょうね」と言った美女さんは、少し考えてから口を開いた。
美女さん「金聖騎士団団長は、普段は本当に優秀な人なんですが、症状が出ると途端に残念な感じになるんです」
白の騎士団団長「症状、というと病気でも患っているんですか?」
白の騎士団団長の言葉に「ある意味では病気ですね」と美女さんが頷く。
僕「ある意味?」
美女さん「とりあえず、本当に普段は優秀な人なので、問題は無いと思います」
僕「普段は、という事は、症状が出ると危険なの?」
僕の問いに「そうですね」という美女さん。
白の騎士団団長「その病気というのは、どういう時に発病するのでしょうか?」
白の騎士団団長の言葉に言いよどんだ美女さんは、少しの間口を噤んでいたが意を決したように「私が居る時です」と言った。
僕・白の騎士団団長「「美女さんが居る時?」」
美女さん「…そうです」
白の騎士団団長「それは…?」
美女さん「何て説明していいのか…」
美女さんは困ったようにそう言うと「ああそうですね」と何かに思い至ったようで、頷いて言った。
美女さん「翁の元にいた兵士隊長様達のような感じです」
僕「兵士隊長…ああ!」
あの「美女さん教(僕命名)」信者の皆さんか。すぐに白の騎士団団長も思い至ったようで「ああ、あの」と言った。
白の騎士団団長「確かに少し熱烈な感じではありますが、そこまで困った感じのものでは無いと思いますけど?」
美女さん「兵士隊長様達のような感じなら、笑って済ませる事が出来るんですが」
僕「…それって、もっと凄いって事?」
恐る恐る聞いた僕に「凄いというか、酷いです」と美女さんが頷く。笑みはいつも通りだけど、目が笑っていないのが、物凄く怖い。
―まさか、その病気によって美女さんの気配を察知した、という事はないだろうし
魔王『そんな事が出来るのなら、こ奴は美女より腕が上、という事になるな』
―何それ怖い
美女さんより上の存在なんて、もう人のカテゴリーを逸脱した存在だと思う。
―あれ、なんだか窓の外から刺すような気配を感じる…
何故か汗が背中を伝う。
魔王『まさか美女が、お主の考えをあそこから読んだ、などという事はないだろうな?』
―マサカ…
ソンナコトナイヨネ。
金聖騎士団団長が「ほう」と小さく声を漏らした。
白の騎士団団長「どうしました?」
金聖騎士団団長「いえ、珍しい、というよりも初めてに近い感動を覚えまして」
白の騎士団団長「感動?」
金聖騎士団団長「人は変われるものなんだと」
白の騎士団団長の不思議そうな顔に、金聖騎士団団長は「いえ、何でもありません」と言うと、笑いをかみ締めた。
金聖騎士団団長も窓の外からの刺すような気配を感じたのだろう。
美女さんは前に「殺気は出せない」と言っていた。金聖騎士団団長は、その美女さんが「殺気に似た気配」を放っている事に、驚きと感動を覚えたようである。
魔王『遠くからお主の考えを読む美女も美女だが、この気配を察するこの男も大概だな』
―美女さんは何ていうか…何でもありな感じがするので、今更だけどね
白の騎士団団長ですら気が付けない微かな気配――にも関わらず、僕の背中の汗は一向に引かないのだけれども――に金聖騎士団団長は気が付いた。
これが美女さんの言う「有能で実力も兼ね備えた」という部分によるものか、それとも「変態駄目人間が病気を発病させた結果」なのかは判断がつかない。
その金聖騎士団団長の病気とやらが、美女さんが「出来れば出来れば極力、会わずに済ましたいです」と言った理由である。
黙りこんだ僕達に、美女さんは「私が居ない時は、本当に優秀な人ですので」と言う。
美女さん「だから病気は心配しなくても大丈夫ですし、状況が理解できるまでは若に何かをしたりする事はないです」
白の騎士団団長「…状況、というのは具体的に言うと、どうなれば動くと予想されますか?」
先に気を取り直した白の騎士団団長が聞くと「そうですね…」と、美女さんはあごに人差し指を当て、少し考えてから口を開いた。
美女さん「若とこの国の人たちの関係性を探って、危険だと判断したら、でしょうか」
白の騎士団団長「関係性、ですか」
美女さん「少なくとも、若がいきなり攻撃しない限りは、挨拶する前に金聖騎士団団長が何か行動を起す事は無い、と断言できます」
美女さんが「それくらいは信じる事が出来きます」と言う。
白の騎士団団長「挨拶が済んだら、何かしらの行動に移す可能性はあると?」
美女さん「手紙で若の名前を出しているので、襲い掛かるというような危険は――」
美女さんはそこまで行って言葉を急に切ると「――別の意味で危険はあるかも知れませんが」と呟いた。
僕「え?」
白の騎士団団長「やはり何かしらの危険が!?」
「美女殿を娶るなんて、万死に値する!みたいな感じなのでしょうか?」という白の騎士団団長。「それは…すごく嫌だな」という僕に、美女さんは言った。
美女さん「いえ、そういう意味での危険はありません」
僕「じゃあどういう意味の危険なの!?」
僕の問いに「何ていって良いのか…」と美女さんは言いよどむ。
美女さん「危険、というのは言い過ぎました。ただ面倒なだけです」
僕「面倒――?」
美女さん「ええ、私が若の奥さんになったのを知って、わざわざ来たのでしょうから」
美女さんとの婚姻を妬む事はしないけど、色々と知りたがるはず、と言うのだ。という事は、美女さんの事を根掘り葉掘り聞かれると言う事だろう。
まさか第一王女のように、突っ込んだ内容を聞いてきたりは――しないよね?
笑いをかみ締めていた金聖騎士団団長は、一頻り笑うと「さて」と言うと僕たちを見て切り出した。
金聖騎士団団長「煩わしいやり取りは無しにして、腹を割って話しませんか?」
僕「腹を割って、とは一体?」
僕の言葉に「全部です」と金聖騎士団団長は言った。
金聖騎士団団長「私がここに来た理由、も含めて全部」
僕「それは是非伺いたいですが、それに対して僕達は何を話せばいいんですか?」
金聖騎士団団長「その前に――」
そういうと金聖騎士団団長は白の騎士団団長を見た。
金聖騎士団団長「一体どこまでご存知でしょうか?」
白の騎士団団長「どこまで、とは?」
金聖騎士団団長「美女様の事とか、その他、全部について」
金聖騎士団団長の言葉を受けて、白の騎士団団長が僕を見る。それに僕は頷き返した。
全部話してくれて構わない、という合図だ。
白の騎士団団長「ある程度は聞いてます」
金聖騎士団団長「ある程度、ですか?」
白の騎士団団長「はい。美女殿が勇者と呼ばれていた事も――」
そこで再度、僕の方に視線を向けると「若と美女さんの昔の関係も」と言った。一応警戒して「魔王」という単語を使わず「昔の関係」という白の騎士団団長のその言葉に「そうですか」と言った金聖騎士団団長は「ならば話は早いですね」と続けた。
金聖騎士団団長「若様、貴方は我々と敵対される意思はございますか?」
僕「我々?」
僕の問いに金聖騎士団団長は無言で返答を待っている。
僕自身は別にそんな気持ちは一切無いけど――
―魔王はどうなの?
魔王『どう、とは敵対の事か?』
―うん、前まで戦っていた相手でしょ?
魔王『それを言えば、我からしたら美女は敵の筆頭だぞ』
―そっか
魔王『"我々"が何を指しているのかはしらんが、元々は戦を仕掛けてきたのは奴らだ』
魔王が『別に好き好んで戦っていたわけではないしな』と続ける。
―えっ?
魔王『え?』
―好き好んで戦っていたんじゃないの??
魔王の性格からしたら、どう考えても「好き好んで」だとばかり思ってたんだけど。
魔王『昔の戦いは、攻め込まれたからん防衛の為に応戦してただけだぞ』
―攻め込まれてたんだ
魔王『攻めていたら、戦場は人族の土地だろうが』
言われると確かにそうかもしれない。僕自身は当時は驚くので精一杯でよく理解してなかったが、気が付いた時は魔族の土地で傷を負っていて、追っ手から逃げるために人族の土地に来たのを思い出す。
魔王『そもそもが、自分が国を治めているのならまだしも、何故、他人の治める国の為に他国を侵略せねばならんのだ』
―他人と言うか、父親じゃないの?
その言葉に『親兄弟など、一番近い他人でしか無い』と言い捨てる魔王。
何か深い事情があるのだろうけど、その前に言っておく事がある。
―魔王として国を治めたら侵略するのかよ!
魔王『…暇なら?』
他国の侵略が暇つぶしとか、どれだけ魔王なんだ!いや、魔王だけど。
魔王の冗談――冗談だよね?――に突っ込みを入れつつ、先程の魔王の言葉を元に金聖騎士団団長に返答する。
僕「別にありません」
魔王『それのどこが、我の言葉を元にしているのだ?』
―意訳って奴だよ
いいよね「意訳」って便利で。
金聖騎士団団長は僕の答えを聞いて「あれ程の戦をしたのにも関わらず、ですか?」と言った。それに僕はしっかりと頷き返した。
僕「あれは侵略を受けた事による防衛です。此方から戦を仕掛けたわけではありません」
魔王『まあその侵略の前提に、魔族側の攻撃があったのだがな』
―ちょっ、それを先に言ってよ!
僕の言った言葉が嘘となると、せっかく金聖騎士団団長と築きかけていた信頼関係が、無に帰しちゃうじゃないか!?
魔王『まあその攻撃は、我と無関係の国が行ったのだがな』
―そ、そうなの?
金聖騎士団団長「自分からは仕掛けないと?」
僕「…少なくとも僕は」
危うく動揺で言いよどみ掛けるのを回避して言う。
金聖騎士団団長は僕の言葉に「ふむ…」と頷くと、僕を見つめて考え込んだ。
―セーフか?
魔王『普通に考えれば、アウトじゃないか?』
―いやいや、アウトだったら駄目じゃないか。
魔王が最初かから話をしてくれていたら、僕の言葉ももっと違ったものになっていたのに、うんぬんかんぬん。という僕に魔王が『煩い』と一言で切り伏せる。
話し合いが決裂したらどうしてくれるんだ、と魔王に文句を言っていると、金聖騎士団団長が口を開いた。
金聖騎士団団長「わかりました」
金聖騎士団団長は頷くと「若を信じましょう」と言った。
僕「信じてくれてありがとうございま――」
金聖騎士団団長「まあ美女様が若を信頼している時点で、我々は無条件に信用しますけどね」
僕「何故、試した!?」
金聖騎士団団長の物言いに、つい突っ込んでしまう僕。
金聖騎士団団長「様式美、というやつでしょうか」
白の騎士団団長「様式美?」
金聖騎士団団長「そうです」
一時刃を交えた2人が、同じテーブルに着く。最初は互いの出方を伺いながらも、互いに話をし、相手の考えを知る事により少しずつ距離が詰まり、そして最終的に打ち解ける。
金聖騎士団団長「しかし今回に関しては、そこまで悠長に時間を掛けている暇はありません」
白の騎士団団長「そう、ですね…」
金聖騎士団団長「だからこその、あの質問だったのです」
通常は徐々に距離をつめ、ある程度の関係を築いた後にそういう話をする。が、金聖騎士団団長のいう通り、悠長に時間を掛けている暇は無い。
―別にだらだらと物語が長引くのが嫌だとか、そういう事じゃないからね!
金聖騎士団団長「だらだらとやるのも面倒ですしね」
僕「何故、包み隠さない!?」
金聖騎士団団長「だから、そういうのが面倒なんですよ」
再度、つい突っ込んでしまった僕に、金聖騎士団団長が笑いながら言う。金聖騎士団団長を相手にすると、なんだか調子を狂わされる。というか疲れる。
とりあえず、悠長に時間を掛ける暇は無いので、さっさと突っ込んだ話をして、互いの腹を割ろうというのだ。
ただの力技である。
金聖騎士団団長「しかし、理由がこれだけでは、両者の和解に関して読者は納得しません」
白の騎士団団長「読者!?」
僕「そんなの居るの!?」
魔王『物語でもあるまいし、居るわけあるまい』
僕達の言葉に「いずれ美女様の自伝が出版された暁には」と言う金聖騎士団団長。
僕が「いや、美女さんはそんなの出さないと…思うけど?」と言う。「神の御使い」として扱われる事を嫌う美女さんが、そんな物を出すなんて考えられない。
そういう僕に「ああ、私達が出しますので」と金聖騎士団団長がしれっと言った。
金聖騎士団長「というか、今までの事は既に纏めているんですけどね」
僕・白の騎士団団長「「は?」」
驚く僕達に金聖騎士団団長は「残念ながら、纏めたものがここに無いので、差し上げる事は出来ませんが」と言う。
そして、どこまで纏めているのかを勝手に説明しだした。
出会いから魔王との最後の戦いの直前まで。長いのでここでは話さないけど。というか長すぎて半分以上、覚えてない。半刻(約一時間)ぐらい話し続けたのではないのだろうか。
いや、昔の美女さんの今とは違う意外な一面を聞けて、僕自身はちょっとその纏めた自伝というのに興味を持ってしまったのだが、そんな僕でも長すぎて殆ど内容を覚える事が出来なかったのだから、白の騎士団団長はもっと苦痛だったのではないだろうか。
これでも金聖騎士団団長は「時間も余り無いので、ある程度は割愛して話してます」というから、全部話したら一体どれくらいになるのかと、問いたい。いや、やっぱり問わずに聞き流したい。「じゃあ全部話しましょうか」と言われたら困るので、突っ込むのを必死で我慢した。
金聖騎士団団長の話を聞き終わって「よくノンストップでそこまで話せるな」と驚くべきか、それとも「何でそんなに事細かに覚えているのか?」と、病気の恐ろしさに思いを馳せるべきなのか。
とりあえず、美女さんが「極力、会いたくない」というのに納得である。
金聖騎士団団長「とりあえず、纏められている自伝はここまでですね」
白の騎士団団長「…それ自伝ちゃう。伝記や」
ドン引きして突っ込む白の騎士団団長の言葉は、何故か似非KANSAI弁だった。
白の騎士団団長が少し壊れました…
若が若干、興味をそそられた「美女様の自伝(自叙伝)」は、外伝という形で発表予定です(嘘)
誤字修正
国を収めたら → 国を治めたら